新たな道を示す人々(3)
* * *
フリートたちがモンスター掃討に出かけてから三日後、予定通り騎士団は帰ってきた。第一、五部隊は明るい顔で見事モンスターを掃討できたと言っているが、フリートたち所属の第三部隊は掃討したものの表情は暗かった。
「フリート、ロカセナ……?」
第三部隊の部屋にリディスは顔を出すと、難しい顔をしたまま二人は椅子に座っていた。近づこうとすると、カルロットが気さくに話しかけてくる。
「おお、嬢ちゃんじゃないか。騎士団に入る気にでもなったのか?」
「違いますよ。皆さんが帰還したと聞いて、会いに来たのです。ご無事でなによりです」
リディスはそう言ったが、この重い空気は只ならぬことがあったとしか考えられない。
ロカセナがおもむろに顔を上げると、リディスと視線があった。彼は微笑みながら話しかけてくる。
「リディスちゃんは元気そうだね。何かいいことでもあった? 還術について何か有益な情報でも得たの?」
「目ぼしい情報は見つかっていない……。でもここの図書室は本当にたくさんの本があるね。ただ読んでいるだけでも、断片でしかなかった知識が色々と繋がってくるわ」
「それは良かったね」
「あと素敵なお姉さんと話もしたの。あちらが忙しそうだから、あまり会えないけど」
「お姉さん? 誰だろう、僕たちも知っている人かな」
「金色の髪のお姉さんで、名前はミ――」
名前を言う前に、ドアをノックする音でかき消された。カルロットが大きな声で返事をすると、ドアが開き、近衛騎士の服を着た青年が一歩入った。
「カルロット第三部隊長、王様と姫様がお呼びです。来て頂けますか?」
王と姫という単語を出した瞬間、部屋の空気が引き締まった。カルロットの表情も幾分堅くなる。
「おう、大丈夫だ。王様や姫様が俺に何の用だ?」
「それはご本人たちに直接聞いてください」
もっともな返答をしてから、近衛騎士団員はカルロットを連れて出て行った。ドアが閉まると同時に空気も和らぐ。
「ねえロカセナ、王様やお姫様がお呼びだしするなんて、滅多にあることではないよね」
「そうだね、頻繁にあることではない。護衛とかなら近衛騎士に頼むのが普通だし。……どうしてだろうね。ごめん、今回の件はちょっと僕ではわからない」
申し訳なさそうな表情をされるが、リディスは表情を緩めて首を横に振った。あまりに特異な状態であるということは、皆の表情や部屋の雰囲気からわかる。それだけでも知ることができて良かった。
「……そうだ、リディス」
フリートが重い腰を上げて近づいてくる。いつも以上に眉間にしわが寄っているのは、ずっと考えごとをしていたからだろうか。
「何?」
「時間はあるよな。今から第二部隊の部屋に行くぞ」
「第二部隊?」
「還術士を中心に編成された部隊だ。いつもは他の部隊と共に出払っているが、今日は隊長も含めていると聞いた。還術に長けている第二部隊長なら、お前が知りたいことを何か知っているかもしれない」
「本当!?」
思わず声を発する。だが周りに他にも人がいるため、恥ずかしそうにすぐに口を手で覆った。
「まああまり期待しない方がいいかもしれないが」
そう言いながら、リディスの脇を通り過ぎてフリートは入り口に向かった。リディスは慌てて後を追い、僅かな可能性を求めて彼と共に廊下に出た。
第二部隊長と接触を試みようとしたのは、リディスのためだけではなかった。フリートも魔宝珠について知りたいことがあったため、多様な還術をし、騎士団の中でも最たる知識を持ち合わせている部隊長と話をしたかったのだ。
一緒に付いてきたロカセナがぼそっと呟く。
「フリートも疲れているのに気が利くね。それともついでなのかな?」
「……ロカセナ、どこまで俺の頭の中を読んでやがる。どうでもいいだろう、そんなこと。誰かが有益な情報さえ得られれば」
第三部隊よりも入口から近い場所に第二部隊の部屋はある。そのドアをノックすると、何の予告もなしに開かれた。フリートたちよりも年上の、眼鏡をかけた青年がドアの前に立っている。襟の付いたシャツの上に、上着を羽織っていた。
彼は目を瞬かせながら三人を一通り見ると、少しだけドアを広く開けた。
「クラル隊長か誰かに用かな?」
「はい、約束は取り付けていないのですが、クラル隊長にお会いしたいのです。大丈夫でしょうか?」
「さっき僕が話していた時は、このあと特に用事はないって言っていたから大丈夫だろう。どうぞ入りなさい」
そう言われて、長い髪を束ねている青年に促されて中に入った。それと同時に彼は廊下へと出る。
「それじゃあ、ごゆっくり」
微笑みながら青年は行ってしまった。雰囲気や言動からして、騎士ではなく貴族か学者の類の人だろう。
第二部隊の部屋の中は、雑然とした第三部隊の部屋と比べて綺麗に整頓されていた。むしろ物がなさ過ぎると言った方が正しいかもしれない。日中であるにも関わらず人の気配はなく、騎士たちが待機している部屋には誰もいなかった。
奥に行くと、さらさらとした薄茶色の髪の男性が報告書を作っていた。童顔であるため初めて会った人は実年齢よりも十歳くらい若く判断しがちだが、実際は三十歳を過ぎている。
机の前に来ると、ようやく気づいたのか彼は顔を上げた。カルロットとは真逆の性格をしており、見た目通り穏和で優しい、第二部隊長。
「おや、第三部隊のフリート君とロカセナ君じゃないか」
「こんにちは、クラル隊長。少しお時間を頂いても、よろしいですか?」
「彼女の還術のこと?」
羽ペンを置きながらクラルは口を開く。リディスは自分の話題がすぐに出されたためか驚いている。フリートにとっては予想されたことだったため、そのまま話を続けた。
「カルロット隊長から聞きましたね。そうです、彼女関係のことです」
何か知っているかと期待していたが、彼は手を組んで浮かない顔をするだけだった。
「結論から言えば、望んでいるような返答は持ち合わせていない。彼女の身に起こっていることが、偶然なのか必然なのかということでさえ、わからないことだ。数週間前に突然現れたものだろう。一過性ということも否定はできない」
「つまり、クラル隊長はそのような状態に陥った人物は知らない……と」
「端的に言えばそうなる」
リディスの表情が萎んでいるのが振り返らずとも感じられた。一瞬でも期待させてしまった自分の浅はかな行動が馬鹿らしい。
「しばらく還していないのかい?」
クラルはリディスに声を投げかけた。その問いに彼女はおずおずと首を縦に振る。
「シュリッセル町を出る前に還したのが最後ですね。七日で一週間ですから、およそ三週間前です。移動中にモンスターと遭遇しても二人が対処してくれましたので、私が還す機会はありませんでした」
「どういう状態に陥るんだい?」
話の流れとして、そこに行き着くのは当然である。その話題に触れた途端、リディスの顔がみるみるうちに青くなった。強いモンスターにも果敢に相手をする少女だが、以前あれだけ脅えている様子を見せられたら、その光景がいかに恐ろしいものというのが容易に察することができた。
「無理しなくてもいい。俺から話しても――」
「大丈夫……。どうせこれから嫌でも人に話す羽目になるから、いちいち貴方に頼っていられない」
助け船を出そうとしたが、毅然とした態度で突っぱねられた。
「――人間の悲鳴が聞こえ、血が飛び散った惨状ともいえる光景が脳内を駆け巡る状態です。しばらくすれば収まりますが、還した直後にその状態になり、しばらくは思うように動けません……」
なるべくその光景を思い出さないように、一気に言いきったようだが表情は暗い。
クラルは羽ペンを持って簡単にメモをしただけで、それ以上聞こうとはしなかった。彼は考えをまとめだしたのか、ペンを走らせたり、止まったりを繰り返した。やがてたいして文字数は増えていない紙の上で、ペンで何度かとんとん叩く。
「正直言って、推測するにも事象が少なすぎる。還術をする時の周りの状況、誰がいたか、どんな雰囲気だったか、という情報がないと迂闊に思考は広げられない。……その様子だと、今後もあまり還したくはないよね」
リディスは辛うじて頷いた。クラルとしては、目の前で還術をした彼女の様子を見たいのかもしれない。
「既に図書室で調べたらしいけど、欲しい情報はまったくなかっただろう。これ以上、探しても無駄だよ、僕は還術に関する本は全部読んでいるけど、そんな内容は読んだことがない」
はっきり言われ、リディスは愕然とした表情を浮かべていた。これは十日程度ではあるが、彼女の努力も意味がなかったということを示している。もはやこの城に来たこと事態も――。
「けど、それは記録として残っているものの中だけの話だ。誰かが記憶の中で有益な情報を持っているかもしれない」
「誰ですか?」
「仮定の話だよ、リディスさん。それは君たちが探すんだ。一番いそうなのは、町に入るのにまったく制限をかけてない、ムスヘイム領にあるヘイム町だろう」
クラルの言葉を聞いて、やはり――とフリートは内心思っていた。
港町として栄えているその町は、身分に関係なく様々な人種の人間で溢れている。そこに行けばミスガルム王国ではいなかった、周りなど顧みず己の欲望の赴くままに還術について研究している人と会えるかもしれない。
「それとあくまで推測だけなら、予言者に頼ってもいいかもしれない。何かしら方向性は見えてくるだろう」
「予言者……」
「ただ予言者は良くも悪くも、気まぐれな人が多い。ちゃんとした予言を求めるのなら、いい人を見つけることが重要だ」
リディスの顔には少しずつ生気が戻り始めている。少しずつ道は見えてきた。フリートはロカセナと見合うとお互いに力強く頷き合った。
「リディスが望むのなら、ムスヘイム領に行くのも視野にいれる必要があるな。予言者に関しては、じいやに頼むのはどうだ?」
城にいる直属の予言者をフリートは挙げる。だがその思惑とは裏腹に、ロカセナは首を横に振った。
「考えは悪くないけど、最近たいそうな予言をしたらしく、体力の減少が激しくて、しばらくは休息しているって聞いたよ。回復するのに時間がかかるらしい。自力で良い人を見つけた方がいいと思う」
「そうか……」
「予言者に頼る前に、還術について知っている人を探した方が早いんじゃないかな。とにかく一度部屋に戻って、今後のことを考えよう」
「そうしよう」
ロカセナに背中を押される形となり、一端引き上げることにした。クラルに軽く礼を言って、急いで戻ろうとしたが、フリートはもう一つ案件があったのを思い出す。二人を先に第三部隊の部屋に戻し、再びクラルの前に立った。
「どうしたんだい?」
「クラル隊長は還術だけでなく、様々な知識も深い方だと聞いています。実は魔宝珠の召喚に関して聞きたいことがありまして」
「魔宝珠に関してなら、ルーズニルに聞くのが一番いいよ」
再び書類に目を通し始めたクラルは、迷いもせずに一人の人物の名を返す。
「ルーズニル?」
「知らないのかい? 文官貴族や学者界の中では有名な人物だよ。ああそうか、フリート君はすっかり騎士団員の一員だから、そっち関係の情報が入ってこないんだね」
「その件はいいでしょう。ルーズニルさんという人は、どこにいるんですか?」
クラルは目を丸くした。すぐにばつが悪そうな顔をする。
「そうか。名前が知らないのなら、顔も知らないね。ルーズニルなら――」
その先を聞くと、フリートは慌てて部屋から飛び出ていった。
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