新たな道を示す人々(4)
「ルーズニルさん!」
城の入り口にある石段にて、その人物の背中を見つけて呼び止めた。フリートは速度を遅め、少しずつ呼吸を整えながら石段を下りる。
男としては長めの亜麻色の髪を束ねて、左腕に本を抱えている青年が石段の途中で立っていた。丸縁の眼鏡がよく似合っている。
「君はさっきの……」
「第二部隊の入り口でお会いしました、第三部隊所属のフリート・シグムンドです。すみません、呼び止めてしまい。お話したいことがあり、少しお時間を頂きたいのですが……」
「大丈夫だよ。クラル隊長との話はもういいの?」
「はい、おかげさまで」
「そう、なら良かった」
遠慮深げにルーズニルは微笑んだ。そして彼に促されて石段の一番下まで降りると、脇にある長椅子に座った。騎士でもない、文官貴族寄りの人物と一対一で話すのは久々だ。
貴族を大きく区別するのなら、二つに分けられる。
たいてい貴族といえば頭を働かすことに重点を置く、政治界などで活躍している文官貴族を示すが、一部では戦いの場に立ってそこで頭脳を発揮する、武官と呼ばれる人たちもいる。その一例がクラルだ。戦いに身を起きながらも、貴族としての心得は持っており、時折文官貴族との会合に参加しているらしい。
「それで例のあれ以来、文官系の人にはあまり近づこうとはしなかった君が、僕に何の用?」
(この人は俺のことを知っている)
貴族界において、フリートはある意味で有名というのは知っていたが、顔も名前も知らない人にまで知られているのは少々意外だった。突かれたくない過去を受け流しながら、平静を装ってすぐさま本題に入る。
「クラル隊長から聞きました。魔宝珠に関して研究していて、お詳しいと」
「詳しい方ではあるかな。昔から調べるのは好きで、それが派生して研究までしている。でも僕よりも城にいるおじさんたちの方がずっと知識はあるよ」
「そうですね。ですが、そういう人たちは柔軟な発想が欠けています」
「厳しいことを言うね。そういう人たちに会ったことあるの?」
「……
その誰もが、昔からの魔宝珠に関する仮定を崩そうとはしない人たちだった。だから今、フリートが考えている仮定など、即座に否定するだろう。そのような爆弾にも似た考えを、ルーズニルに対して打ち明ける。
「ルーズニルさんは、こういう考えを持ったことがありますか。魔宝珠を使ってモンスターを召喚する人がいるかもしれないということを」
笑い飛ばされるか、沈黙が長く続くだろうと覚悟していた。だが、そんなことはまったくなかった。
「――あるよ、その考え」
素早い返答と思わぬ肯定の言葉に、フリートは目を丸くした。ルーズニルはそんな様子を見て苦笑する。
「肯定の意見を求めていながら、その表情はないでしょう」
「すみません……」
「これはただ単に仮定の話。僕も実際にその瞬間を見たことがあるわけでもないから。一般的にかなりの鍛錬を積めば、精霊を召喚できる。精霊でなくても動物を召喚する人は農家さんとかに多い。だからモンスターという、特殊な生き物を召喚する人がいてもおかしくないだろう」
「しかし、それは……」
「すぐには受け入れられない考え、相入れないもの同士が手を組んでいる姿など。だから思い浮かんでも真っ先に思考を止める人が多いのが現状だね」
ルーズニルが眼鏡の奥の瞳から、フリートを覗き込んできた。
「君はそこらの騎士より教養もあるし、言ってはいけないことを言わないように気を付けている。きちんとした分別が付けられる君が、その考えを僕に打ち明けたのはなぜだい? 普通なら相手にされない内容だよ」
話を振ったのはフリートのはずだったが、いつの間にか主導権はルーズニルに握られていた。これから先のことは初対面の相手に話していい内容ではない。だが、笑い飛ばしもせず同じ意見を持っていると言ってくれたこの青年なら、伝えるべき内容だと思い、簡潔にあの時のことを話した。
「先日、近くにあるモンスターの巣の掃討戦を行いました。そこで掃討した後に、少年と女性が現れたのです。ただ者ではない雰囲気で、魔宝珠から何かを召喚をしようとした時、かなりの精神的圧力を受けました。モンスターがいなくなってからすぐに現れるなど、偶然にしては出来すぎている――」
「だからその人たちが召喚したのではないかと。まあお堅い考えの持ち主ではないのなら、その発想は妥当だろうね。その人たちは何か言っていた?」
「印象に残っている言葉は――『時が経てば対立するかもしれない』『無駄なお勤め、ご苦労様でした』」
それを言うと、ルーズニルはにやりと笑みを浮かべた。
「君の考えを補強するには、いい内容だね。――ちなみにその考え、他の人に言ったの?」
「その場にいた第三部隊には。他には言っていません」
「最低限の人間しか知らないということだね、わかった。色々と面白い話を聞かせてくれて、ありがとう」
ルーズニルは楽しそうな顔で立ち上がった。突然打ち切りの言葉を出されて、フリートは思わず目を見張る。その様子を見てルーズニルはくすくす笑った。
「君ね、戦いに力をいれすぎていない? 顔に出過ぎだよ」
否定の言葉は出せなかった。
「僕もしばらくそれに関しても調べてみるよ。これ以上話を聞いても推論しか出てこないだろう。何か情報が得られれば何らかの手段を用いて伝えるよ。――君たちしばらく城を空けるつもりなんだろう、彼女と一緒に」
「……彼女のことも知っているのですか」
声を潜めて下から目線で見上げる。ルーズニルは手を振りながら笑って流した。
「怖い顔しないで。裏で調べたとかではなくて、クラル経由だよ。還術はそもそも魔宝珠から召喚したものを使って起こしていること。魔宝珠を調べている僕に意見を求められてもいいでしょう」
「なら、何か心当たりは……!」
思わぬところでリディスに関する情報が引っかかったかと思い、身を乗り出した。だがルーズニルは静かに首を横に振った。
「残念ながら心当たりはない。たまたまそのモンスターが悪影響を及ぼす波長を持っていた程度しか現時点では考えられない。僕に考えさせるより、根本的な還すことについて、調べた方が解決策としては早いよ」
「そうですか……」
今日で何回目かになる落胆っぷりだ。ルーズニルは目を細めて青く続く空を見上げる。
「でもさ、不思議だと思わない? 君も還したことはあるんだろう」
何が言いたいのだろうか。フリートも立ち上がって、同じ方に視線を向けた。
「モンスターはどこから来ているんだろう。そして還した先には何があるんだろう?」
ルーズニルが見ている風景とフリートが見ている風景は違うのかもしれない。
彼は今ではなく、さらに先のことまで見ている気がした。
リディスたちからだいぶ遅れてフリートは第三部隊が集う部屋に戻ってきた。彼が少しだけ解放されたような表情をしていたのを見て、リディスは胸を撫で下ろす。さっきまでは思い詰めたような雰囲気が漂っており、話しかけにくかったのだ。
そんな中、剣幕な表情のカルロットに一喝された。
「遅い!」
「カルロット隊長、待っていたんですか?」
フリートが目を大きく見開いていると、ついさっき戻ってきたカルロットは勢いに任せて言葉を吐き散らす。
「そうだ、お前ら三人に用がある! にもかかわらず遅く登場とはいい度胸だな。おいフリート、今から鍛錬場――」
「そんな時間はないでしょう!」
カルロットは隣にいたセリオーヌから脇腹に蹴りを入れられた。ビクともしなかったが、喋る勢いだけは途切れさせられた。
「いきなり蹴りを入れるなよ。お前と一緒になる相手が可哀想だぜ」
「私が蹴りを入れる相手は、自分勝手に動く上官だけです。話を続けてください」
強制的に話すよう促す。それを渋々カルロットは従った。これではどちらが上司なのか、わからない。
「さっき王様と姫様から話があってな、頼まれたんだ。貴族としての嗜みを持ち合わせている女性と、その護衛の男性たちをムスヘイム領に行かせて、領主から物を受け取って欲しいってな。そこでお前らがご指名されたんだよ」
三人は目を丸くした。予想外の方からのムスヘイム領行きである。リディスは慌てて言葉を発した。
「ちょ、ちょっと待ってください! どうして私なんですか! 城の中にはもっと身分の高い貴族はいらっしゃるでしょうし、騎士団でも女性の方がいるじゃないですか!」
「二つの条件を突き合わせると、嬢ちゃんが一番妥当らしいんだとよ。何がいるかわからない場所だから、自己防衛できる女性がいいらしい。だからのほほんと過ごしている貴族の嬢ちゃん方は却下だ。あと言っちまうが、現在残っている騎士団の女で貴族らしいやつはいねえ。みんな元は商家や農民出身のがさつな女だけだ」
「……それって私のことも指しているんですか?」
セリオーヌが横から睨み付けている。
「蹴りをいれる女、がさつ以外になんでもないだろう」
言った直後に再び蹴りが入ったのは言うまでもない。
リディスは困惑した表情を浮かべた。そして首を小刻みに横に降る。
「たしかに私は一応貴族ですが、ここに来て十日足らずの田舎娘ですし、勉強という形で来ているわけで……」
「シュリッセル町の規模の町を田舎って言うのは、嫌みもいいところだろう。ミスガルム王国以外全部田舎町になる。それに適正かどうか試験もしたらしい。それだけされて大丈夫だと言われたんだから充分だろう」
聞き捨てならない言葉を聞いたリディスは思わず手で口を覆った。
「い、いつ試験したんですか。そんな記憶まったくありません!」
カルロットは左手を腰に当て、右手で頭をかきながら口を開いた。
「知らないようだから言っておく。この城で最も策士と言われているのは王様と姫様だ。隠れて何をしてもおかしくねえぞ」
「そんな人たちが国の長なんて……」
乾いた笑いを出すしかない。今後は誰に対しても、気を引き締めて接する必要があるだろう。
なかなか折れないリディスを見たカルロットは溜息を吐いた。
「勉強と情報収集で来ているんだろう、実地での勉強だと思えばいいじゃねえか。ここじゃ思い描いているような情報を得るのは難しいぜ。外に出た方が効率はいい」
その言葉を聞いて、リディスはぎゅっと両手を握りしめた。
十日間、情報を得るためにリディスなりに積極的に行動したつもりだ。
だが仕入れたどの情報も、求めている内容にかすりもしなかった。さらにクラルからも王国内の情報だけでは難しいと言われ、途方に暮れそうな状態だった。
だから、ここで出されたムスヘイム領への遠征は願ってもいない提案である。
ただ、心に引っかかっていることがあり、即答ができなかった。
還術が落ち着いた精神状態で使えるようになるために、そして技術や精神力を向上させて強くなるために町を出た。最終的にはシュリッセル町に戻り、多くの人を護りたいと考えている。その考えを持ちつつも、もし今、町に何かあったら一目散に戻りたいとさえ思っていた。
だから、ここからさらに町から離れて、南に行くことに躊躇いがあったのだ。
滅多にない、貴重な機会を取るか。
それとも、用心深い選択を取るか。
頭の中で二つの意見が真っ向から対立する。どちらの選択が最善なのか、沈黙の中ひたすら考えていた。
すると突然凛々しい顔つきをしたフリートが一歩前に出たのだ。
「カルロット隊長、話を遮ってすみません。少し気になることがあるので、シュリッセル町に何名か騎士を派遣してくれませんか?」
「フリート……?」
リディスが呟いて顔を上げると、彼は振り向きもせずに、真摯な顔でカルロットを見ていた。
「気になるところ? それはどういった内容だ」
「結界の中心部から離れているとはいえ、辛うじて張られている場にも関わらず、俺たちが戦った巨大で凶暴なモンスターが、シュリッセル町の敷地内のルセリ祠にいたということです。これは一度じっくり検証すべきだと思います」
カルロットは呻き声を発しながら頭を抱える。モンスターの動きが変化している中、僅かなことであっても調べるのがいい。だが、そこまで割ける余計な人員がいなかった。その二つの間で考え込んでいるようだ。
ちらりとカルロットがリディスに鋭い視線を向ける。そこから伝わる威圧感に視線を逸らしたくなったが、拳を握りしめて逆に真っ直ぐ視線を送り返した。その瞬間、カルロットの表情が少しだけ和らいだ。
「――わかった。道中のモンスター狩りのついでに数名送ろう」
「あ、ありがとうございます!」
フリートが明るい声を発した。リディスは肩の力が抜けつつも深々と頭を下げる。これで町の危険は一歩遠のいた。
「だからリディス、行くよな?」
すべてはリディスの意志を確立させるための駆け引き。
フリート並かそれ以上優れた騎士がシュリッセル町に滞在してくれるのなら、さらに思い切った行動に出ても構わないだろう。還術士として再び町に戻るために。
「わかりました。私で良ければ行きます。その役目、精一杯努めたいと思います」
右手を軽く胸に添えて、微笑みながら返事をした。渋られていたカルロットは、ようやくほっとしたような表情になる。フリートたちも表情を僅かに緩めていた。
「というわけで、嬢ちゃんは行くってことでいいな。他に何か質問のある奴――なんだ、フリート」
手を真っ直ぐ挙げたフリートをカルロットは欠伸をしながら見た。
「リディスを選んだ理由は納得しました。ですが俺たち二人というのはなぜですか。あくまで護衛でしょう。それなら他の人でも――」
「これは一つの外交だ。とっさに素を出してもおかしくない行動がとれる、根っこが礼儀正しいやつがいいんだろう。それにたまに出自を気にするお偉いさんもいるからな。念には念を入れたいんじゃないか?」
カルロットはフリートの横を通りながら続ける。
「文官貴族の出身にも関わらず、その立場を切り捨てて騎士団に入団した希有な存在。それと、よく一緒に動いている奴と考えれば、お前たちが選ばれてもおかしくない。あとは嬢ちゃんと親しい奴ってところだな」
フリートはとっさに視線を下に向ける。握り拳を作り、何かに対して耐えているその姿をリディスはまた違った驚きで見ていた。様子から察すると、カルロットが言ったことは嘘ではないだろう。
まさかフリートが文官貴族だったとは――。
「どうせムスヘイム領に行く予定だったんだろう。金も出してくれるし、待遇もいいぞ。いい話じゃないか」
「お忙しそうにしていたのに、クラル隊長と話して俺たちをそういう方向に誘導したのは、どこの誰ですか」
フリートが呆れつつも返す姿は、いつもより元気がなさそうに見えた。
文官から騎士の道に歩むのは確かに珍しいことだが、まったくないことではなかった。それなのになぜあそこまで辛そうな表情をしているのだろうか。
知りたいという想いもリディスにはあったが、明らかなる拒絶を示している彼には聞くことはできなかった。
ロカセナはただ無表情にその二人の様子を眺めていた。
運命の扉が開くまで、もうしばらく先――。
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