響く愛を夜曲に乗せて① 『強者の出番』


 夜の帳が落ちる。その暗い森に、ドーム状の闇が展開されている。森の中心部がドームに覆われ、中も見通せず、ただただそこに存在していた。


 それを見上げる、数人の集団。本を持った男が、その闇に触れる。


「……異質。神の御許には存在し得ぬ……悪魔。悪魔の所業」

「悪魔、かッ!! ちょいとものたりネエと思ってたゼッ!!」

「これは破れないのかい?」

「不可。内在する者たちの突破を期待するのみ」

「なら、いつでも突撃できる準備でもしてるかね……!」


 魔法使いは魔力を練り、ある獣人は本能をむき出しにし、真なる獣は、己の枷を少しずつ外していく。


 この闇が解き放たれる時を、待つ。



______



 闇の空間の中心部で、悪魔は鎮座する。周囲には、倒れた人間が三人。その者らは、一段と濃い闇に包まれていた。


『うふふ……美味しいわぁ……人間の感情は』


 セレナードは見下ろす。地に伏す人間を。そして、何かを感じ取っているかのように、身悶えする。少年少女が生み出した陽光と炎に焼かれた身体が、修復されていく。


『喰夢』。【響愛】の称号を冠する者が扱える能力。闇の力をドーム状に展開し、自分専用の空間へと置き換える。そして、中にいる生命体に強制的に夢を見させる。対象となった者たちの記憶、知識、自意識から生み出された世界と、その者の中に眠る、関わった者たちの魂が創り出す、幻の夢。その夢を見ている者の悪感情を魔力へと変換し、吸収する。そして、セレナードは魂を使役するのだ。その魂はその者が楽になるように……幻の世界の全てが、その者が死ぬように誘導する。夢の中で死んだものは、自意識を失う。自意識の無い人間は、悪魔にとっては最高に取り憑きやすい素材だ。


 つまり、彼らは一瞬にしてセレナードの餌となったのだ。


 しかし。


『うぐっ! な、何……!?』


 快楽とは別の、苦痛。突然の痛みに、困惑するセレナード。


『た、魂が……多すぎる……! 頭が割れる……っ!』


 一人。たった一人の少年が見ている夢が、あまりにも膨大な情報量なのだ。喰えない。まるで、別の世界を頭に抱えているかのような、異常。

 だが、セレナードにはこの現象に心当たりがあった。かつて、対立したことのある勇者。かの者も、頭に別世界を展開していた。


 一つの推理が頭をよぎる。


『まさか……勇者の末裔?』


 セレナードは急いでその者を『喰夢』から解き放つ。このままでは、自分の方が崩壊しかねないからだ。

 そして、解き放った時、無数の力を感じる。セレナードから、解放された大量の魂が少年に流れていく。そして、闇を打ち払うように、魂に包まれながら光を生み出す。


 その中に感じる、力と、新たな生命の予兆。


『……聖の魔力と、闇の魔力が交わって、生命が……まさか、精神世界の魂を現し世に無理やり引っ張って……!?』



 光が大きくなる。それは、何かから守るように、維持するように展開され続けた。中が見えなくなるほど、眩い。


 セレナードはそれを、ただただ傍観しているのみ。自身にも、何が起きているかわからないからだ。その少年の精神領域が、あまりにも大きすぎるのだ。


 そして、光は収束していく。中心の存在が、見える。

 人間が二人。抱き合うようにして倒れていた。そして、それを見守るように浮いている精霊。やがて、少年は動き出す。


「……本当に、できたんだな」

『ことりちゃん……』


 胸に抱く少女を見て、そう呟いた。少女は、眠りについている。穏やかな寝顔だ。そして、少年はセレナードを見上げて睨む。


「不愉快な夢を見せやがって……」

『……まさか、死者の魂を精神世界から引っ張って、無理やり現世に生命を作り出すなんて、どうなってるのかしら……? ……あなた、イカれてるわね』


 悪魔は見下すかのように、ただ佇む。


「イカれてんのはてめえだろ。俺の妹にあんなこと言わせやがって。随分と悪趣味な力だな……」

『あら、ご不満? 幸せな悪夢だったと思うのだけれど……』

「悪夢じゃねえか……」


 少年は少女を優しく地面に寝かせ、剣を抜く。剣先を、向ける。


「今すぐこの術を解け。倒れてる二人を解放しろ」

『うふふ……可愛いわねぇ。健気で。もうほとんど魔力もないんじゃない? 魔性体にとって、魔力は命と同じなのよ? あなた、大丈夫かしらね?』

「ッハ! やっぱそういうことか。お前ら悪魔も同じなんだな? まあ、いいさ」

『……?』


 少年は、剣を握っていない左手を、横に突き出した。


「同じ存在なら、その魔力を多少なら操れるだろ……」


 その先、闇のドームの壁が蠢きだし、次の瞬間、高速で跳ねるように動き、少年の手に張り付いた。伸びた力は中断され、またドームへと戻っていく。


「いてえ……手が焼ける」

『あなた、おバカさんなのかしら?』


 そして、少年はその手に持った闇の力を剣に押し当てた。


 剣が光り輝く。闇を吸い込み、刀身に吸収して、その力を我が身とし、適応していく。そして、その剣は闇を纏う黒き剣へとなった。


『まさか……!』

「そのまさかだよッ!! リーフ!!」

『うん!』


 少年は剣を地に突き立てた。そこに、精霊が魔力を注いでいく。


 ――――ボッ


 剣から、衝撃波が放たれる。それは、闇と同質の力でありながら、精霊特有の聖の力を含むものでもあった。

 衝撃波が周囲に拡散し、触れた闇の力を外側へと撥ね退けていく。それは、地に伏せる人間に纏わりついた闇の力さえも。


『くっ……! 繋がりが……!!』


 倒れている者との繋がりが途切れる。『喰夢』は、セレナード自身とその者が繋がって初めて成立する能力。剣の衝撃波が、『喰夢』の源である闇の塊を弾いたことにより、その効力は失われた。


 その衝撃波は、なおも止まらない。周囲のドーム状の闇の力にぶつかる。魔力同士がぶつかり合い、揺らぎ、そして芯が崩れる。強固なものでも、芯が無くなれば。


 闇のドームに、亀裂が入る。ガラスが割れるような音が、辺りに響き渡る。


 そして、瓦解する。



______



 月明かりが雲間から差し込む。闇に覆われた空間はやがて消失し、風が入り込む森へと変わった。


 地に突き立てた剣を抜く。闇の力は薄れてなくなったけど、それでも、この状況を打開できた。十分。


「アルフィー、シュードさん!」

 眠っていることりを抱えて、倒れてる二人に駆け寄る。しゃがみこんで、呼吸を確認する。息はしてるみたいだ。よかった。


「ぅ……すまない……すまない」

「ナーサぁ……死なないでぇ……」

「……まだ、悪夢にうなされているのか?」

『大丈夫。これはもうただの夢。でも、闇の残り香が悪い夢を見せてるみたい』


 リーフが魔力を読み取って、説明してくれる。

 ……シュードさんは過去に……何かに責任を感じているのだろうか。アルフィーは、過去にナーサと何かあったようだし、そのことで苛まれているみたいだ。


『……あら、お客さんね……』

 何故か、俺たちのことを悠長に様子見していた悪魔が、森の奥を見て呟いた。

 俺もそちらを見る。すると、三人の人影が高速で迫ってきていた。


「ガァッ!!」

「ッシ!!」


 その中の二人が、跳ぶ。目にも止まらぬ速度で、悪魔の再展開された障壁へと突き刺さった。

 獣人のジャオジャさんと、真なる獣のゾデュさんだ。


「ガァアアアアアアッ!!」

「ラァーーッ!」

『獣臭いわね……』


 魔力障壁に、爪と大剣が衝突し、衝撃で空気が揺れる。その障壁の中の悪魔は、演技くさく顔の前の空気を手で払いながら、余裕の笑みを浮かべている。


 そして、手を払うような動作をすると、障壁が一際大きくなり、二人を弾き飛ばした。


 地面を引きずり、砂煙を立てながら、二人がこちらまで飛ばされてきた。

 そのまま立ち上がり、悪魔を見据える。


「くっそカてぇなぁ!」

「あたいの攻撃でも罅も入らないなんてね」

「……驚異。鉄よりも、鋼よりも強固だ」


 弾き飛ばされた二人は、怯むこともなく挑戦的な顔つきになっていく。ジャオジャさんが獣としての本能をむき出しにして、爪や牙が鋭くなっていく。



『獣の躾は苦手なのだけれど……』


 と言い、悪魔は両手を正面にかざす。濃縮な魔力が集まっていく。

 まずい。俺にはもう魔力がほとんど残されていない。ジャオジャさんとゾデュさんは逃げれるだろうけど、意識を失っている人たちを守れない……!


「出る」


 シャリョウさんが立ちふさがるように前に出る。そして、本に魔力を込めていった。左手を本に伸ばし、勢いよく開き、ページが高速で左から右へと流れていく。一ページ捲られる毎に、ページから文字が浮かび上がる。この世界の、文字。その羅列に意味はないように見える。だが、その文字たちは光の魔力を帯びてシャリョウさんの周囲を回るようにして展開されていく。


 そして、文字は停止した。


『纏めて消えなさい!』


 悪魔が両手に集めた魔力は、闇の力へと変換され、それを破壊の源として放出した。目前に、闇が迫ってくる。

 それを見て、シャリョウさんが懐から筆を取り出した。そして、筆を文字に触れさせ、走らせる。筆に触れた文字はその場で停止した。やがて、選ばれた文字列は……


『浄化の天命』


 そう言うと、停止した文字列がシャリョウさんの目の前に移動する。そして、文字が変形し、魔方陣へと変わった。

 そこから、光の壁が生まれた。景色を見通せる、透明な光の壁。それは上下左右に広がり、やがて俺たちを覆うほど大きくなった。


 闇の力が、光の壁に衝突する。その余波が周囲に広がり、闇の力に触れた地面が消えていく。

 闇は、壁に触れたそばから浄化していき、代わりに黒い煙が生まれる。やがて、放出は止まった。光の壁は、役割を終えたかのように消失していく。


「シャリョウは光魔法が得意なんだゼッ! 光魔法の使い手は珍しいんだ!」


 悪魔の攻撃を見ても、怯まずに仁王立ちしていたジャオジャさんが語る。なるほど、信用しているからこそ、か。


『……ほんと、どうしてこうも光魔法の使い手が多いのかしら』


 悪魔は心底うんざりといった感じだ。確かに、あの闇の力は凄まじい。他の属性魔法では相殺することも難しいのではないか。有効な光魔法を使えているからこそ、対抗し得る。それほどまでに、単体の力量さはある。


 だが、こちらは集団だ。やりようはある。二人気絶、一人はぐっすり寝てるが。



「ガァッ! 今度は俺たちの番だゼェ!」

「行くよっ! ジャオジャ!」


 獣コンビはどうやら盗賊の砦を落とす過程で息が合ったらしい。肩を合わせて前へと飛び出していった。


 獣と悪魔の舞踏会。周囲の木々を利用し、獣は跳ね回り、悪魔は突進をいなす。地面にいくつも爪あとが残り、土が舞う。風きり音は鳴り止まず、その場はどんどん荒れていく。



「撤退しろ」

 シャリョウさんが話しかけてくる。彼の周りにはなおも文字が回り続けている。どういう原理なんだろう。元宮廷魔術師のスーバさんは、魔法使いそれぞれの力量は構築までの早さ、その特異性によって決まると言っていたが、シャリョウさんも見ているだけで凄まじい腕をしていることが分かる。文字が回り、それによって形成される魔法など見たことがない。


 撤退、か。恐らく、俺に倒れている者たちを抱えて逃げろと言っているのだ。正しい。合理的判断。しかし、この場から離れることがどこか悔しい。シュードさんが、アルフィーが頑張った、戦いの証は今、ここにあるというのに。

 戦いを見る。今も獣は狂い、悪魔は君臨している。その戦いは、たとえ俺が万全の状態でもついていけないだろう。


 迷う余地無し。


「……分かりました。ところで、シュードさんのパーティメンバーは?」

「王女の護衛だ。恐らく、水上都市サモミールに向かった」

「応援は?」

「時期に来る。行け。馬車が残っている。王都より、サモミールの方が近い」

「……はい」

 それを聞き、その場で屈んでシュードさんとアルフィーを両肩に担ぐ。結構重いが、いける。俺も異世界に来て力をつけたということだろう。以前なら、こんな芸当できなかった。


「リーフ」

『うん。ことりだよね……自然よネイチャー

 リーフに、ことりを背中へ運ぶように頼む。残り少ない魔力を練って、リーフは自然魔法を発動させた。地面から植物が生え、ことりを支える。そして、植物はことりの体を動かして、俺の背中にもたれかかる様に倒れてきた。


「……そこの少女は」

「妹です。色々事情があって……俺自身もよく分かってないんですけど……」

「……類まれな才気。兄弟揃って、か」

「……?」

「もう行け。此処は荒れるぞ」

 シャリョウさんが戦いの場へ視線を向かせる。獣と悪魔の舞いは加速している。速度だけでいえば、二人はシュードさんを超えている。しかし、あの障壁を破ることはできなさそうだ。


 しかし、もう俺には関係のないこと。今は、人命救助優先。


 馬車のある広場へ向かって歩き出す。来た時は恐怖に怯えていたけれど、今はそんなことはない。あるのは、悔しいという思いだけだった。

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