夜の訪れ① 『盗賊の砦と騎士たち』
「おい! そろそろじゃねえか!?」
「ああ、そうだな! 楽しみだぜ! ぎゃはははっ!」
「……クッ! 何故私たちがこんな汚れた盗賊たちと……!」
「抑えろ。直前で面倒ごとを起こすな」
周囲を壁で囲われた山の中の砦で、彼らは騒いでいる。
その中でも、装いが綺麗な者、汚い者で分かれている。派閥が違うのに、無理やり同じ集団に入れられたかのような、ちぐはぐな模様を作っている。
空は曇り、夕方なのも相まって、普段よりも周囲は暗くなっている。壁に取り付けられた松明が、赤い光を生み出している。この砦を囲う森は、もう既に暗闇を生み出し始めている。
そして、暗闇からは、獣が出てくるものだ。
「おい! 装備の確認をし――――」
それは、一人の盗賊が、喋っている途中だった。
森から人影が飛び出し、一直線にその男へと飛び降りた。そして、男の首を横一文字に光が閃き、直後、血しぶきをあげて、男の首は飛んだ。
「――え」
「な、なんだ?」
「グルゥ……」
松明が揺れ、その人物の影を、壁に映し出す。
そして、人影は一瞬で、消えた。
「一体、なに――――」
また一人、首が飛ぶ。周囲の盗賊が捉えたのは、光の閃光が、ただ正確に命を刈り取る軌跡を示したことのみ。
「――て、敵襲! 敵襲だああ!!」
一人の、鎧に身を包んだ、騎士のような装いをしたものが、銅鑼を鳴らす。
「ガァァァアアアッ!!!」
この広場に降り立った獣人は、轟き叫ぶ。それは、己の存在証明か、それとも……答えは、すぐに上から降ってきた。
「な、な……上から!? ここは、20m以上の壁に囲われているんだぞ!!」
上の、大きくなった木々の影から、5人ほど、飛び降りてくる。
そして、中央で、先ほどまで暴れていた獣人と固まった。
「ゾデュって言ったか!? 来るのが遅いんじゃねえかッ!? グァッハハハハ!! 先に2人やっちまったゼッ!!」
「そうかい。残りはあたいの獲物だよ……」
「グルルル……こいつら全員、盗賊かぁ? ひょろっちいのしかいねえじゃねえか」
「グガアアアアッ! 久しぶりに暴れまわれるぜッ!!」
彼ら獣人が本能をむき出しにしていく。爪を伸ばし、牙を大きくさせ、筋肉を隆起させる。
まさしく、獣。
「――ひ、ひぃぃぃぃ!!」
「ひ、怯むな!! 敵は6匹! 獣人など、すぐにけち――」
喋っていた指揮官のような男の言葉は、最後まで届かなかった。
「グルゥァ……獣の前でお喋りなんざ、悠長なんだヨォ……」
「――かっ、ぁぁ……」
その男を抱くようにして、ジャオジャが、その男の元へ移動していた。
広場の中央から、その男のところまで、跳躍……というよりも、直進。1秒も経たずに到達し、その爪で胸を貫いた。
「う、うわあああぁぁぁ!!」
「逃げろおおお!!」
悲鳴と共に、逃げ出す盗賊。それを見る獣人たちの顔は、愉悦の表情へと変わっていた。
「――ガァァアアッ!!」
ホスグ山、盗賊の砦、中央広場。そこは、獣の狩の祭典の場となった。
______
――――ガァァァアアア
夜、辺りに、獣が轟き叫ぶ声が響く。しかし、これは想定通り。先に盗賊の砦へと侵入したジャオジャさんの、合図だ。
「……お前ら!! 準備はいいか!!」
「オオオオオーッ!!!」
シュードさんに、応える冒険者たち。
……これが、俺たちの作戦。馬車を置き、先に盗賊の砦を潰す。殲滅した後に、安全な街道を通る。
先に、身体能力や、乱戦能力がずば抜けて高い獣人たちが、砦の堅牢な壁を、木に登って破り、中で敵をかく乱する。そうして、盗賊たちが混乱してる間に、俺たちが四方から攻める。
そして……そろそろだ。
この砦は、壁はあるけれど、ところどころに穴が開いている。所謂、山にできた洞窟を改造して、穴を掘り、壁を立て……そうして、砦のように建築して、利用しているのだ。
つまり、城壁などのように、完璧な壁ではない。それは、破壊可能なオブジェクト。
――――ゴォォォオオオ
「来た……」
圧倒的な魔力。圧倒的な質量。それは、猛烈なスピードでやってきた。
巨大な、風の塊。視認できるほどの、とてつもない力を纏ったそれは、砦の正面から、一直線に向かってきている。地面を抉って、土を宙に舞わせながら、何ものにもとめられない、破壊の塊。
キャラバンに存在する全ての魔法使いが、同時に風魔法を詠唱したもの。
それは――砦の壁に激突した。
――――バゴオオオオオ
轟音。地面が揺れる。空気が震撼する。とてつもない風が、辺りに吹き荒れる。
そして、風が収まり、目を開けると、砦の壁はなくなっていた。中で、倒れている盗賊が見える。
「――進めええええ!!!」
「オオオオオオオオオーーッ!!!
シュードさんの号令で、一斉に駆け出した。冒険者たちは砦を目指した。
俺は、最後尾で見届けてから、盗賊の砦へと向かった。
______
「ガキがっ……!」
「……!」
正面の男に剣を振ったら、受け止められた。鍔迫り合いの形になる。先に崩れた方が切られる。
手に力を込めるが、動かない。むしろ、少しずつこちらが押されている。
「おら、さっさと死ねやぁ……!」
「ぐっ……」
打開策はあるが、どうするか。ていうか、腕がそろそろ……。
『
見知った者の声がする。
「――いっ!? 足が――」
突然、盗賊の足元が凍りつく。足が思うように動かなくなったせいか、相手の体勢が崩れた。
「――っだらぁ!!」
その隙をついて、鍔迫り合いを解除する。そして、がら空きの胴体を右下から切り上げた。
手に伝う嫌な感触。
「がっ……!」
悲鳴を上げて、盗賊はその場で倒れる。そんな様子を尻目に、前へと駆け出す。剣の血糊を適当に払う。
隣、並行して、アルフィーが走ってくる。
「はぁ……はぁ……アルフィー、助かった……」
「ちょ、ちょっと! どこ行くのよ! 皆、反対方向の通路から攻略してるわよ!」
「……はぁ……少しな。ここの……ボスのところに……早めに行きたくて」
「応援呼ばないの!? こっち、誰もいないわよ」
「ふぅ……ここは迷路みたいになってる。そのうち、合流できるさ」
水晶玉でやり取りしたあいつ。あいつの動向が気になる。一刻も早く確認したいのだ。その時、戦いになろうが、なんだろうが……とりあえず、確認しておきたい。少し、嫌な予感がしてる。
結局、盗賊のスパイだったドブラは、大したことを喋らなかった。死ぬそのときまで、口を閉ざし続けていた。あれは、契約魔法。元宮廷魔術師の、スーバさんに教えてもらった、秘密を強制する魔法。ドブラはあの魔法にかかっていた。
恐らく、今回のキャラバンを襲う計画、その司令塔は水晶玉でやり取りしたあいつじゃない。後ろに、もっと頭の切れる奴がいるはずだ。だが、行動に移るのは奴だろう。奴からは……こう、人形のような……ただ命じられたことをこなす、そんな手下人のような感じがした。
ドブラがスパイだということがばれたというのに、この砦を攻略する作戦は順調だ。おかしいじゃないか。キャラバンを襲うという計画がばれたというのに、この盗賊たちの警戒の無さ。
一枚岩じゃない……こいつら。それに、こう、この盗賊たちを囮にして、裏で何かが行われているような……そんな感じがする。じりじりとした、焦燥感がとまらない。
「……いや、待てよ……」
「ちょっと! 急に止まってどうしたの」
「……目的」
「え?」
確か……。
『積荷だけ置いて行け。命だけは助けてやる』
――――もしかして。
「……!!」
その場で身を翻し、来た道を全力で戻る。極大な風魔法でこじ開けたあの入り口のところまで、全力で。
「えええ!? ちょ、ちょっと、ラード、意味分からないわよ!」
アルフィーに肩を掴まれた。振り向くと、彼女は説明を求めている目をしていた。
確かに、俺の行動は意味分からないだろう。でも、説明してる時間も惜しい。だけど、もし仮に、あいつが俺の予想するような人間なら、味方が必要だ。俺一人じゃどうしようもないかもしれない。
なら、どう言葉を出すべきか……。
「……アルフィー。俺は今から、馬車のところへ戻る。アルフィーも、できるだけ仲間を集めてから来てくれ」
「……分かった。あんたを信じるわ」
肩からアルフィーの手が離れる。
俺は、振り返ることもなく、全力で走る。
やがて、死体が散乱している、入り口のところまで戻った。走りながら周辺を見渡すが、誰もいない。
俺、一人か。仕方ない。時間が惜しい。行くしかない。
段差を飛び越して、草原を走り始めた。もう、すっかり辺りは暗い。後ろから、獣の咆哮が聞こえる。でも、ここは任せよう。そして、アルフィーを信じるしかない。
「はぁ……はぁ……」
街道に出ても、俺は走り続けた。
______
壮馬が駆ける。そして、馬車が大量に置かれているその広場に、一人の男が降り立った。
辺りに繋げられた壮馬たちが、この場に現れた新たなる来訪者に視線を向ける。
全身を金属の鎧で包み、豪勢な装飾が施された剣を持った、体格の良い男だ。髭を生やし、白い髪を短めに切り揃え、不遜な態度を表した顔で、男はその広場を闊歩する。
そして、周囲の馬車を嘗め回すように見て、大きく息を吸った。
「――いるのでしょう! アリス王女殿下! 諦めて出てきてはくれませんか!」
その男の声に、返事をするものはいない。聞こえるのは、馬たちの呼吸音のみ。
「いいでしょう。かくれんぼですか!? 私は、隠れているものを追い詰めるのが得意でね!! すぐに見つけて差し上げましょう!!」
男は抜剣して、まず、一番近くの馬車へと近づいていく。そして、中を覗きこんだ。
「ここですかな? おや、違うようですね! わははっ!」
そうして、男は一つずつ馬車を確認していく。一つ一つ、丁寧に。恐ろしいまでに銀閃の輝きを纏った剣を、持ちながら。
「……さて」
そして、一つの馬車の前に、男は立った。
――すぅ
中から、呼吸音がしていた。男の顔が、愉悦に染まる。
「――ここですね? 殿下。探しましたよ。さあ、出てきてください」
剣を構えながら、近づいていく男。それは、主を気遣う騎士の姿ではない。何か、弱いものを甚振る、姑息な男の顔。歪みきった、悪性。
「――――シッ!」
突然、馬車の中から、剣の閃きが走る。
――――キィン
「おっと、危ないではないか……フンッ!」
男は、飄々とした様子で、剣を受け止めた。そして、その剣を後方へと、斬り飛ばした。
遠い地面に、両断された剣先が落ちる。しかし、それを気にする様子もなく、男は笑顔で馬車の中を見ていた。
そして、中から出てくる、メイド服の女性と、豪華なドレスに身を包んだ、童話のお姫様のような少女。
メイドの手には、短剣が握られていた。それは、武器としてはあまりにも心もとない代物。
「――――殿下、お逃げください」
「べ、ベルス、でも……」
「はやく! 逃げるのです!」
「……」
メイドと、その少女は話す。少女の目には、涙が浮かんでいる。しかし、メイドの剣幕に押され、少しずつ、足を後方へと向けていく。
やがて、少女は森の中へ、消えていった。
短剣を持ち、決死の表情をするメイド。それとは対照的に、飄々として、人を食ったような態度を取る男。
少しずつ男が近づき、メイドは少しずつ下がる。力関係は、決まっている。
「おお……なんと美しい主従の絆。まるで天使の涙で芽吹く花のよう……安心してください。この私が、すぐに手折ってあげますよ……両方の花をね」
両手で、何かを摘むような動作をする男。その表情は、花を優しく摘む淑女のように、慈愛に満ちている。
「ルルノ・ブォーツ……! まさか、貴族の息子であり、騎士でもある貴方が、これほどまでに直接的に動くなんて……貴族派も、大胆に動くようになったのねっ!」
メイドが、短剣を持つ手の震えをごまかすように、大きな声で啖呵を切る。
「……流石、王女付きのメイドは詳しいのだな? まあ、お前ら二人、これから死ぬのだから……我の名誉に傷はつかないのだがね」
「……下衆め……っ!」
そのメイドの言葉を聴き、動きが止まる男。余裕のあった表情を、少しずつ、怒りに染め上げていく。剣を握る手から万力のような音が聞こえてくる。
「下衆……誰がだ? 我がか? お前、畜生以下の分際で、我を愚弄したのか!?」
「ええ……貴方は、自分が優位の時だけ、良い気分になる。弱いものいじめが得意な、狭い世界で生きている、底辺の人間ですよ」
「この! いずれ王になる、その器を持った我を! お前!」
「……ふぅ。私は、これまで、ですか……」
男は、剣を構えた。メイドは、覚悟を決めた顔をした。けれど、全身は震えていた。
両者、相対する。
「死ね」
一瞬の出来事。男が音速で踏み込み、メイドを通り過ぎた。
そして、鞘に剣を収めた。男は振り返らず、森へと歩を進めた。その表情は、恍惚としていた。
それは、後ろから肉塊が地面に崩れ落ちる音を聞いたからだ。
「殿下……すぐに逝かせてあげますよ」
そうして、男は森の中へと、消えていった。
______
「――くそ」
開口一番、悪態を吐いた。いくつも考えていた想像の、一番最悪なパターンが、的中してしまった。
メイド服の女性が、死んでいた。血を流して。馬車の下に、首が転がっている。内側に顔が向けられているので、死に際の表情は分からないが、分からないほうが良い。
馬車の中を見る。二つは魔石が大量に積まれている。そして、一つは空。女性の死体があるのも、空の馬車に近い。
これが、問題の積荷。だが、それなら誰もいないのが気になる。それに、何故メイド……。
「……まさか」
その周囲を見る。血痕以外の、痕跡を見る。すると、地面に、足跡が三つ。一つは、このメイドのものだろう。あとの二つ、小さめの足跡と、大きめの足跡。子供の足跡と、大人の男の足跡だ。特に、男のほうは形がくっきりしている。重いか、硬い靴……金属製。
小さな足跡は、一直線に森へと向かっている。大きめの足跡は、そこらへんに散らばっている。
一瞬の間に、頭の中でとある想像が浮かび上がる。
男はここに積荷を捜しに来た。そして、馬車を一つ一つ確認した。そして、この馬車に、目的の積荷が合った。そして、このメイドと交戦。その間に、子供は逃げた。男が追いかけた。
そして、すぐ後に、俺が来た。メイドの血が乾いてないのが証拠だ。
「……ごめんなさい。今は埋葬できません。後で、必ず」
森へと駆ける。全力で。もう既に体力もなくなってきているが、そんなこと言ってる場合じゃない。
リーフ!
心で呼びかけると、目の前に精霊が顕現する。意図は分かっているとは思うが、一応呼びかける。
『――うん』
「分かるな!? 頼む!」
『うん』
そして、リーフは空へと飛び立った。それを見届けて、走り出す。
俺は、魔力を感じるように、集中しながら、走る。地面の足跡を、目から離さず。色々同時にこなしているせいで、頭が少し痛いが、気にしている場合じゃない。
小さな足跡と、大きな足跡は、寸分の狂いもなく、一緒の方向へと向かっている。男も、追跡の技術を持っているんだ。
「……頼む、無事でいてくれ……!!」
俺は、願いながら、森を駆けた。
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