違和感の一端


『――――』


 声を枯らして叫んだ。存在の証明を、続けた。己の存在意義を、問い続けた。


『――――』


 何も見えない暗闇の中で、何も聞こえない静寂の中で。


 壊して。奪って。潰して……虚しさ。寂しさ。乏しさ。かつて――


 意識が覚醒しつつある。そのときまで――――眠る。



 遙かなる霊峰の果てに、眠る。



______



『ソラク、ただいま』

「リーフ」


 駆ける馬車の中、突如現れた精霊に驚きの声を上げる。そんな俺の声は、馬車が揺れる音で掻き消えたけれど。


「……どうだった」

『分かったよ。えっとね――――――』

「……うん……はぁ……」

 リーフから盗賊の襲撃計画を聞いて、溜め息を吐く。

 もしこれが事実なら、厄介なことだ。まあ、対策案はシュードさんに任せよう。あの人はこのキャラバン全員の能力を大まかに知っているしな。


 さて……。

 正面の布を捲って、御者に話しかける。


「ゴーダさん、ちょっとリーダーの馬車に近づいてください」

「分かりやした」

「……リーフちゃん」

『ナーサ~!』

 見張り台にいるナーサにリーフが飛びついた。非常に心をくすぐられる情景がそこには存在しているが、今は……。


 馬車が少し速力を上げ、前方に一歩抜け出した後、少しずつ左へ寄っていく。


 それに気づいたシュードさんのパーティの斥候役の人が、馬車の中に話しかけている。恐らく、シュードさんを呼んでいるのだろう。

 やがて、布を捲ってシュードさんが姿を現した。


「どうした!?」

「盗賊の件で!」

「……分かった! 今そっちに行く!」

 そっちに行く? この馬車に跳んでくるつもりか? 結構距離がある上に、慣性と風の影響で体の制御が利かなくない?


 そう思ってるうちに、馬車の縁に足をつけて、シュードさんが跳んだ。


「うわぁ……本気かよ」

「――ふっ!」


 そして、馬と馬車を繋ぐ連結部分、つまり、俺がいるところに静かに着地したシュードさん。まじかこの人。軽く7mぐらいあったぞ。


「さて、なんだって?」

「ええ……」

 と、ドン引きしてる場合じゃなかった。


「えっと、盗賊の襲撃計画なんですけど……」



______



『あははっ! ナ~サ~』

「くるくる……」

 リーフがナーサの周囲を飛び回る。

 その光景を尻目に、シュードさんと対談する。


「街道に爆弾を設置してる?」

「……はい。爆弾でキャラバンを半壊させて、残党を狩る、という計画のようです」

「……」

 シュードさんは難しい顔をしている。

 まあ、分かる。もし仮にこれが事実だとしたら、盗賊の目的と、やろうとしているその手段は矛盾している。


 盗賊がこのキャラバンを狙う理由は、俺たちが護送している商品だろう。恐らく、中身は大量の魔石。莫大な財産。それを強奪するために、襲う。それが普通。

 なのに、彼らは街道に爆弾を設置して、キャラバンを爆破するつもりだ。そんなことをしたら、その目的の商品も一緒に消失してしまう可能性が高い。考えればすぐ分かること。普通、商品が傷つかないような方法で襲撃するだろう。


 つまり、盗賊たちの目的が、不鮮明になった。狙いは商品じゃなくて、この商い自体をぶっ壊すことにあるのか、それとも……。


 やがて、シュードさんは言った。


「……分かった。馬車を停止させよう。作戦を練る」

「……」

 まあ、今は盗賊の目的を考えている場合じゃないか。向こうがやってくることが分かってるなら、対策を練るのみ。


「じゃあ、俺は指示を下してくる」

「あ、はい」


 そして、シュードさんはこちらに飛び移ってきたように、元の馬車へと跳んでいった。なんか、着地音とか一切しなかった。意味が分からない。


 ……一つ、気になることがある。これが杞憂で終わるならいいが……。


「リーフ」

『分かってますよ~』

「ごめんな、ありがとう」

『うん』

「……」

 リーフが離れて悲しい表情をしているナーサがとても気になるが、今はそれ以上に気になることがあるので仕方ない。



 やがて、笛の合図が鳴る。キャラバンは勢いを落としていった。



______



「――――で、6番馬車の奴ら、お前らは――――」

「――――」


 作戦会議の場。キャラバンを停滞させ、皆で円陣を組むかのように、話し合っている。

 地図を取り出して、各々に作戦を与えているシュードさんがやたら目立っている。


 俺だけ、一歩引いた位置で観察している。


「リーフ、どうだ? 俺はまだ何も感じない」

『むむむ……リーフも』

「……杞憂、か……ん?」

 その時だ。円陣から一人、離れた。中年、おっさん冒険者。左翼後方に位置する馬車に乗っていた奴だ。あそこはソロの冒険者たちが組んだ即席パーティだった。


「リーフ……」

『うん』


 集中する。あいつに変化がないか、魔性体としての能力、魔力感知をフルに稼動させる。

 そして、変化は訪れる。


 ――――ブン


 魔力が、動いた。



「――ビンゴだ。リーフ!」

 リーフに呼びかける。このときを想定して、ある程度の作戦を考えていた。俺は呼びかけたそのままに、勢いよくその冒険者の元へ駆け出す。


『ネイチャー!』


 リーフが魔法を発動させる。リーフのみが扱える、原初的魔法。自然魔法の一種。


「――うおっ! なんだこりゃ……っ!」


 近くの植物が急激に成長し、リーフに操作され、その冒険者に絡みつく。びっくりした声を上げているその隙に、俺はその冒険者の目の前まで近づいていた。


 そして、その勢いのままに、その冒険者に組み付く。そいつの右手を取り、背後へ回して、そこに全体重を乗せる。少し、ぱきっと音が鳴ったが、気にしない。



「――いっつぅ! て、てめえ! 何しやがる!」

「お前こそ、何してるんだろうな?」

 辺りを見る。すると、透明の水晶玉があった。そして、水晶玉は、どこかの洞窟の壁を映していた。

 こいつか。それを手にとって、じっと見る。


「お、おい! そいつから手を離しやがれ! てめえ! ぶっ殺すぞ!!」

「……」

 その組み敷いている冒険者を放置して、水晶玉を観察し続ける。やがて、声が聞こえてきた。


『……おい、ドブラ。どうした? キャラバンはもう少しで麓を通るんだな? おい、返事をしろ』

「……へえ、あんた、ドブラって言うんだ」

「――て、てめ……かはっ。息が……」

 組み敷いているその冒険者に向かって言う。まあ、こいつは今はどうでもいいか。


 水晶玉に話しかければいいのか? 通信魔道具なんて初めてだから分からないんだよな。


「ああ、すまん。人が近づいてきたから、ちょっとな」

『……しくじったか、ドブラめ。使えん男だ』

「あれ。真似たつもりだったんだけどな。茶番だったか?」

『何者だ』

「それはこっちのセリフ。君ら、盗賊……で合ってるよな?」

『ふん……その通りだ』


 無駄に聞き分けの良い奴だ。もしかして馬鹿なんじゃないか?


「意外と素直に答えてくれるのね。俺、盗賊ってもっと荒っぽい奴かと思ってたよ。もしかしてさ……君たちって、誰かに雇われた?」

『……答える義理はない』


 ビンゴ。なるほどな、これはいよいよ積荷の確認をしたくなってきたな。


「あはは! 冗談冗談! ただの想像だよ! そんな神妙に答えなくてもいいんだぜ?」

『……』

「おい、通信を切るつもりか? 俺はもっと君とお話したいんだけど」

『人を食ったような奴め。お前と話すのは危険だ』

「酷いな……でも、こんな相手と対話を試みようとしたあんた、相当頭悪いよ?」

『貴様ッ!!』


 挑発してすぐこれか。馬鹿な上に短気。しかし、口調は丁寧なところを見ると……この商い、本当に面倒だな。まさか、貴族とか絡んできてるんじゃないか?


「なあ、実は、内心めちゃくちゃびびってるんだ。どうやったら助けてくれる? 本当は俺たち、戦いたくないんだ」

『……ふんッ! なら、積荷だけ置いて行け。命だけは助けてやる』


 へえ。


「……ふーん。一応、目的は積荷なんだな……」

 聞こえるように、言う。


『……!! 貴様ッ! この我を愚弄したこと、あの世で後悔させてやるッ!!』

「死んだら後悔もできないじゃん。そんなことも分からないのか? 本当に馬鹿なんだな」

『ぬがあああっ!!』


 水晶玉の景色が目まぐるしく変わったかと思うと、何かが割れたような音が響いて、水晶玉は何も映さなくなった。


「挑発されすぎて、イラついて水晶玉ぶん投げたのかな……怪我してないといいけど」

『ソラク、もう聞こえてない』

 あ、そう。


 そのとき、誰かが駆けてくる足音が聞こえた。振り返ると、シュードさんがいた。


「……ラード! そいつは一体どうしたんだ!?」

「こいつ?」

「――ひゅ、ひゅ」

 下を見ると、胸の部分を圧迫されたおっさん冒険者が気絶した上に死に掛けていた。


「あ、やべ」

 急いでそいつから離れて、圧迫をやめる。

 そして、水晶玉を持ちながら、シュードさんに言う。


「こいつ、スパイですね。盗賊側の。これが連絡に使ってた魔道具だと思うんですけど」

 と言って、水晶玉を見せる。

 シュードさんは、ハッとしたような表情になった後に、若干暗い顔になった。


「……スパイか。すまない。その可能性を考えていなかった」

「いや、シュードさんは色々気配りとかあっただろうし……それに、あそこで集まっていた冒険者にスパイがいるなんて、そうそう思わないですよ。俺もさっき思いついて警戒してただけなんですけどね。たまたまです」

「いや、そういう気遣いはいい。これは俺のミスだ。とりあえず、ありがとう。その魔道具を調べよう。後、そいつも起こさないとな……色々聞きたいことがある」

「じゃあ、預けますね。俺はそういうのはちょっと分からないんで」

「スパイがいるか、の判断はできるのに、その後が分からないとは、変わってるな」

「だからたまたまって言ったじゃないですか……」


 水晶玉をシュードさんに渡す。彼はそれを手元で回しながら、見る。そして、呟いた。


「……この魔道具、製作紋がないな」


 聞こえたので、ついでに聞いてみる。


「製作紋?」

「……普通、こういう魔道具は、製作者の名前か、それを作った者が所属する工場や商会の名前を記す……それを、製作紋って言うんだ。それが無いのを見るに……今回の騒動の為に作られた特注品ってわけだな」


 魔道具を製作できるものなんて限られている。それを、匿名で。盗賊と名乗っていた奴も、全然盗賊らしくなかった。どちらかというと……騎士のようだった。彼は自分が侮辱されるのを嫌っていたようだし。何なんだこの依頼は。


「それよりも……俺はあっちの方が気になりますけどね」

 護送している商品が積まれた馬車を指差しながら、言う。

 積荷が載った三台の馬車には、常に商会の人間が見張りとしてついている。中を覗くことはできない。


 盗賊たちは、爆発という危険な手段も用意していたが、積荷を渡せば見逃すとも言っていた。意味が分からない。結局、目的は積荷だったのだ。……つまり、積荷の安否は関係ない?


「……」

「まあ、俺も気になるが……依頼を引き受けた以上、全うするしかないのが、冒険者さ」

「そうですね」

「じゃあ、こいつら、預かっていくぞ。時間もないしな。こいつをさっさと叩き起こして尋問しなきゃいけねえ」


 気絶したおっさんを片腕でひょいっと持ち上げて、肩に担ぎながら言う。

 まあ、シュードさんみたいな人外がいりゃ大丈夫か……。


「はい」

「情報を聞き出して問題が無かったら、作戦を実行する。今晩中に終わらせるぞ」


 この丘を越えた先に、ホスグ山……盗賊の砦が見える。さて、どうなるのか……一抹の不安を必死に隠しながら、俺は皆の元へ戻った。

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