長期依頼編② 『防衛と交流』


「撃て撃て撃てぇ!!!」

 左翼部隊が騒がしい。しかし、そちらに気をとられている場合ではない。


 馬車の布を剥ぎ取って、周囲の様子が見れるようになっている。周囲の風景は一瞬にして流れていく。全身で風を感じている。


「2時方向、コボルト3体飛び出してくる」

 見張り台のナーサさんの報告を聞いて、杖を掲げるアルフィー。


『凍てつく存在よ 宙に在る 地に降り注ぐ刃よ 我が力を糧に 顕現せよ!』

 

「……私は左。アルフィーは残りを」

降り刻む氷剣アイスフォール!』

 宙に氷が生成される。それは徐々に剣を象り、鋭くなり、そして、森へ剣先を向ける。それは、標的を探しているように。


「グルルァ!!」

 狼と見まがう存在が森から現れる。それらは唸り声を上げながら、キャラバンに近づいてくる。


 しかし、その動きは予見されている。その姿を視認したときには、矢が飛び、氷の剣が降り注ぐ。倒れ、凍りつき、彼らは数瞬で絶命する。


 それを見て、安堵したような息を吐くアルフィー。



「……」

 魔力感知に反応した。しかし、一体だけか。報告の必要もないな。


 殺人蜂キラービー。体長30cmほどの巨大な蜂だ。その生態の多くは解明されていないが、非常に獰猛で攻撃性が高いことは知られている。敵対生物が死ぬまで、もしくは自分が死ぬまで、敵を追い続ける。


 その空を飛ぶ蜂が、近づいてきている。森の奥、20mほど。あと少しで森から飛び出してくる。


 弩で撃ち落すか……しかし、矢も無限ではない。回復する魔力の方がいいな。炎魔法は森が燃えてしまう。魔力が濃いので、延焼はそこまではしないだろうが。なら、ここは……


『自然の恵みよ 破砕するものよ 我が力を糧に 顕現せよ』

 手を前に出し、土を生成する。それを圧縮し、小さな礫のように変えていく。


土塊の一撃ランドストライク


 敵を破砕する礫を、高速で射出する。それは真っ直ぐと森へと飛んでいき、木の群れの中へ消えていった。

 魔力を感じる。動きがなだらかになっているので、殺人蜂に命中したようだ。無事に、倒せた。


「……」

 仲間に白々しい目で見られている。


「目視する前に敵を倒すなんてな! 流石だぞラード!」

 ドイルは素直に賞賛してくれる。相変わらずの好漢具合だ。


「にしても、前衛はこうなったらやることがないな」

 馬車に揺られながら、セイルが言う。今でも、周囲の喧騒は変わらないってのに、呑気な奴だ。しかし、出発してから、哨戒に撃退まで全て俺とナーサさんとアルフィーでやっている。まあ、仕方のないことなのだが。


 周囲を見ると、前方、リーダーのシュードさんが声を張り上げて、左翼陣に指示を下している。キャラバン内でも、馬車の距離はそれなりに離れているはずだが、後ろからも、左からも、前からも、人の叫ぶような声は絶えず聞こえてくる。


 しかし、かなり異常じゃないか? 出発して2時間ほど経過するが、何もなく休まった時間が1時間、残りは何かしらの非常事態が発生。今のように接敵した。あまりにも魔物が多すぎる。俺がラグラーガから出たことがないからかもしれないが。


「なあ、セイル。先ほどから魔物がやたら多い気がするんだが。この街道は商売の交易に使われているんだろ? 何故こんなに多いんだ?」

「……確かに、魔物の数が多いな。普段は、ここまで襲われることはない」

「魔石の影響ね」

 アルフィーが会話に入ってきた。魔石の影響……。


「魔物っていうのは、魔力に影響を与えられた存在がほとんどなの。だから、魔力に近づく習性を持ってる。護送している商品のほとんどは魔石でしょうし……その影響ね。それでも、この数は異常だと思うけど……」

 なるほどな。確かに、魔物は魔力が濃いほうへ移動する。それは、ほぼ無意識の行動だろう。しかし……。


「後方! 近づいてくるぞ! 8番馬車! 魔法を撃て!」

 怒号の後、俺らの後ろの方にいる、右翼後方の馬車から、火球が放たれる。魔物の姿は、ここからは確認できない。


……まあ、なんであれ、ハードな依頼になりそうだな。これは金貨2枚でも考えものだったかもしれない。


 そのときだ。


『しばらくは大丈夫』

 リーフが俺の前に唐突に現れる。彼女は、俺から自由に離れ、そして好きなときに、俺の前に瞬間移動してくる。魔力が繋がっているからできることらしい。


 偵察から帰ってきたリーフの言葉を、皆に伝える。


「しばらくは、魔物の姿はないらしい。今のうちに休もう」

 その言葉を聞いてか、ナーサさんが正面の布から戻ってきた。見張り台を降りたのだろう。


 それを見て、肩から力を抜くアルフィー。

 そして、セイルは立ち上がり、御者に近づいて、こういう。


「リーダーの、前の馬車に少し近づけてください」

「あい分かりやした」


 馬の左側を叩くと、徐々に馬車は、前方のシュードさんの馬車に近づいていく。

 そして、近づいてくることに気づいたのか、見張り台のところにいた斥候の人に変わって、シュードさんが出てきた。


「どうした!?」

 シュードさんの声を聞き、セイルが顔を出し、大きな声で言う。


「偵察したところ、右翼側はしばらく魔物が来ません! 何か動きがあったら、また知らせます!」

「分かった!」


 このやり取りも既に3回目だ。1回目は「なぜ分かる!?」と驚いた様子で聞かれたものだが、向こうも慣れてきたらしい。


「右翼中央の伝令役にも伝えてきます!」

「おう!」


 その言葉を聞いて、御者が馬車を操作する。右後ろに下がっていき、右翼中央の伝令役がいる馬車と隣り合わせる。


 中から、本を持った人が出てくる。この人とも、これで3回目だな……。


「右翼側、魔物、しばらくは来ません!」

「了解した」


 本から目を離さずにそう言うロン毛の人。最初は、本でも読んで暇つぶししてるのかと思ったら、突如森の方へ巨大な氷の波を放ったりと、とんでもない実力者だった。しかも、本を読んでいるのは暇つぶしでもなんでもなく、デフォルトだった。魔法を放っているときも本を読んでいた。なんだこの人。


 その人は報告を聞いて、魔法を発動する。


『光よ』

 本から光の軌跡が生まれ、キャラバン中央方向へと流れていく。そして、キャラバン中央の上空で、その光は形を成す。それは、文字だった。


『右翼、敵影なし』


 その光は、どこにいても確認できる。最初に報告したときも、この魔法を詠唱無しで使っていたが、簡単なことではない。


 魔法は、物質を生成して、それに形を与えること、それに運動エネルギーをどう加えるかということに関しては、簡単だ。しかし、放った後の魔法を動かすなど、相当に難しい。それを、傍目から見たら詠唱無しでやってのけるのだ。


 恐らく、本が魔道具になっているのだろうが……どのようなからくりなのか、想像もつかない。


「感謝」

「はい! 俺らは戻ります」


 御者が馬車を動かし、右翼前方、つまり定位置へと戻る。



 揺れる馬車の感触を永遠のように感じながら、キャラバンは走り続けた。



______



 街道から少し離れた、開けた草原。あたりは、夜の帳が落りてきている。今日はここで野営をする。馬も、地面に寝そべって休憩している。


 鍋に入ったスープがゴトゴトと煮立ち始める。あく抜きをしてあるルドクと呼ばれる野菜を入れて、干し肉も入れる。出汁の小魚の匂いがあたりに漂う。

 パンを短剣で切っていく。そのままでは大きいので、一人一人のサイズに。ドイルは少し大き目に切って、それぞれを皿に分ける。


「リーフ、凍らせてくれ」

『うん』

 リーフが両手をパンに差し向けると、それは凍りついた。それを、馬車の保存庫の中へ放る。


 俺は今、野営の飯を作っている。飯なんか、ソロでやってた時に数回作ったことあるぐらいだが、パーティの誰も経験がないらしく、なぜか俺が作ることになった。俺はナーサさんの手料理が食べたかったのに。

 煙が立ちいい匂いがしてきた。雑な料理だが、干した潜牛の肉に多少の塩が振ってあるので、味は薄すぎないようにはなっているだろう。白菜っぽい奴も、短剣で軽く切り分けて、入れておく。


 作りながら、遠くの馬車の方を見る。商会お抱えの護衛と、シュードさんらが、作戦会議をしている。これまでの経過と、これからの予測を含めて、計画に支障がないか、変更する余地はあるかなど、話し合っているのだろう。


 他のパーティもそれぞれ、野営の準備を始めている。テントを張ってないパーティは、馬車で寝るつもりなのだろう。


「ふう……」

 土魔法で即席で作ったかまどだが、まあまあ良い出来だ。やはり、魔法は便利だ。創意工夫で応用が利く。



 そのとき、隣から鈴のような声が聞こえてきた。


「……できた?」

「どわひゃぁいあい!? な、ナーサさん」

「……そんなに驚かなくても」

 隣でナーサさんがしゃがんで顔を合わせてきた。ナーサさん以外ならそんなに驚かなかったぜ、俺。多分。

 かまどの炎が揺らめくと、ナーサさんの瞳も輝く。どうして、美人ってのは暗いところで火に当てられているとより一層美しく見えるんだか。


 喉を整えて、言う。


「まあ、もうできます」

「……ラードは、色々できてすごいね」

「褒めても全財産しか出せませんよ」

「……そんなのじゃないもん」

 ぷくーっと膨れ面になるナーサさん。いや、俺も流石に分かってますって。でも真剣な場面でふざけたくなる性がありまして。特にナーサさん相手はな!


『ナーサだ』

「……リーフちゃん、偵察、ありがとう」

『バッチグーです!』

 リーフがサムズアップで応える。笑顔で向かいあう天使と精霊。なるほど、俺は今この瞬間の為に生きていたのか。月明かりの下の二人……ん~雅。


 鍋を見る。そろそろいいな。


「そろそろできそうなんで、皆呼んできます」

 立ち上がり、皆が休憩している馬車のところへ向かおうとする。


「……ラード」

「は、はい」

 呼び止められて、振り向く。こちらを見るナーサさんが居た。肩にリーフが乗ってる。緊張してしまう。なんだ? 告白されるのか? ちくしょう、いくらナーサさんが美人だからってそんないきなり告白されて付き合うなんてやぶさかでもない。全然オーケーだ。


 冗談だ。告白されるという可能性は1mmも存在しない。現実は非情だが、俺は理解している。こと俺に関してはな!


 彼女は立って、こちらに歩み寄ってきた。そして、なんと、俺の右の袖を掴んできた。ちょちょちょ、男子に触れると速攻で好かれちゃいますよ。


 そして、彼女は目を合わせてきて言うのだ。そんな俺の内心のどきどきはお構い無しに。


「恥ずかしいことは嫌い」

「あ、はい……以後気をつけます。もう二度とセクハラしません」

「そうじゃない」

「はい」


 どっちだ。もうなんでも従います。


「……他人行儀は、もっと嫌。ナーサと呼んで」

「ちょっとハードル高くない……?」

「呼ぶの」

「……」

 いやいや。いやいやいや。恥ずかしいことは嫌いって言ったじゃないですか今。これも大分恥ずかしくないですか。やばい。顔が歴代で一番火照ってる。あ、リーフがめちゃくちゃニヤニヤしてる。おいこら。


 彼女の目は真剣だ。逃れようと目を逸らしても、袖を強く引っ張られて顔を戻される。


「呼んで」

「ぅ、うぇー……な、ななな……すぅー……な、ナーサ……?」

「うん、それでいい」


 そして、彼女は笑った。


 ぎゃんかわ。


 袖からパッと手を離し、鍋のほうへ歩いていった。しゃがんで、火をじっと見ている。そして、リーフとのお喋りを再開した。

 リーフ……一体、俺の知らないところで何をしているのか。本当に恐ろしいぜ……。


「心臓に悪い……」

 うるさい鼓動の元に手を当てながら、深呼吸をするように溜め息を吐く。しばらく、その場を動けなかった。



______



「近くに小川がある! 用があるやつは行け! よし、今日、前衛で暇だった奴ら、夜の番だ! 交代制でメンバーを組むから、体力が余ってて、余裕がある奴は俺のところに来い!」

 シュードさんが全体に向けて言う。それを聞いて、辺りがざわめきだす。


「ドイル、行こう」

「おう! ラードはどうするんだ!」


 セイルとドイルが、シュードさんの夜番募集に参加するようだ。俺もそこまで疲れてはないから、参加しようかな……。


 と思っていると、セイルが言う。


「ラードは今日、ずっと偵察をしていたからな。夜番は俺とドイルにやらせてくれ」

「そうだな! ラードは休んだ方がいいな!」

「まあ、そこまで疲れてないけど……お言葉に甘えようか」

 二人は今日、一切動いていないので、鬱憤がたまっているだろう。こう、他の人が活躍しているのに、自分が何もしない状況ってのは、結構辛いだろうし。二人に甘えよう。


「よし、行こう。ドイル」

「おう!」

 二人は肩を並べて、シュードさんの元へ向かった。他の馬車からも、続々と人が集まっている。


 そして、俺は振り返った。


「ん?」

「……」

 設営されたテントは一つ。アルフィーと、な、ナーサが二人。こちらを見ている。


 そう、テントは一つ。女性二人、男は俺一人。ハーレム状態。男友達に見捨てられた俺が取る、たった一つの行動。


 答え、俺は馬車で寝る。


 テントに近づく。そして、テント道具にある毛布を一つかっぱらう。アルフィーとナーサがこちらを見ているが、無視する。そして、その毛布を馬車に放り込む。

 脇にあったタオルを手に取り、食べた後の食器が入った鍋を持ち、体を洗うため、食器を洗うため、俺は終始無言のまま小川へ向かった。


 残された彼女たちは顔を見合わせ、苦笑する。


「……ラードって、細かい所気にするのよね。夜、馬車で寝るとき、寒くないといいけど」

「ラードは良い人」

「ナーサが素直になってる!?」



 こうして、長期依頼の一日目が終わった。

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