異世界で生きてみた。

二一人

ある日の冒険者

「グギャギャ!」「グギャ! グギャギャギャ!」


 静かな森に響く騒ぎ声。その音の主は体高70〜80cm程度の2匹の小鬼、ゴブリンだ。

 何やら楽しそうに棍棒を地面にたたきつけ、己の存在を主張する。


 彼らが騒がしいのには理由はない。ゴブリンは知性が低く、このような視界が開けていない森の中でも平気で声を出す。


 そしてそれは、彼らを標的とした『狩人』に、位置を知らせる行為に他ならない。


 ――――ヒュン


 暗い茂みの奥。風切り音とともに飛んでくる矢。それは真っ直ぐと片方のゴブリンの胸へと引き込まれ……


「グッ――――」


 急所を突いた。


「グギャ? グギャギャ!」

 射られたゴブリンは紫色の液体を噴出させながら地には伏し、残ったゴブリンは周囲を警戒し始める。


 やがて、何かに気づいたゴブリンはその茂みに視線を向ける。


「グギャギャ!」

 木の棍棒を地面に叩きつけ、怒りを露わにするゴブリン。その茂みへと一直線に走り出し、茂みに向かって棍棒を振り下ろした刹那――――


「――――ガッ」


 銀色の一閃がゴブリンの首を斬る。

 首の動脈を斬られ、紫色の液体を出しながら、ゴブリンは倒れた。まだ息があるが、2分と持たないだろう。


「……」

 茂みから姿を現したのは、黒髪の少年冒険者。防具は装備しておらず、長剣を腰に、小型の弩を腕に装着していた。

 その少年は何を思ってか、『長剣』ではなく、そこらに落ちている大きな石を両手で持ち、瀕死のゴブリンの頭へと振り下ろした。


 ゴブリンは声すらあげずに、生命活動を停止した。


 少年はその場に屈んで短剣を取り出し、ゴブリンの両耳を剥ぎ取り、短剣の血を丁寧に拭き取った。そしてゴブリンの死体を片手で引き摺り、茂みの奥で事前に用意していた掘った穴に放り込んだ。


 そこに土を被せ埋葬し、少年はこの場を後にした。



 _____



 バラル王国。中央大陸に存在している国の一つ。

 中央大陸はこの世界で最も大きい人類の生存圏であり、周辺を海に囲まれている為、この世界において交易中心地としての役割を果たしている。


 人類の住む中央大陸には、2つの国しか存在しない。

 グレム王国とバラル王国。元々は中央大陸全体が一つの人類の国として栄えていたが、かつて魔王が猛威を振るった時代、中央大陸が魔王軍の侵攻を受け大陸のちょうど右半分が占有された。


 その時、人類側に【魔王と対なす存在】と呼ばれる英雄が生まれた。人々は彼のことを勇者と呼び、国軍へと迎えた。国軍改め、勇者軍と魔王軍は大陸の中央で、雌雄を決す。

 結果的には勇者の勝利となったが、その人類史上最大の戦いの余波か、地脈に多大な影響を与えたせいか、中央大陸を縦断する山脈が隆起した。


 ブラン山脈。その山脈はそのように呼ばれ、やがて人類の生存圏を左右に分けた。左をグレム王国。右をバラル王国として分かれ、同盟の協定を結び、共に栄えた。


 しかし、魔王軍が占有していた右大陸……バラル王国には新たなる人族が生まれていた。魔族に限らず、海を越えた先、外大陸を支配していた獣や、人類とは異なる特性を持った亜人ともいうべき存在たち。


 その者たちと人族が交わり、混血として生まれたのが新たなる人族……亜人族と呼ばれる者たち。


 右大陸を支配しているバラル王国は混血だろうと関係ない。交易国としての歴史が示す通り、バラル王国には様々な種族が集まり、そして栄えた。

 バラル王国は外の存在に寛容的である。自由な国風と言っていい。しかし人類占有土地であったグレム王国には純血人類が多く、純血至上主義とも言われる一派も存在する。近年はこのことが関係し、両国に少なくない軋轢を生んでいた。


 ただし、概ね平和だ。グレム王国にも差別思想は多少は残っているが、現国王が発布した王令で外の存在を受け入れつつある。人類同士で争っていては、外大陸の獣に富や名声を食い荒らされるのみ。それを理解しているからこそ、両国は互いの手を取り戻し、やがて肩を組むまで関係を修復する。


 何より、グレム王国はバラル王国を経由して輸入する「外大陸の知識・技術」を頼りにしているからである。


 そんなバラル王国とグレム王国を繋ぐ、ブラン山脈の麓に位置する「交易都市ラグラーガ」。多種多様な存在が入り乱れるこの栄えた街の冒険者ギルド。


 その入り口に立っているのは、黒髪の少年だった。



 _____



「あ! ラードさ〜ん」 

 ギルドの受付嬢は、とある人物の存在に気づき呼びかけた。


(……フードを目深に被っている俺の名前を呼ぶ人は少ない。だが、冒険者ギルドには毎日通っているし、彼女が俺のことを背格好だけで分かるのは当然かもしれない)


 名前を呼ばれた受付の所まで歩く。その最中も、できるだけ目立たないように端を歩くことを意識する。やがて、視界に木製の受付のテーブルが入ってきた。


「ラードさん! 今日もお疲れ様です〜。討伐証ですよね?」

「……ああ」

 フードを片手で少し上げ、正面の人物へと意識を向ける。


 ラロ・ドルナーガ。人族のギルド員。それ以外、特に印象はない。

 腰に下げた袋を差し出す。そこまで容量はないが、小さな物ならいくらでも入る。


 ギルド員のラロは、俺から袋を受け取ると早速とばかりに袋とじを開けた。


「確認しますね。ゴブリンと、角蜥蜴グルリザード…」


 彼女は袋から討伐証を取り出し、数を数えていく。ゴブリンの耳は両耳で1個分だ。

 以前は片耳だったようだが、片耳だと同じ個体の耳を使ってのかさ増しが横行する。新人のギルド員だと見抜けないらしく、問題になってからは両耳だ。


 ゴブリンの討伐証を決めた時になぜ疑問にならなかったのか、俺が疑問である。


「……はい。合計で銅貨38枚ですね」

「……すまん、ちょっといいか」

 と言って、個別に携帯していた大型の袋からそいつを取り出す。


「はい? ――わあ! 『ベルラビット』じゃないですか! あ、もしかして今日やたら獲物が多いのって……」

「……お恥ずかしい」

「あはは……まあでも、生きて帰ってくれて本当に良かったです」


 『ベルラビット』。ゴブリンよりも小さいただのウサギだが、鳴き声がとても大きく、周囲に鳴り響く。そのせいで一瞬で仕留めなければ、ベルのような音で、周辺の魔物をおびき寄せる特徴がある。


 生存方法が他人に依存しているという、何のために生まれてきたのか分からないやつだが、その肉は大変に美味い。シチューに入れれば、骨すらも食べれるほど柔らかくほぐれて、舌で溶ける。


(……)


 『ミクラン森』で活動する俺には、決定的な遠距離攻撃がない。小型の弩で狙ったが、外して鳴かれた。結果、ゴブリンと角蜥蜴グルリザードが3体ずつ来た。地獄のようだった。


 その後、袋小路でブルブル震えていたベルラビットを最小限の傷で仕留めれたので、まあ結果良しだ。


「すごく綺麗に仕留めてますね…血もない。これなら余すことなく使えるので、銀貨2枚ですね」


 目の前のギルド員が発した、“銀貨”という単語に少し驚く。


「……多くないか?」

「んー妥当ですよ。肉は全部使えますし、何よりベルラビットは鳴かれたらその脅威は未知数ですからね。新人冒険者がちょっかいを出して死亡、なんてケースも少なくないんです。ベルラビット自体、討伐証分だけで銀貨1枚と銅貨50枚にはなりますよ」

「……すごいな。ゴブリンなんか銅貨2枚だが」

「ゴブリンは数が多いので…」

 と言いながら、彼女は何か指示を出す。すると、控えていた男のギルド員が袋を受け取り、奥の解体室へと消えていった。


 それを見届け、銭を貰おうと手を伸ばしたら――


 ペシッ。

 その手にしっぺされた。


「……」

「えっと……何?」

 予想外のことだったので、少し態度が崩れてしまった。急にしっぺされるような失礼なことをしてしまっただろうかと顔を伺うと、ふくれ顔になっていた。どうやらなにかやってしまったらしい。


「……いいですかラードさん。本当に気をつけてくださいよ。今回は運よく切り抜けられたかもしれませんけど! けど!! 本来ベルラビットを発見した場合は単独で狩ることを推奨していないんです! 魔法使いや、弓使いの方がいるパーティで、最悪鳴かれてもいいように周囲の安全を確認してから狩る。そのぐらい準備が必要な魔物、なんですー!」


 指差し確認とばかりに人差し指をこちらに向けながら必死に説明してくる彼女に、少したじろぐ。

 しかし、彼女の言うことはまさにその通りで、ソロでベルラビットを狩るという行為は非常に危険だ。単体での脅威は皆無に等しいが、狩るための準備は他の同級の魔物よりも遥かに大掛かりなものが必要だ。


「…あ、はい。なんかスミマセン。次から見つけたら無視して報告しますね」

 今までちゃんと顔を確認してなかった相手にめっちゃ親身になって怒られてしまった。最近は狩りにも慣れ、ほんの少しだけ余裕ができて油断していた。肝に命じておこう。


「はい。分かったならもういいです。今回の討伐で貢献度がかなり増えました。もう少しで昇格できそうなので、ラードさん。く、れ、ぐ、れ、も。安全第一に考えて頑張ってください。本当はパーティを組んで欲しいんですけどね」

「……まあ、はい。帰ります」

 今回の報酬を受け取って、フードをもう一度深く被り直して受付から離れる。

 しかし、申し訳なくなるくらい心配されていた。今度からは本当に気をつけないと。


 そのような思考を巡らせながら、少年はギルドを後にした。



「……」

「らろ~」


 それを見送ったラロの元に、羊獣人のギルド員が近づいてきた。

 ラロ・ドルナーガはそれに気づき、少しの笑みで迎える。


「あれ、例の少年さんですよね〜~今日はどんな感じだったんですか〜?」

「……ラードさん、ね。実力も少しずつ伸びてきてるし、今日はベルラビットを狩ってきたの」

「あら〜すごいじゃないですか〜」

「けど、単独で“鳴らして”しまったんですよ。本当危なっかしいな〜って。心配したら謝ってきたけど……」


 少年が消えてもなお心配そうに入口の方を見るラロを見て、羊獣人は笑みをこぼす。


「ふふ~ラロは相変わらず〜~新人に優しいですね〜~」

「そうでも……かも。ていうか、初めてちゃんと会話した気がする」

「あら〜あの人〜ギルドに来た時ボロボロだったし〜碌な人じゃないと思ってたんですけどね〜~。ラロ、なんだか楽しそうですね〜もしかして……?」


 ニヤニヤとした同僚に、ラロは少し動揺する。


「い、いや、そんなんじゃないし。まあそれなりにカッコいい……かもだけど……危なっかしくて見てられないだけ。なんか弟みたいな? 感じです?」

「へえ〜カッコいいんですか〜私〜まだお顔〜拝見してないですね〜フードを被っているので〜」

「……まあ、色々事情があるみたいなんで。私もあんまり踏み入れてないんですよね」

「ん〜〜〜〜〜」

 それを聞くと、羊獣人のギルド員はどこかは去っていった。

 獣人は気まぐれなのだ。その様子を見て、ラロはしょうがないなぁ、とため息を吐き、一人少年のことを考える。


(しかし、15歳前後の人が冒険者になるのは珍しくない。だから、ラードさんも年齢的には普通なんだけど……黒髪。深層を思わせるような漆黒、見たことない。それに、ここ約一か月の間にして、初めてちゃんと会話できた。あの時の低姿勢。やっぱり、貴族の関係者なのかな……それなら魔力を持ってるのも納得できる。でも初めてギルドに来た時は体も服も……心もボロボロだったし、貴族がそんな扱い受ける……?)


「う〜ん」

 一人で唸っていると、受付に冒険者が来ていた。


「お〜いそこの姉ちゃん。討伐証だ!」

「あ、はい! 今行きます!」

 ラードさんのことを考えても分からないことだらけだ。本人から喋ること自体がすごく少ないし……今度、こっちから聞いてみようかな……?


 小走りで受付に向かいながら、ラロは考えていた。



 _____



 ギルドを出たその足で、そのまま南西のほうに向かう。

 いくつかの大通りを抜け、やがて目の前に煙を立てる建物が見えてきた。


 鍛冶屋。俺の恩人が営んでいて、そして俺の武具もここで作られた。

 入り口を通り、店主を探す。すると、探す間もなく、受付の隅で椅子に座っていた。客はいないらしい。


 その立派な髭を生やしている低身長の爺さんは、こちらを確認すると話しかけてきた。


「よお、ラー坊。どうした? 宿の金も払えなくなったか?」

「うっせージジイ。今日は剣のことで相談あってさ」


『ガイナ・アルヴェスタ』。色々あって死にそうになってた俺を救ってくれた命の恩人。一生返しきれない恩があるが、そういう水臭いのは嫌いなようで、俺も気軽に接している。


「……ほう?まあ客はいねえし暇だ。見てやるよ」


 というので、早速長剣を鞘ごと渡す。鉄を素材に使った普通の剣だ。作ったジジイに言わせれば無骨らしい。ほぼ余り物みたいなものだ。

 その鉄の剣が、角蜥蜴グルリザードの表鱗を切った時に欠けてしまった。今までは急所を突いて倒してたから平気だったが、今日はベルラビットのせいで余裕がなかった。


 ジジイは鞘から剣を抜く。鉄の輝きを持つ剣が露になるが、その輝きは鈍っている。原因は一目見れば分かる。罅が入っているのだ。刀身の上部分が全体的に、ひび割れ欠けている。


 ジジイはそれを手元で回転させながら、確認していく。


「…角蜥蜴グルリザードか」

「すげえな。よく分かったな」


 素直な関心。

 だが、ジジイはそれを鼻で笑い、語る。


「伊達に何十年もやってねえよ。しかしお前はまだ腕が甘い。何度も言ってるだろう。相手を切っても剣に返り血が付かないようにしろと」

「いや無理。まじ無理。絶対無理。今日ゴブリン相手にやってみたけど、成功したの一回だけ」

「ほう。一回できたら後は練習すれば出来るようになるさ……まあ確かに、この欠け具合は砥石とかそういう問題じゃねえな」


 そう。少し欠ける程度ならジジイから貰った砥石でどうにかなるが、今回の破損は剣の芯の部分まで罅が入っている。俺の手に余る問題だ。


「で、新しい剣が欲しいんだけど」

「それは構わん。だがな、一つ言うことがある」

「あい」

 ジジイには悪態ついてるが、ジジイの言うことは大切なことが多い。真剣に聞こう。


「今のお前にはまだ技量がついてきてない。これよりも性能のいい剣を作ってやることは簡単だ。しかしな、剣の性能に頼って、己が技を疎かにした結果、足をすくわれる者も多い。だが、半端な剣ではいざ強敵が出た時に対抗できない場合もある。お前が選択しろ。ワシはそれに合わせる」

「……」

 なるほどな。確かにそうだ。この剣も無骨な仕上がりとはいえ鉄製のちゃんとした剣だった。俺がジジイに剣を貰ってから一ヶ月。

『この世界』に来てから剣を握った俺の技術など、それこそ赤子同然だろう。


「どっちにする?」

 真剣な瞳でこちらを見るジジイ……ガイナ・アルヴェスタ。

 しかし、いくら頭を回転させても答えは出ない。いや、答え自体はほぼほぼ決まっている。だが、不安なのだ。


「……ジジイはどっちがいいと思う」

「お前なぁ。自分の生死に関わることを他人に委ねるなんてのは」

「いや。俺はこの世界についての知識、経験が全く足りない。右も左も分からない。だから、先人の知恵を借りたいんだよ」


 そう。俺の判断が正しいのかどうか、他人の意見も聞きたかったのだ。


「…………はあ。分かった。だがお前の意見も聞こう。お前はどっちがいいと思う?」

「これと同じぐらいの剣がいいと思う。技術が全然足りない。俺はそっちを磨いたほうがいいと思う」

「ワシもそう思う。そうするか。そこで待ってろ」

 といって、ジジイは作業場へ行こうとする。途中で振り返って、口を開いた。


「お前さん、この剣に思い入れはあるか?」

「え? まあ……それなりに。そいつのおかげでなんとか今生きてるしな。今日も剣に感謝してたよ」

「そうか。なら、こいつを溶かして再利用する。鉛と混ぜてもいいが…まあそれは今度だな」

 と言って奥に消えていった。


「……」

 突然やってきた暇な時間を潰すために、店に並んでいる商品を眺めていく。


 青銅や鉄でできたプレートアーマーに、タングステンの剣。プラチナも。他にも見たことがないやつが一杯だ。ネームプレートがぶら下がっているが生憎文字はまだ完全には読めない。あ、これ読めるな…月透石ムーンスルー? 分からん。触りたくもない高級品っぽいな。


 他には…魔物素材の物か。会ったことはないが、ギルドにある書物で見たことがあるな。

 フェニックスの嘴、白深貝の殻、鉱装竜ボウゲルドの鉱皮…こいつは確か鉱山を背負ってるやつだったな。どれもA級やS級冒険者が狩る伝説級の化け物たちだ。冒険者も化け物なんだろう。


 俺は最低のF級だから、夢のまた夢のまた夢のまた夢くらいだな。一生かかっても無理そうだ。


 これを見ると、ジジイも名のある鍛冶師っぽいんだが…なんで市井で鍛冶屋なんかやってんだあの人。本来は国のお抱えとか、そういうレベルだと思うんだが。


 そうやって狭い店内を歩き回りながらしばらく待っていると、鞘を持ったジジイが奥の部屋から出てきた。


「――出来たぞ。鞘に収まるようにしたいから、足りない分の鉄は新しいやつだ」

「ありがとう。ジジイ、いくら?」


 腰の袋に手を伸ばしながらカウンターへ向かう。


「ふん。大して稼いでないのにプロ根性出すと路頭に迷うぞ」

「いや、今日は身入りがいいんだ。ジジイにはもう返せない借りがあるからな。これ以上作りたくない」

「……使った鉄は少ないからな。銀貨1枚ありゃいい」

「分かった」

 腰に下げた袋から銀貨を取り出してジジイに渡す。しかし、ジジイが作った鉄剣と言って売りに出したら銀貨30枚は取れそうなもんだが。絶対にやらないけど。


「ありがとなジジイ。これでまたしばらくは冒険できるよ。じゃあまたな」

「ラー坊」

 店から出ようとしたら呼び止められた。振り返ると、ジジイがいつになく真剣な顔をしていた。いや、どちらかというと……苦い表情だ。


 呼び止められたが、それでも喋ろうとしないジジイに声をかけようとした瞬間、その重い口を開いた。


「……お前さん、この世界を恨んでいるか?」

「……」


 それは、俺がジジイにだけ話した身の上話。『この世界』に無造作に召喚された、俺の話。

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