23:神様に再会しました
目の前が真っ白になって身体中の水分が絞り出されたような感覚を覚えて、はっと目が覚めた。
「アダムがっ!」
聖子はガバリと起き上がり、アダムがいた方へ目を向けようとして気がついた。あたり一面真っ白だ。
「あら…?」
ここは見覚えがある。確か最初に……。
「やあやあ、目覚めた?全く、君さあ。溺死したから水属性を与えたってのに、今度は炎上死?あ、違うか、閃光死っていうのかな、これ?聖魔法は危険極まりないよねえ。自死しちゃうくらい清いって神様かよって突っ込みたくなるよ」
「神様」
いつぞやに見た、ギリシャ神話のような姿の老人がパソコンを片手にニコニコとこちらを見ていた。
「えっうそ?私また死んだの!?」
「う~ん、そうだね、死んじゃったねえ。イモリの黒焼きだよ」
えええ、と聖子は愕然とする。一番恐れていた死に方をするなんて!!
「ってか、それじゃアダムは!?」
「あっ、その辺は大丈夫。ほんっとギリギリだったけど、アダムは記憶を取り戻してね。ちょっと無理やりだったから、心配したけどね。君の徳が貯まるのが早くて、ほら」
そう言って神様は掌サイズの水晶を見せてくれたが、最初に見た時と同じ、水晶のままだ。
「あっこれ、もう使っちゃったからまた空っぽになっちゃったんだった。いやあ、綺麗な空色の水晶で君らしい色だったよ。久々だからうちとこの
「奥さん?」
「そう。この国が信仰してる女神なんだけど、ちょっと前に竜族と人族の間で喧嘩が始まってね。それでうちの奥さんの信望者が減って、神力が下がって土地がすごく荒れちゃったんだよねぇ。フローレンスって勇者を送り込んでなんとか仲介して貰ったんだけど、ダメージが深くてね」
話を聞けば、人間と竜族の土地争いが最初に起こり、それから敵対した竜族と人族は長い間争いを繰り返していたらしい。
それを悲しく思った女神が、長命の竜族に人間の姿になれる魔力を授けたのだ。温和な首長竜なら人間と仲良くしてくれるはずだと思ったのだが、人間の姿を手に入れた首長竜は人間の姿になると同時に人間の短気で強欲な部分まで受け継いでしまった。
あれよあれよという間に、首長竜は人間になりすまし、人間と交配を始めてしまった。おや、と気がついた女神は慌てて人間の姿になる力を取り除こうとしたが、すでに子を作り、半人半竜なるものを作り上げてしまった竜人族を止める手立てはなく、あたふたしている間に竜人族が人族を圧倒し始めてしまった。自分たちが強く最高の位置にいると自惚れた竜人族に、信仰心はない。
このままではこの地は神の手から奪われてしまうと案じた女神は、そこで初めて夫である神様に泣きついて、なんとかしてくれと縋ったのだか。
「何ですか、そのはた迷惑な展開はっ!」
「いやあ、初めての土地神経験だったから、まあ失敗もあるということでねえ。基本、神ってのは種族と環境を与えるだけで後は自然にまかせてるんだけど、うちの奥さん、愛で過ぎちゃったのよ。許してやって」
いや、神様に許してやってって言われても困りますけど!必死で生きてる人達にとって大迷惑でしかないでしょう!愛で過ぎて種族改良するってどういうこと!?
「とはいえ、種の保存力っていうのは凄まじいものでね。すごい勢いで地表を埋め尽くし始めた。で、もうワシでも止められなかったから、仕方なくアウトソースさせて貰って救世主として勇者を送り込んだんだ。それで全ての竜人族が排除されてめでたしめでたし、と思っていたら最初の首長竜の皇女とうっかり恋に落ちちゃってさあ。参ったよ」
首長竜は奥さんをモデルに創られたから、美しいんだよねえ。と神様はしみじみと言った。
で、まあその皇女というのがハーナで、勇者というのがフローレンスだったと。またしても慌てた女神と神様は慌ててフローレンスを天界に連れ帰ったわけだが、すでにアダムが生まれてしまった。しかもハーナは次々と人間の王族を手玉に取り、そして歴史は繰り返す。
「ただねえ、フローレンスは実は異世界から連れてきた人物で、この世界にはない全く違う魔力を持っていたんだよ。いやあ、迂闊だった。それが聖と暗黒の魔力。それに加えて、アダムは両種族の長所ばかりを受け継いでサラブレッドで、長命、高魔力、頭脳明晰、イケメンときたもんだ。当時の彼は全ての属性魔法を使いこなし、自然界から精霊なるものまで作り出して自分に使役させたんだよ。それで自然界のバランスが崩れて闇属性が生まれ、瘴気が生まれた。全ての事象には表と裏があるのは君も知ってるよね。幸いにしてアダムは殺戮を好む質ではなかったけど、正義感に溢れていたから使命を与えたんだ。竜人族を殲滅しろってね。それが終わったら天に召し上げる上げる予定でいた」
「えっ!?」
それまで黙って聞いていた聖子だったが、最後の言葉を聞いて目を見開いた。
「ちょ、ちょっと待って!?アダムってその勇者とハーナの間にできた子供なんでしょ?つまり、アダムは竜人族なんじゃないの?同族殺しとかって、なんなのその鬼畜な使命は!」
「いや、アダムだけは違うんだよね。何せフローレンスは人間ではなかったからね」
「へ?」
「あれはもともとハイエルフだったんだよね〜」
「え、エルフ…」
「だからものすごく長命になっちゃってるし、魔力量だってハンパないし、だからこそ精霊とか創り出せちゃうし。ものすごく神に近い存在っていうのかな」
「ひぇ……」
同族は流石に、殲滅しろって言ったら精神面で心配することになるからねえ、と神様は笑う。いや、一つの種族を殲滅しろっていう使命だけでもかなり精神にくると思いますけど、と聖子は眉を顰めた。
「そんな酷いこと任命するなんて」
「まあ、命に限りのあるものは多分皆、君と同じ意見だよね」
でもワシ神だから、そういうこともしなくちゃなんないのよ、と苦笑する神様を見て、聖子は口をつぐんだ。
「それで…アダムは竜人族を殲滅したの?」
「うん。でも血塗られた歴史だし、本人の意思とは違うことをやらせたからね、彼もきっと忘れたかったんだと思う。記憶をハーナに預けてイチから出直したかったのだろうね。ハーナを神木に縛り付けて、これ以上竜人族ができないよう戒めた。ハーナの変身術を封じて人と会話ができないように契約を結び、瘴気がなくなるまでを期間としたようだ」
歴史書にはそんなことは書いてなかったが、真実が常に歪められ隠されていることは聖子にもおなじみだった。著者によって歪められたり、権力者に都合よく書き換えられたり、時代が変わるにつれ真実からは遠ざかっていくのが常だ。
「でも、じゃあ私の助けなんて要らなかったんじゃない」
「え?いやいや。君はこの時代のカナメの役割を果たしているよ?」
「だけど、でも私アダムを助ける前にこんな、黒焼きになって死んじゃったじゃない」
「え?だから言ったよね。君の徳は水晶いっぱいに溜まったから使ったよって」
「え?」
どういうこと?と聖子が首を傾げると、神様は水鏡を目の前に出した。それは直接祈りの泉と繋がっているようでその鏡に向かって覗き込んでいるアダムとハーナ、精霊の姿が目に入る。
「アダム」
青ざめて今にも泣きそうな顔をしたアダムだが、生きていた。
「生きてる。神様、アダム生きてた」
「そりゃそうだよ。あれくらいで死んでくれたら、今頃ワシこんな苦労してないよ」
言い方!
聖子はムッとして神様を睨みつけるが、すぐに水面に視線を戻した。
「怪我もなさそう。……よかったよ」
『聖子さんを連れてきた神よ。頼む……』
水鏡からくぐもったアダムの声が響いた。
『聖子さんを、生き返らせてくれ……。私に返してくれ』
水面が歪み、広がる波紋が、アダムの瞳からこぼれ出る涙のせいだと悟る。
アダムはずっと一人で生きてきた。百五十年も記憶を持たず、不安を隠してきたのだろう。聖子というイモリが現れてようやく寄り添うことを覚えた。
「神様っ!アダムを助けて!」
「いやいや、ワシができることは少なくてね。アダムを助けられるのは君しかいないでしょ」
「どうすればいいの?私に何ができる?こんな中途半端に助けておいて、投げ捨てるなんてできない」
「うーん、そうだね。いやあ、そう言ってくれると思ったんだけどさ」
「え?」
「君の徳は放出させて正気をあの世界から消し去ったんだ。すごい功績だよ?そこで、イモリのバイトは終わったんだ。君がこれで終わりたいっていうなら無理強いはできないからね。これで輪廻に返してあげようかな、と思っていたんだけどね。次のバイト、いっちゃう?」
「え?」
そういえば、次のフォームに進化するって言ってた。
「次のフォーム……」
「そうそう、それ。今度の水晶も前と同じくらいの大きさだから君ならそれほど時間はかからないと思うんだけど?」
「アダムの手助け?」
「うん、まあ。前のよりはちょっと難しいかもしれないけど、一緒にできる仕事だね。契約、結ぶ?」
「う…うう」
なんだかこの腹黒な神様に騙されているような気がしないでもないが、あのままアダムを放っておくわけにもいかない。
「アダムは結構粘着質だからね。ハイエルフと竜種の特徴だからダブルでしつこいよ。きっと長いことメソメソしてると思うんだよね」
「わ、わかりました!じゃあ次のバイト、お願いします!」
神様はぱあっと後光を煌かせてほくほく顔になった。
「君ならそう言ってくれると思ったよ!それじゃあ早速頼んだよ!」
「あっ!?待って、次のフォームは……っ!」
この神様、きっとわざとやってるに違いない。
聖子は薄れゆく意識の中でそう思い悪態をついた。
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