11:アダム、頑張りました


「うん、まずい!」


 青汁ではないが、あれから十日ほどアダムは頑張って万能薬とハーナのミルクの混ぜ物を頑張って飲み続けている。


 あの夜、精霊を目にすることができてから、アダムの瞳がまず変わった。以前は深い海の色をたたえた鉛色にも黒にも見えた色が、夜になると月の銀色に光るようになった。アダム曰く、夜目が効くようになったらしい。おそらく精霊を見ることができるようになって以来、魔力が知覚できるようになったせいだろう。


『へえ。速攻諦めると思ったのに、やるわねえ』

「聖子さんのためでもありますからね。それくらいのことで諦めたりしませんよ」


 今晩も精霊を目の前に魔力のスナックを食べる聖子を横目に、アダムはどや顔をして見せた。最近、澄ました笑顔よりもこういう自然な表情が見られるようになったアダムを見て、聖子はふと自分の息子たちを思い出していた。


(感覚的には息子たちと変わんないのかしらね)


 いくら150年ほども生きているとはいえ、見た目が二十代半ばで時間が止まったままのアダムは、詰まるところ世間を知らない。長い間神殿で単調な生活を送っていて、青年らしいことをしたことがない。規律正しく模範であれと育てられたのだから仕方がないが、こうやって褒められて嬉しそうな顔をしたり、嫌いなものに顔を顰めたりできるようになったのはいい兆候だと思う。


「そういえば最近、聖女様達ここまでこないけど、大丈夫なの?」

「ええ。彼女たちは、騎士隊の治療や王宮の方に出張していますから、大喜びですよ。私の仕事もかなり減ったし、夜な夜な泉に出向しても文句を言う人もいません」

「なんか、付き合わせちゃって申し訳ない気もするけど、なんならグラハムさんにお願いしても」

「ダメです。攫われて、体液を抜かれたりしてもいいんですか?」

「え、いやあ……それは嫌だけど、でも」

「グラハムは少し、というかかなり学者寄りで、『暴竜事変』当時の暴君王に傾倒しているように見受けられます。「小さな犠牲」は、大きな成功につきものだと常々言っていますし。聖子さんにとって彼は危険人物です」

「そ、そう?まあ、アダムがいいなら良いけど……」


 聖子は看護婦だったせいもあって、グラハムの考え方に強く反論はできない。だって現代医学も昔の非道行為がなければここまで発展しなかったのだから。仕方がない、とは言い切れないが無駄ではなかったとも考える。かと言って自分が犠牲になるつもりは毛頭ないが。


「神殿はやっぱり国に連動してるのよね?この国大丈夫なの?」

「神殿は女神を讃えていますから国同士の権力には屈したりしないのですが、この神殿は特別で勇者の作ったファンブール国に付随しているんです」


(ああ、そういえば国名、前に聞いたわね。すっかり忘れてたけど)


「えっとそれじゃ、この国は勇者に守られていて強いってこと?」

「そういうわけではありませんが、ハーナの結界があるおかげで魔獣が入ってこないらしいんです。ですからハーナの足枷を外すとなると、問題が出ると思います」

「それって、大問題になるんじゃないの!?」

「ええ、まあ。ですからそうなった暁には私たちもここを出なくては」

「いや、それはそうだけど、じゃこの国の人たちはどうなるの?」

「ハーナの結界があるからこそ、この国は他国に戦争をけしかけているのです。勇者の子孫だと言いますが、やってることは暴君王とさほど変わらず、結界などないほうがいいのかもしれません」


 それでも、ここに住む人たちにとってハーナの結界が助けになっているのだから、色々まずいんじゃないかと思うのだけど、と聖子は少し眉を顰めた。


「それよりも、聖子さんはどうなんですか?魔力を食べ始めてかなり経ちますよね」

「ああ、そうね」


 そう。聖子自身にも変化が見られた。ここ数日は今までの倍の魔力を食べさせてもらっている。何しろ現在聖子の体は30センチほどに成長したのだ。真っ白だった背中は蒼く染まり、腹のピンクがかった部分はクリムゾン色になった。魔力が増えたせいか時々二足歩行もできるし(襟巻きトカゲっぽいのは否めない)、万能薬を作る時間が一気に短くなった。今では祈らずに考えただけで泉の色が変わり、ちょっと祈りを揉めると水が泡立ち、その泡が結晶石に変わり泉に沈んだ。出来上がった結晶石を調べると、より高能な聖結晶だったのが発覚した。


 祈ってうたって踊れる(?)聖女イモリの出来上がりだ。神様のイメージはこれではないことは確かだろうけど。


「グラハムさんが小躍りするほどの聖結晶だったらしいです」


 おかげで、グラハムさんは万能薬を量産することを成功させた。その聖結晶から結界石なるものも作り出したようで、国からの要請に大忙しだ。そのため、アダムも聖子も最近グラハムの顔を見ていない。


「聖子さん、これはもう大聖女の域に達しているのでは…」

「いえいえ。イモリですから」


 イモリの姿で人前に出ても、おそらく聖女として認めてもらえないでしょうねえ、とため息をつく聖子。流石に黒焼きにはならないだろうが、実験はされそうである。色々採取されるのも御免被りたい。ハーナじゃないが、唾液ぐらいなら分けてあげても構わないけれど。


 もちろん、聖子は特別認められようとも思ってはいない。ここに来た目的はアダムを助け、次のフォームへ進み、ゆくゆくは人間になることだ。


「バイトが終わったら、旅行に行ったり美味しいもの食べたり。それだけが楽しみですから。そんで、人間になれればミッション・コンプリートです」

「頑張って自由にしてもらいましょう。ついでに私も!」

「一緒に頑張りましょう、アダム」

「はい!」

「それで、精霊さん。次の満月はあと一週間ほどですが、次の満月に何が起こるんですか?」


 そう。


 精霊曰く、アダムは次の満月までハーナのミルクと万能薬を混ぜたものを飲まなければいけないのだが、そのあとは?


 この一ヶ月弱でアダムの視力が良くなったことと、精霊と会話ができるようになったことを除けば、特に変わったことはない。記憶も思い出さないし、瞳以外の体の変化もなさそうだ。多少若者らしくハキハキしてきたかな、とは思うがそれはきっと目標が出来たからだろう。


『うーん…』


 精霊は少し考えるような動作を取り、泉を囲むつるんとした石に腰をかけた。


『詳しいことは言えないんだけどね…。裏切り者に気をつけていて欲しいのよ』

「裏切り者?」

『うん。それまでにアダムの能力が開くといいんだけど…』


 アダムと聖子は顔を見合わせた。聖子は神殿と泉、ハーナのいる鳥居までと行動範囲は狭い。知っている者といえば、グラハムと聖女、研究所の所員の数名とハーナくらいだ。アダムに関してはもう少し行動範囲は広いが、神殿から域を出ることはあまりない。裏切り者とはその中にいるのか。まさか聖女が神殿を裏切るなんてことは?


『まあ、特に大事になることもないかもしれないからねー。気に留めておくだけでいいと思うわよ。それよりも自分たちの能力開花に目を向けてよ』


「アダムの能力ってなんなのかしら?」

「わかりません。でも最近、力がみなぎるというか気力が増したというか。未来も変えられそうな気がしますよ」


 アダムはそう言って輝かんばかりの爽やかな笑顔を聖子に見せた。


「はうっ!」


(………。危ない。瞬殺されるところだった。)


 時折、油断をしているとこういった笑顔を見せるアダムに、年甲斐もなくうろたえる聖子は自分を叱咤した。息子のようだと思ったり、顔を赤らめるほどドッキリしたり、いい加減落ち着けよ中年イモリが、と。


「あと20年若けりゃねえ…あ、それじゃますます歳の差が開くのか…」

「え?何か言いました?聖子さん」

「あ、いえ。こちらのことで…」


 聖子は見えないように溜息をついた。

 相手は150年以上生きてるのに、たかが20年ほど若くても相手にはならないのだろうが、どうしたって顔から見ればアダムは20代後半。ついうっかり子供扱いにもなってしまうのだ。どちらにしろ、20歳若返ったからといって、聖子はお世辞にも美人とは言えないかったし、体型だって小太り気味だった。肝っ玉母ちゃん、と言う言葉が自分のためにあったのではないかと思うほどに。しかも、今に至っては人ですらない。どう考えようと無理なものは無理。


 そう思うとなんでイモリなんかに転生させたんだ、と恨みたくもなるというもの。ガツガツと頭を地面に打ち付ける聖子にアダムが慌てる。


 苦笑する精霊には気がつかず、聖子は泉に潜り無心になって万能薬を作り始めた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る