04:メロン味のシュークリーム食べました
アダムは聖子の水槽を机の上に置いて、取ってきたエリクサーの結晶石をビーカーの中に入れた。
本日の収穫は全部で十個。聖子が神殿にやってきてかれこれ一ヶ月。毎朝アダムと共に泉に出かけ、5人の聖女が仲良く祈りを捧げるのを眺め、聖水の収穫と薬草の水まきが終わってから結晶石を取りに行く。午前中に五個の結晶石を回収し、薬草畑で一休みをしながらちょっと薬草をつまんだり、羽虫を追いかけておやつにしたり。
最初は羽虫を食べるのにも抵抗があったものの、ある日うっかり口に入ってきた羽虫が驚くほど甘くすっかりお気に入りのスナックになってしまったのだ。体はイモリ、と割り切って食べれる時に食べることにした。薬草を手入れする医薬部の薬師さんたちにも可愛がられ、薬草の間引きも手伝い始めてからはマスコット的な存在になった。
「聖子さんが来て以来、エリクサーの結晶石といい、泉から取れる聖水も強度を増しているようです。それに薬草の成長も早いと聞きました」
イモリの聖子に対して丁寧語を使うアダムに敬語はダメ、様もダメときつく言って、ようやく「聖子さん」にしてもらったものの、きっともともと丁寧な話し方をするのであろうアダムからです、ますを取り上げることは出来ていない。
「そうですか。役に立ってるようで何よりです」
残念ながら、5人の聖女たちに聖子は嫌われている、というより苦手とされているようだった。綺麗な聖女様たちは虫とか、イモリとかに関わったことがないらしいから仕方がない。
(聖女とはいえ、10代の女の子だもんね。好んでイモリに手を伸ばすような子はいないか)
少なくともGのように汚らわしい物を見るように見られたり、恐怖の対象に見られたり、浄化の対象になることがないだけマシかもしれない。
そんなわけで、聖女たちが祈る時間帯は泉に潜るのは避けることにした。聖女がいる間は薬草畑で羽虫やミミズと戯れた。人間の目には小さな羽虫を追いかける聖子がガムシャラに走り飛び上がり必死になっている姿がまるで狂ったように踊っているように見えるらしくよく「またやってるよ」と笑われている。聖子的には朝ご飯の調達に抜け目なく、「笑ってろ!」ぐらいに思っている。
(これぞ、歌って踊れる戦聖女!いや、歌ってないけど!)
聖女の祈りの時間の後が聖子に与えられた仕事の時間だったが、何度も潜ったり戻ったりというのはさすがに疲れる。午前中五個、というのはかなり体力を使う仕事だったが、薬草畑の間引きをするようになってから、薬草が聖子にも効くということに気がついた。羽虫はおやつ代わりに食べているが、薬草は体力や筋力回復にも役立っているようで、一ヶ月という期間に、聖子の体は15センチほどになった。
「最近、魔物が増えてね。騎士も討伐隊も怪我が多いのです。生死に関わる仕事だし、私も出来る限りのことはやっているのですが…」
「そのエリクサーはどうやって使うんですか?」
「ああ、これはグラハム殿の医療部の研究室で、粉砕機にかけて遠心分離機で要素を分けるんです。その上で回復薬草のフーラのエキスと混ぜ合わせ朝露の聖水を1:5の割合で…」
な、なんだか、すごくややこしい。
製薬会社の仕事みたいだが、グラハムは薬剤研究士だ。彼と薬剤師の面々でエリクサーを培養して薬にしているらしいが、いかんせん時間が掛かる。色々配分なども難しいらしく、一つのエリクサー結晶石から作れる薬はせいぜい3本だという話だった。とはいえ、もともとエリクサーなんて簡単に作れるものでもなく、かなり手軽に手に入るようになったということで、聖子の存在はグラハムにとってもありがたいということだった。
聖子は彼の研究材料の一つだったようで、下手したら本当に丸焼きにされて粉砕機にかけられていたかもしれない。自分が回復薬の材料にならなくて本当に良かったと、聖子は胸を撫で下ろした。
* * *
真夜中になり、ホーホーとフクロウの声が聞こえるが、他には物音ひとつしない。アダムもすでに寝入っているようだ。
聖子はこっそり水槽を抜け出して、少しだけ開いた窓から外に這い出した。冬眠から覚めたばかりとアダムは言っていたから、一月経った今はまだ春ということになる。きりりとした空気が聖子の視界を鮮明にした。
ここ数日、聖子はこうして部屋を抜け出している。あることを試すために聖なる泉へと足を運んでいるのだ。
アダムの部屋からは森が見える。その森の手前に聖なる泉がある。だが祈りの泉までは庭園を抜け、バラ園を横切り、薬草畑まで小さなイモリの足で歩くのはかなりの時間を要する。その間にも、ミミズクやフクロウ、ネズミやカエルなどの天敵を避けていかなければならない。
なぜそんな危険を冒してまで夜な夜な泉に行かなければならないのか。もちろん、戦う聖女だからではない。
森の中には青白い光が立ち込めている。植物が放つ気とも違う光。それは泉の上に群がる白い羽虫の放つ光だった。
聖子はピョンと飛び上がり、羽虫を口にする。光り輝く羽虫をもしゃもしゃと食し、泉にプカリと浮かんだ。
「今日はいちご味のシュークリーム」
幸せそうに聖子は呟いた。
初めの内こそ、体がイモリとはいえ中身は人間なのだから、虫やイトミミズなんか食べません、と断固として拒んでいた聖子だったが、薬草畑で羽虫が口に飛び込んで以来、羽虫はおやつ代わりに食べているし、一度水の中でうっかり吸い込んでしまったボウフラが口に合い、非常に美味しかったことから、人目を忍んで盗み食いのような真似をしていたことは否めない。
だが、夜な夜な外に出るのは何も盗み食いをするためでは決してなく、自分の持つ力を試すためだったのだ。エリクサーの結晶石を見つけた次の日、聖子は朝日の昇る前、聖女達が祈りを捧げるところを薬草畑から眺めていた。五人の聖女が泉を取り囲み、それぞれの手を絡め輪を作り、何やらつぶやいて祈りを込める。よく見ていると、聖女達の体からぼんやりとくすんだ光が流れ出して泉に吸い込まれていく。その光が『聖なる祈りの力』だと気がついたのは、すぐその後、小瓶に泉の水を掬い取る作業をしている時だった。
(あれが聖なる力?)
五人の聖女が寄り集まって作った聖なる光は、月の光を浴びて輝く羽虫に比べかなりしょぼい。聖女の光に気がついてから注意して周りを見ると、昼間の羽虫がキラキラしていることにも気がついた。それから泉の中のボウフラにも体の周りに薄い膜が輝いているのを見て、もしかするとこの虫たちは、聖女の祈りの力を受けて光っているのではと思いついた。だが、夜になって月の光を浴びた羽虫がまるで新宿のネオン街のように光っていたのだ。
その夜、聖子はなんだか寝つきが悪く真夜中に目が覚めた。アダムは暑がりのようで、最近少しだけ窓を開けて眠りにつく。その隙間は聖子にはやすやすと通り抜けできるほどで、聖子はそこからそっと顔を出した。ふと、森のあたりが青く輝いている。まるで映画の異星人の招来のような青い光に引き寄せられるように聖子は庭へ足を運んだ。
たどり着いてみるとそこはいつもの祈りの泉。その上に群がる羽虫が青く輝いていたのだ。
ぼんやりとその幻想的な光景を眺めていたが、聖子は一歩踏み出して飛び上がり、パクリと食らいついた。そのまま泉にぽちゃんと落ちる。プカリと浮かんで、口に咥えた羽虫を飲み込むと聖子は驚愕に目を見張った。
「シュークリームと同じ食感に加えて、メロン味!」
あれほど食べたくて、死んでも死にきれなかったタイムサービスの半額シュークリーム。ここにきて、この羽虫があのシュークリームと同じ味だとは!しかもタダ!
ザマアミロ!と誰にざまあなのかわからないがガッツポーズをとると、聖子は無我夢中でメロン味の羽虫にかぶりついた。
聖子は光り輝く羽虫をもしゃもしゃと食し、気がついた。自分の体が青く輝いている。
小心者のくせに残虐にも羽虫を食べ過ぎたことでバチが当たったか、とワナワナ震えた聖子は「出来心なんです、ごめんなさい」と何度か祈って目を閉じた。しばらくすると、青い光が泉にひたひたと溢れているのに目を見張った。
「これは、聖女たちと同じような光…?」
もしかしてと思い、目を閉じて祈りを込めた。
「聖水になーれ」
その方法で、アダムが言ったように聖水の効果が強く現れたらしい。つまり、聖子が食した羽虫から取れた聖なる力(仮)を聖子を媒体にして泉に移すという方法がうまく作用したということではないか。もちろん聖女たちの力添えもあるだろう。でも羽虫の方が聖なる力は強いのだ。
毎晩のように泉に来ること数週間。
今日も泉の水は深夜の繁華街のように光に溢れている。今晩は聖水になーれとお祈りするのではなく、一歩先に進んだ祈りを込めてみようと聖子は羽虫を口に含んだ。そうして泉に入り、プカリと泉の真ん中に浮かんだ。
心を落ち着けて、使おうと思った祈りの言葉を頭に思い浮かべる。その効果をイメージに移し、どんな作用をもたらすか考える。
それはアダムから聞いた、祈りにも通じるものだった。
『想像力は力なのです。聖水を作る祈りも心静かに綺麗に保ち、穢れを祓うことをイメージしながら祈らなければなりません。聖女たちは幼少の頃からそういうイメージトレーニングを続け、雑念を払います。そのために俗世とは切り離し、神殿で生活をするのです』
聖子は俗世界に揉まれて五十年を過ごしたため、そんな綺麗事は自分の中にはないと言い切れる。美味しいものも食べたいし、面倒くさいと思うこともあれば、嫌いなものを嫌いという意見も隠さずに言える。嘘もつけば、やましいことも考える煩悩まみれの女なのだ。けれど、病気が治ればいいとか怪我が治ればいいという気持ちは人一倍強いし、痛い思いはできればしないで欲しいと願う。自分の子供たちよりも若い聖女たちを見て、健やかなれとも思えば、アダムを見て自分の息子を見ているような気持ちにもなる。
争いがなくなりますようにと、願いたくもなるが、そもそもどんな理由をもって争っているのかもわからない。以前アダムは闘争があると言っていたのを思い出す。人間である以上争いは起こる。なぜなら人間は欲深いからだ。自由を求めて争うこともあれば、欲望を満たすために争うこともある。権力や富や名声を欲して争いも起これば、才能や食べ物を求めて争うこともある。もっともっとと貪欲になるからこそ進化し続けた種族なのだ。
神殿のいうことが正しいのかどうかすらもわからない。聖子の住んでいた世界でも、宗教が問題を起こすことも多々あった。国同士の争いなら、どちらが正しいかなんてわかったもんでもない。
それを考えれば、聖子が祈る怪我人を治す、病人を治すといった祈りの方がよほど親身になれるし、イメージもしやすい。それならば祈りは簡単だ。この泉の水を飲めば、すべての怪我も病気も治ると思えばいいのだから。
聖子の祈りはこれに決まり。
「
これでいい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます