イモリから始める異世界転生

里見 知美

01:神様と面接しました

「井守聖子、享年50歳、ね。えーなになに、用水路に落ちた子猫を助けようとして自分が落ちた?ドジだね、君。そんで溺れてここに来た、と。」


 白い部屋に通されて緊張したまま椅子に腰掛けた聖子。あまりキョロキョロするのもマズイ気がして俯きがちで目だけ周囲を伺う。


(そういえば、私、用水路に落ちたんだっけ。そうそう、台風の影響で増水した用水路付近が危ないっていうんで、急いで帰るところで子猫が流されてるのを見て。さしてた傘を伸ばして、体を橋桁に乗り出したら滑って落ちたんだ。我ながらどんくさいっていうか、やっぱり年取るとダメだわね。瞬発力とか咄嗟の判断力が落ちて。


 ………で、ここどこ?)


 三メートルくらい前の白い机にはやっぱり白く長い髭を蓄えて白いドレスを着たおじいさんが、ノートパソコンみたいなものを開いて黒縁眼鏡の奥から聖子と画面を見比べている。


「はあ」


 聖子は訳も分からず、冷や汗をかきながら曖昧な返事をした。 見たこともない部屋にいつの間にか連れてこられ、見るからに怪しいコスプレのおじいさんが目の前にいるのだから焦る気も分からないでもない。

 

(面接?面接されてるの、私? この人、誰?)



「へえ、その上猫は、地上へ放り投げて助けたんだ。どんな腕力してるの、君?普通投げないでしょ。腕の力だけで無理でしょ、自分溺れそうな時に。ラッキーな猫だったねえ。あ、でも待って。そのあと車に轢かれちゃってるんじゃん。だめだねえ。せっかく助かった命だったのに」


 看護婦で鍛えた腕力をバカにしてはいけない。気を失った人をベッドから手術台に移し替える時とか、足の動かない患者を車椅子に乗せる時とか、足・腰・腕は毎日の仕事で鍛えられているのだ。とはいえ、溺れかけた子猫を道路まで投げ飛ばすというのはどうかとは思うが。


「え、猫ちゃん死んじゃったんですか…」

「残念だったねー。君、命張ったのにねえ。ああでも、君のその尊い犠牲に免じてあの子は今度生まれ変わるから。きっと幸せな猫生を送れると思うよ」

「はあ…」

「あ、ワシ、神ね。で、君も死んだから」

「ああ…やっぱり」

「あれ?潔いねえ。普通はほら『嘘、神様?』とか『まだ死にたくない!』とか騒ぐんだけどねえ」

「いやあ、死んだかなって思ったんで」


 そう。

 聖子が落ちた用水路は、幅は2メートルくらいだが深さも2メートルほどあった。普段は量も多くない用水路が台風の影響で増水し、155センチの身長の聖子の足が底に付くことはなかったし、椀状になっている用水路は信じられないほどの激流だったのだ。


 泳げる人は助けが来るまで頑張って泳いで、救命具をつかむという方法もあるのだけど、聖子はせいぜい泳げて50メートル、しかもプールに限る、という程度。遠泳というのは腕力だけで出来るものではないらしい。しかも聖子は頭から落ち、上も下も分からないうちに溺れてしまった。


(4時のタイムセールでシュークリーム半額、買いたかったのになあ。あ、そういえば普段使いのブラジャーとパンツ、お風呂場に干したままだったわ。やだわ〜。死ぬってわかってたら、可愛いやつ干しといたのに)


「うーん。本来ならそのままゲートをくぐってもらっても良かったんだけど。ちょうどいいから、君ちょっとバイトしない?」

「えっ?死んだのにまたすぐ仕事ですか。どこの鬼畜ですか。天界ってブラックなんですか」


 18歳で結婚して、子供二人産んだと思ったら事故で旦那に死なれて、必死で頑張って育てた子供がようやく二人とも結婚したから、これから余裕で暮らせると思ってたのに、なんでこんなところで命を落として(それはまあ、自分のせいだが)しかもまだ働かなきゃならないのか。

 

 聖子は思いっきり眉間に皺を寄せて文句を言った。


「いや、だって君、ここで死ぬ予定じゃなかったんだよねー」

「え?そうなんですか」

「うん、君はねえ。98歳まで寿命があったんだよねえ、本当は。不思議だねえ」

「神様なのに不思議とか…」

「ワシ、大雑把な流れしか関与しないから、後は下っ端のに任せてるんだよ。君の行いがヒロイックなら天使したっぱがここまで連れてきて、禊が終わったら次の使命に向かうとこなんだけど。誰も助けに行かなかったもんね、君の事」

「え、ええ〜。なんか見捨てられた感じ?助けた猫も死んじゃったから、ヒロイックな死じゃなかったってこと?」

「だからさ、使えなかった余生分でちょっとバイトしながら、ラクラクうふふのチート付きライフってのはどう?」

「ラクラクうふふ?それは例えばすごい美人とか、お金持ちとか、才能があるとかそういう美味しい人生ですか」

「う〜ん。すごい美人っていうのは割と酷い目に逢うんだよ。ストーカーに刺されたり、イジメにあったり。往々にして短命なんだよねえ」

「あっ嫌。それはイヤ。」

「すっごいお金持ちも割合早死にタイプだね。食が偏って病気になったり、薬漬けになったり、過労死したり、恨まれて殺されたり」

「た、確かに…」

「才能も上手く引き出せないと認められるのは死んでからで、変人扱いされてぼっちになったり、才能と生活が一致しなくて極貧だったり、攫われて脅されて使われて、その上邪魔になって殺されたり、ねえ」

「………ソウデスネ」


(チートって難しいのね。適当に全部平均的っていうのは無理かな。そこそこ金持ちで、そこそこいい女で、そこそこの才能を持ってるとか。あっ、でもそれって欲張りすぎでバチ当たるかな。すっごいイケメンとかも自分がイケメンじゃないと浮気されそうだし。あっ、それこそ殺されるかもしれないわ)

 

「そうそう。だからそんな『実は悲惨な甘い罠』チートより、『堅実で安定型』チートの方がいいでしょ」


 神様はそんな考えに没頭する聖子に畳み掛けるように迫った。


「例えば?」

「全属性持ちの聖女様とかどう?」

「はあ?全属性持ち?聖女様?いやいや、ムリムリムリ。どこが堅実なんですか?その全属性持ちって何ですか?」

「属性も知らないの?ほら、火・水・風・地と聖・闇とかの魔法が使えるってやつだよ、君の世界で人気でしょ」

「あぁ、それって漫画とか小説の世界?人気あるんだ、そんなの。っていうか、魔法ってホントにあるんですか」

「それが、あるんだよ〜。魔法と剣とドラゴンの世界。お姫様も王子様もいるんだよ」

「そんな物語みたいなの…まあ本当にあったから物語にもなったのかしら…」


(アーサー王の物語とかにもそんなのあったな、そういえば。ホビットとかエルフもやっぱりいたのかしらねえ、本当は)


「だから聖女。人気職よ、これ。みんななりたい聖女様」

「そんな胡散臭い仕事できませんよ。私平凡でいいし、普通に恋愛したいし。あ、でも騎士とかちょっと憧れるけど…」

「じゃあ恋愛も戦闘もできる聖女?これで行く?」

「ええ〜。聖女って神殿とか入っていつも清楚にしてなきゃいけないイメージじゃない?私そんな厳粛な性格してないし」

「面倒くさいね、君。じゃあ、歌って踊れて、飲酒も恋愛もバッチリできて、えっと、戦える聖女ってのはどう?」

「神様、なんでそんなに聖女勧めるんです?」

「……え?」

「聖女が必要なんですね?」

「……えっと」

「で、私のこと殺したんですね?」

「……いや、殺すつもりじゃ…」

「結果、殺しちゃったんですよね?」

「……あはははは」

「……」


(やっぱり胡散臭い、この神様)


「だ、だってね。君の魂がね、ぱあっと輝いてね、ワシの思う聖女にぴったりだったんだよ。だからちょっと呼んでみようかな〜と思ってね、そしたらころりと逝っちゃってさあ、参ったよ〜」

「私、これから人生楽しむトコだったんですよ!旅行に入ったり、新しい彼氏見つけたり!子育て終わって、ようやくこれから謳歌しようと思ってたのに」


「で、でもね。君、数年後に脳梗塞を起こして目が覚めても植物人間になっちゃうんだよ。その上糖尿病を患って、十年後には癌になってね、死ぬまで闘病生活で息子二人も大変になって、結局何も分からないまま98歳の年で生涯を終えるんだよ」


 ………は?


「な、な、な……なんですかっ!そのハタ迷惑でお荷物的な老後は?!」

「ね、ね?だから君の命をかけても猫を助ける心意気がもったいないなあと思ってね、僕が直々拾ったんだよ?」


(お?神様、ワシから僕になったぞ?パニクってるね?実は若いのか?威厳つけるために年寄りっぽくしてるのか?付け髭か?)


「だから、残りの人生分聖女のバイトしてもうちょっと神力高めてもらって、次の人生は左うちわで何にでも好きな生き物になれちゃう!ついでに番もイケメンでどうよ」


(いや、神様。出血大サービスの魚屋のおっちゃんみたいな、叩き売りの人生ってどうかと思うよ?)


「番って…。お相手まではここで決めてもらわなくてもいいですけど…イケメンも別にいらないし。とりあえずバイトって何するんですか?神力高めるってどんなバイトなんです?」


 神様が一瞬、黒い顔をしてニヤリと笑った。

 

(え?ハラグロ?腹黒っぽいんだけど、本当に神様?実は悪魔とか言わない?)


「人助けだよ。君が今まで生きてきたような仕事だよ。誰かを助けるたびに君の徳が上がる。徳が上がれば、さらなる使命につながる。この水晶に徳が一杯貯まったら、君の望む人生に転生。どう?」


 そう言って見せた水晶は聖子の手の握りこぶし大だった。 

 

(人助け。医療関係の仕事?そういえば聖女ってマザーテレサとかナイチンゲールみたいな感じなのかしらね)


 聖子は人生の半分以上を看護婦として送ってきた。好きな仕事だからずっと続けられた。医者になるほど頭脳明晰でもなかったし、コネも金もなかったから看護婦の道を選んだけど。


 看護婦長として実力も付けてきたし、ある程度の治療は医者がいなくてもできる。……魔法のある世界ではどんな治療ができるのか不安ではあるけれど…。


「わかりました。受けましょう」

「そう言うと思ったよ。それじゃあ早速だけど、現場に向かってもらおう」


 神様はパタッとノートパソコン(仮)を閉じて机に置くと、それはいい笑顔で笑った。次の瞬間、聖子の体が宙に浮いてキラキラした光に包まれた。


「ちょ、ちょっと待って!バイト内容聞いてない……!!」

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