第5話

「それは聞けん話だな。

 ジェイコブ卿」


「何故でございますか。

 これは我が家とスミス家の婚約の問題。

 いかに大公殿下とは言え、口出しは無用に願います」


「それで、金でスミス伯爵家に恥を重ねさせるのか。

 それは見過ごせんな。

 スミス伯爵家ほどの名門貴族を、金で愚弄するような屑を見過ごしては、ワラキア家の恥になる。

 貴君が金で他家を追い込むと言うのなら、余は武力で貴君を追い込もうではないか」


「私に決闘を申し込まれるお心算ですか?」


「決闘でも構わないが、どちらかと言えば戦争だろうな。

 この場での貴君とジョージの無礼は許し難い。

 戦争をはじめて、貴君の領地も財産も、全て奪って差し上げよう」


「無道でございます。

 非道でございます。

 大公殿下ともあろう方が、地位と武力をかざして下の者を脅されるのか!」


「貴君の真似をしただけだよ。

 ジョーンズ伯爵殿。

 金に飽かして、どれほどの貴族を泣かせてきたのかな。

 ここまで非礼を重ねて、貴君を助けてくれる貴族が、この中にいるかな」


 ヴラド大公が本気である事がジョーンズ伯爵には分かった。

 引くべきだと本能も経験も警鐘を鳴らしている。

 だが理由が分からなかった。

 金で他家を圧迫するのは他の家もよくやっている。

 いや、金だけではなく、その家が持つ力で弱い家を圧迫するのは、よくある事だった。


 ジョージがよほどヴラド大公を怒らせたのか?

 それともどこかの貴族に頼まれたのか?

 だとすれば、ジョージがどこかの姫を傷物にしたのだろう。

 相手次第では、スミス家からその家に乗り換えてもいい。

 スミス家は名門中の名門だが、権力的な旨味はない。


 婚約破棄の示談金は惜しいが、上手く立ち回れば必ず取り返せる。

 問題の相手が誰なのか、ジョージから聞き出さなければならない。

 ジョージが口を割らないようなら、手の者に調べさせればいい。

 ジェイコブ伯爵はそう考えた。

 その上で、ヴラド大公に話を持ちかけた。


「さて、ではどうすればよろしいと、ヴラド大公殿下はお考えですか。

 非才な私には、分かりかねます。

 どうかご教授願いたい」


 ジョーンズ伯爵は強かな男だった。

 危機に際しては、恥を気にせず頭を下げられる男だった。

 しかも頭を下げながら、逆転の眼を探す男だった。

 わずかでも何か取り返す男だった。


「そうだな。

 ここは結納金の百倍ほどの賠償金を払い、婚約破棄をするのだな」


「なんですって!

 それはいくら何でも法外な金額です。

 ヴラド大公殿下の申される事であろうと、聞けぬ事でございます」


「まあ、待ちなさい。

 それに応じた対価を渡そうではないか」


「本当でございますか?!」


「余が嘘偽りを申したと聞いたことが一度でもあるか」

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