第三十八話 赤い鬼

 奈菜は走りながら、立ち塞がる小鬼を次から次へと消し飛ばしていた。単純な動きしかしない小鬼に光を纏った手を当てていく。


 鬼の気配が一気に強まって、小鬼達が次々湧き始めた。鬼主が向かう先、東出入り口にいることは明白だった。


 先程まで暴れまわっていた従業員や客達は小鬼にまとわりつかれて悶え苦しんでいた。一斉に喰われ始めている。鬼の影響が強くなって小鬼が活発化したのだろう。


 喰おう喰おうと騒ぎ立てる小鬼達も実際に人間を喰うのには条件がいる。自意識があるようで自立しているわけではない。強く影響を受けた人間か、鬼の姿が形作られるほど影響力が増してからだ。


「鬼、出てきとんな」


 東出入り口を抜けるとそこには矢附を片手に持ち上げる赤い鬼が立っていて、その足下に男性が倒れていた。


 赤い鬼、背の高い屈強な身体つきの男性型。額には二本の角がある。


「し、してん、ちょう・・・・・・」


 赤い鬼の腕を引っ掻きもがく矢附の言葉からすると、倒れているのが支店長か。


 奈菜は光を纏う手をかざした。手の光が一瞬強く輝くと赤い鬼の腕で光が破裂した。


 光の破裂に微動だにせず、赤い鬼はゆっくりと奈菜へと顔を向けた。


「よぉ、巫女か。いらっしゃい、喰われに来たんか?」


「離せや、その娘」


「あ? 知り合いかいな? ほら、やるわ」


 赤い鬼は言うや矢附を持つ腕を大きく振りかぶった。一歩大きく踏み込むと野球の投手のように矢附を投げた。


「な!?」


 奈菜は身体全体で矢附を受けようとしたが、勢い凄まじく矢附を掴まえるどころか衝撃に後ろに倒れ込んだ。


 上に重なる矢附を押し退けて、奈菜は地面に手をつき起き上がった。ぶつかった衝撃に胸を強く打って呼吸がままならなかった。


 ゲホゲホと咳き込んでから奈菜は顔をあげる。少し距離がある位置にいたはずの赤い鬼の足が目の前に迫っていた。


 首に力を入れて顔を横に反らす。顔面の横を赤い鬼の左足が過ぎる。前蹴りを間一髪避けた。


 奈菜は赤い鬼の左足を下から掌底で叩いた。僅かに浮くものの効果は薄い。


 赤い鬼が足を引く。その際足の甲で奈菜の頭を引っ掛けると自身の方へと引き寄せた。前に倒れる形で姿勢をよろけさせた奈菜の頭に赤い鬼の肘が落とされる。


 上からの強い衝撃に踏ん張りが効かず奈菜はうつ伏せに倒れた。間髪入れず身体を蹴り飛ばされる。


 土埃を巻き起こしながら奈菜の身体が滑っていく。


「あれ、えーっと、なんやったっけ、青いのの名前。あー、ど忘れしたわ。いや、聞いとらんのか、そやな、聞いとらんねやわ。すぐ消えてもうたし」


 赤い鬼は頭を掻いて上を見上げる。鬼主の、支店長と呼ばれた男の癖を真似る。名前は、覚えていない。


「あの青いののことは知っとんのやで、巫女さん。オマエが消し飛ばしたんやとな。そういうのはオレ達、鬼は現れる前から共有しとんのや」


 鬼の記憶、小鬼の記憶、鬼主の記憶。溶け合うように混ざり合う記憶が頭に流れる。自身が何かわからない。そこに怒りを感じ、赤い鬼は頭を掻きむしった。


「一度上手くいったから今度も上手くいくと思ったか? 油断やな、巫女さん! いや、オマエらの一族が、馴れてもうたんやろな、この長い長い関係性に。オレ達を軽く見だした!!」


 赤い鬼が奈菜へと歩み寄る。どすんどすん、とわざと一歩一歩を強く踏み込む。奈菜は身体を捻り仰向けになった。頭頂部に響く痛みが意識を奪おうと邪魔する。


「オレを、このオレを、軽く見やがって!! どいつもこいつも、このオレを見下して、バカにしやがる!! 出来へんと思うんか!? このオレは、この店を、この城を支配する支店長様やぞ!! 見くびるんじゃねぇ!!!」


 赤い鬼の腕が伸びてきて奈菜の胸ぐらを掴んだ。ボロボロの巫女装束が引っ張られる。


 もがく奈菜の抵抗むなしく軽々しく持ち上げられた。


 すぅーと息を吸い込み奈菜は両手の光を纏わせて赤い鬼の腕を左右から叩いた。一瞬の怯みはあれど奈菜を掴む力は緩まない。


「オレが、オマエを喰らってやるわ、巫女さんよぉ!」


 鬼が大きく口を開いた。大きく大きく、人型の頭をしていたその形すら無視して口が広がっていく。骨格だとか皮膚だとかそういう人間では考えられないものが歪み伸びて、広がる。数秒経たずして、ぬちゃりと音を立てながら赤い鬼の口は奈菜を丸飲みできるほど広がった。


 奈菜を掴む腕が赤い鬼に引き寄せられる。


「・・・・・・アホか、これでも喰らえ」


 奈菜は光を纏う両手をかざした。一瞬光が強く輝くと、赤い鬼の口内で光が弾けた。


 赤い鬼は腕で光が破裂した時と同じ様にビクりともせず、鼻で笑った。何事もないかのように腕を、奈菜を引き寄せる。


 奈菜の手の光が耀きを増していく。閃光は目を焼きつけるほどだ。赤い鬼の口内で次々と光が破裂していった。


 僅かな衝撃が立て続けに起きて赤い鬼の頭が耐えれなくなり振動が起きた。上へ下へ左へ右へ。僅かな揺れが頭を動かす。


 赤い鬼は堪らず大きな口を閉じたが振動は治まることなく続く。頭のみならずその身体も振動に耐えれなくなってきた。振動は起こるごとに揺れを増した。上下左右、口内の破裂が赤い鬼の体勢を崩した。奈菜を掴む力が緩み、口の形が縮小し始めて人型へと戻っていく。


 奈菜は赤い鬼の手首を両手で掴むと、足を上げ腕に足を絡めた。左足を伸ばし赤い鬼の顎に踵を当てる。赤い鬼の腕に身体ごと飛び付いた形になると身を捻り、光の破裂の振動に身を崩した赤い鬼ごと横へ倒した。飛びつき腕ひしぎ。習った形からは随分不恰好になったが、奈菜は流れるように手首を折った。


 

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