第三十七話 支店長
矢附に感謝の言葉を述べて手を取り和美は東出入り口へと駆けた。那間良から受けたダメージが身体を軋ませる。のんびりとはしていられない、また別の人間に襲われたならもう対処出来ないかもしれない。
東出入り口には数えきれない人が倒れていた。殴り合いの結果だろうか。人が人の上に重なって倒れている。
和美は辺りを見回す。意識のありそうな人間は見当たらない。代わりに見えたのは半透明の赤い壁だ。光界に似てる気がしたが、だからこそ嫌な感じがした。あれは鬼の仕業によるものか。
「高城さん、アレ、何? ぶ、分断してる?」
「どうやら閉じ込められたみたいね」
赤い壁がその境にあるものを分断していた。車、標識、ガードレール、鳥、人。
「え、あれ?」
矢附の指差す方を見ると赤い壁を何事もないかのようにすり抜け侵入する一台の赤い車。道路も歩道も無視して出入り口へと突っ込んでくる。
和美は矢附の腕を引っ張り慌てて車の進路から離れた。ブレーキの存在を知らないのか車は店の壁にそのままぶつかった。
ボンネットを豪快に破損した車から背の高い白髪の男性が降りてきた。オールバックに固められた髪を一掻きし、藍色のネクタイの首もとを緩めた。
「なんだこれは?」
艶やかにてかる革靴で出入り口のガラスの破片を踏み潰すと男性は呆然と店内を見ていた。
「た、高城さん、し、支店長、だよ、あの人」
情報を仕入れるより先にご本人登場とは。和美は矢附に頷き返し息を飲んだ。目で支店長を追いかけて警戒する。
「散らかすだけ散らかしやがって! おい、テメェラ!! 何で喰ってへんねん!!!」
店内中に轟かす怒号。和美と矢附はその音圧に身を震わした。
空気の震動に反応してか至るところから小鬼が現れた。地面から、壁から、天井から、宙から、真横から。さもそこに初めからいたかのように音もなく現れた。
「おらぁっ!! 喰い散らせ!!!」
赤、青、緑。三色の小鬼が無数に現れエル・プラーザを中心とした空間を染める。赤の比重が多めに見える。怒りが空間を染めていく。
「なんて数! こんなのどうすれば?」
「ど、どうするって、どうにかしようっていうの高城さん? そんなの無理だよ」
「無理? そうね、無理かもね。でも何か考えないとただただ喰い殺されるだけ。そんなの嫌でしょ?」
無数の小鬼に、閉じ込められた空間。打開策として確実なのは奈菜と合流することだ。しかし、奈菜一人でこの無数の小鬼を相手に出来るのだろうか? 以前のように光界で相手する数を制限する手は今は使えない。
光界に維持制限があると言うならあの手から幾度と出てきた光にも限度があるのだろう。何を消耗するかはわからないが、かれこれ一時間奈菜はずっと闘いっぱなしだったはずだ。
奈菜任せの行動が有効ではない。和美はそう思い別の手を模索し続けた。
「ボーットシテタラクッテマウデェ。シテナクテモクウケドナァ」
上を見上げたら赤の小鬼。横を見ても赤の小鬼。下から現れたのは赤の小鬼。一瞬にして赤の小鬼に囲まれていた。
和美は下から現れた小鬼を踏んづけた。目玉を直接踏みつけた。踏み台にして少し跳ねると上に現れた小鬼の足を両手で掴んだ。体重をかけて強く引っ張る。身体を捻って掴んだ小鬼を横に現れた小鬼にぶつけた。勢いそのままに掴んだ小鬼を手離した。
矢附は、わっ、など小さな声を漏らしては巻き込まれないように身を反らしていた。
考えてる暇がない。そう判断した和美は小鬼への攻撃へと続けた。身体に広がる痛みを歯を食いしばり耐えて、腕を伸ばし、足を伸ばす。
小鬼の太い手足を殴っても、腫れた拳ではビクりともしない上に拳の痛みだけが増すばかりなので蹴ることに専念した。蹴り技なんて習ったことがないので、不格好な振りが何度と空を切った。
和美の蹴りは小鬼を怯ませたが、それだけだった。奈菜のように小鬼を消すようなことはできなかったので、小鬼を蹴り飛ばしてもすぐ立ち直り再び襲いかかってきた。
(これじゃキリが無い)
その場での猛攻が続く。避けて蹴っての繰り返し。矢附は和美の邪魔にならない程度の距離を保ち、避けるのに専念している。何処からともなく現れる赤の小鬼だが、やることは一直線の突進だけだったので矢附にも避けることが出来た。
(これじゃ、キリが無い)
単純な繰り返しだが、それでも気を抜けない動きだ。和美の思考は全てそれに集中されて打開策なんて思いつきもしなかった。
「何をキリないことやっとんねん」
赤の小鬼たちの呻きに紛れて声がした。支店長の声だ、と和美が気づいた時には腹部に蹴りが入っていた。強烈な衝撃に和美の身体が軽々しく吹っ飛んだ。
「た、高城さ──」
何が起きたかわからぬまま吹っ飛ぶ和美を目で追う矢附の首にすっと触れるものがあった。冷たい感触。驚いて逃れようと頭を引くものの間に合うわけもなく、矢附の首は強く掴まれた。
「し、支店長・・・・・・」
「ん、矢附さんとこの娘さんか? いらっしゃい、何しに来たの? 喰われに来たの?」
掴んだ片手で矢附を持ち上げると支店長は笑顔を浮かべた。矢附も何度か見たことのある営業スマイルだった。
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