第二十五話 苛立ち

「ちょっと全員休憩とか聞いてないんですけど。岡田君、ちゃんと段取り教えといてくれないとさぁ」


 休憩時間終了五分前。和美達が現場であふセンタースペースに戻ると一人の女性社員が待っていた。暗めのセミロングの茶髪、二十代ぐらいだろう彼女はキリッとした目つきを強調するような化粧をしている。名札には佐山さやまと書かれている。


「岡田さん、昼からは売場に呼ばれたみたいですよ」


「知ってるけど、何?」


 柳原が説明するも佐山は苛立ちを剥き出しに返す。佐山の圧に押され柳原は口ごもる。それに対して佐山の苛立ちは更に増したようで柳原が持っていた用紙を手から奪った。


「あんた、岡田君から指示聞いてんでしょ?」


 佐山の態度に不満を抱きつつ柳原は、はい、と機械的に返事をして岡田から聞いた指示の内容を説明した。柳原は説明を聞いてる最中も苛立ちは増していってるのか用紙を睨むように見ている。


「そんぐらいの内容さ、社内メールで送ればよくないって思わない? 何で口頭の伝言ゲームやってんだろうね、岡田君は。この資料も添付ファイルで送ればいいのに、一枚印刷してバイトに渡して任せるって、責任能力無さすぎない?」


 柳原が説明を終えると佐山は苛立ちを吐き出すように捲し立てた。怒りの矛先はここに居ない岡田なのだが、ぶつけられているのは柳原であった。はいそうですね、とまた機械的に返事をする柳原の眉間にしわが寄る。まるで苛立ちが伝染していくようだ。


 そのあとも佐山の苛立ちを隠さない口調でいくつか小言が続き柳原がそれを受け流し聞いて、ひとしきり言い終わったようで作業は再開された。


「何、アレ?」


「噂がどうこうとかよりただヒステリックな女来たね、めんどくせぇ」


 那間良と井野戸が手にそれぞれの担当の物を台車に乗せて小声で会話している。那間良がアレと呼んだ佐山はセンタースペースで和美と那間良が陳列した商品を並べ直している。陳列は岡田の指示通りに行っていたし、商品といっても駅の忘れ物なので見映えとして整理するにしても限度がある。


「イライラを人にぶつけた上でサボるとか、やな女。ダメ社員回されたんじゃない?」


「あ、それよくあるヤツ。最悪だ」


 那間良と井野戸の小声での会話が続き、和美は入れずに無言でついていくだけだった。佐山のような理不尽な態度の人物には馴れていないので萎縮していた。


「柳原さん、よく耐えましたね」


「正直、ヤバかったけどな」


 井野戸が運んでいる什器で最後となったので柳原も台車で商品を運ぶことに切り換えた。苦笑いで答えながら台車を押していく。


「ああいうの馴れているんだけどさ、変な話、さっきは何故か怒鳴り返しそうになっちゃってたよ。そこまでキレる話でもないなって抑えてた」


 苦笑いの中に困惑してるような表情を混ぜて柳原が言ってるのが和美は気になった。


「ちょっと遅くない? ダラダラしないで!」


 営業中の店舗内に遠慮なく佐山の声が通る。バックスペースから店内へと出てきたばかりの四人の姿を見るやセンタースペースから声を張り上げてるようだ。周りの客が少し気にしてるのがわかる。


 何を言うでもなく四人は少しだけ歩を早めて荷物を運んだ。走るという手段はまた苛立ちを買いそうだったので誰も取らなかった。


 作業が進む。最低限の声かけと小声での不満の吐き出し以外は会話をせずに作業は進む。下手に会話して佐山の苛立ちを増したくはなかった。


 おかげで順調に作業が進み、二時間。十五時を過ぎて予定より早くエル・プラーザのアルバイトが作業に加わった。笠原だった。


 売り場から戻ってきた岡田が笠原のことを紹介して笠原が一礼をした。和美と笠原はアイコンタクトのように目だけを合わせて頷いた。何がどこまで通じあったかは正直わからないが、何かは通じたのだろう。


 作業としては残り二割の段階まで来ていた。無駄話をしないスムーズな作業の成果、とも言えるが結局陳列整理しかしてなかった佐山が作業に加わっていれば終わっていたのかもしれない。


 その佐山は笠原の挨拶が終わるやいなや岡田に絡んでいた。どうも佐山の方が先輩らしいのだが次々と放たれる小言に岡田も嫌気が射したのか反論をしたので、口論のようになってしまっていた。


 笠原を含めたアルバイト五名はそれを横目に見ながら巻き込まれないようにと作業を再開した。


「いつもあんな感じなの?」


「いつもこんな感じなの」


 和美の小声の問いに笠原はおうむ返しみたいに返事をした。《お手伝い》の本分。いつもこんな感じで、他の従業員も同じようならば、笠原が相談を持ちかけたように笠原自身の問題というわけでもなさそうだ。


「苛立ちが蔓延してるっていうか、伝染してるみたいな、そんな感じ。ちょっと前まではこんなんじゃなかったんだけどね」


 震える声を抑えながら言う笠原は小さく笑ってみせた。そういう笑い方は好きじゃないなと和美は思った。自分もよくしてしまう強がりだ。

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