第十話 腕生える


「ハァー、ウマイウマイ」


 クチャクチャと音を立てる青の小鬼。ペタペタと音を立て赤と緑が跳ねる。


 その様子を瀬名は右肩を抑えながら怯えて凝視していた。だが、瀬名の周りの生徒や教師は誰も気にも留めていなかった。気づいていなかった。


(見えていない? 音も聞こえない?)


 見えていることが珍しいと言われた和美は、しかしながらこの状況で見えず聞こえない様子が不思議に思えた。


「ねぇ、何か、何かいるよ!?」


「え? 瀬名さん、何言ってんの!?」


 周りの生徒や教師が後ろを振り返っても何も見ることが出来ず、困惑の笑みを浮かべる。


「保健室、連れていくより呼んだ方が早いか。あと、齋藤先生だな」


 バレーボール部の顧問教師──行平ゆきひらが携帯電話を取り出す。


「ツギハアシクウカ」


「やめて、来ないで! 食べないで!!」


 緑の小鬼が飛び跳ねる。生徒達の中には困惑しつつ小さく笑っている者もいた。


「アーア、ワラットンデカワイソウヤナ」


「ミエヘンノハカワイソウヤナ」


「ジブンラモクワレルノニカワイソウヤナ」


 三体の小鬼がケタケタと笑う。


「ホラホラミエルヨウニナッタラクッタルカラナ、ソコドケヤエサドモ」


 緑が生徒を掻き分けるように太い腕を伸ばし広げた。腕は生徒に触れることなく、透き通る。


「い、嫌、来ないで、来ないで!!」


 瀬名は這いずり小鬼から逃げようとする。周りの生徒がそれを抑える。瀬名はその手を離そうとして暴れた。


「瀬名さん!? 何なのもう!」


 困惑した生徒達は手を離す。錯乱した瀬名を憐れみの目で見つめていた。


 小鬼がゆっくりと近づく。


「食べないで、嫌、食べないで、嫌、食べないで、嫌・・・・・・」


 必死で這いずる瀬名を周りの生徒達はただ見つめている。教師の行平は保険医に電話がなかなか繋がらずイライラしていた。


「瀬名さん、立って!」


 和美の声がして生徒達が一斉に和美に視線を向ける。小鬼達も和美を睨み付ける。


「高城さん・・・・・・高城さん!? ねぇ、アレ何なの!?」


 和美の姿を見つけ瀬名の目が大きく開いた。和美と話してすぐ後に瀬名の右腕が喰われた。瀬名にとって和美が何かキッカケなのかと疑う他なかった。疑うことで何が起きてるいるのか知れるかもしれないと思った。


「とにかく立って! 逃げるよ!」


 続く困惑にざわめく生徒達を掻き分けて和美は瀬名の元にたどり着いた。左肩を持ち上げ支える。瀬名は何かを言いたげだったが、和美に素直に従って体重を預ける形で立ち上がった。


「高城さん? 何、どういうことコレ」


 事態の把握に戸惑う生徒達を退かし、和美は体育館の入り口目指して踏み出した。


 何故か小鬼達の動きがなく、直ぐ様襲ってくる様子がない。


「高城さん、何かしたの? アイツラ、じっとこっち見て動かないよ」


「何もしてないよ。私もよくわかってない」


 とにかくここを逃げて西生奈菜を探さないと。このままじゃいずれ小鬼に食べられるだけだ。昨日と違って、和美だって食べられる恐怖があった。


 体育館の入り口には野次馬が数人集まってきていた。瀬名の叫び声と生徒達のどよめきが外に聞こえたのだろう。近くにいた生徒、数名が入り口から中を見ている。


「あ──」


 その野次馬の中に和美は見つけた。西生奈菜の姿を。


 来てくれていた。


 和美と目が合い、西生奈菜は頷いた。


 西生奈菜の姿を確認できると、その手から光が地を這い伸びているのが視認できた。小鬼達へと、光の線が続く。小鬼の足に光の線が絡み、動きを止めていた。


 助かった、和美が安堵の表情を浮かべると西生奈菜は今度は首を横に振った。


「何、どうしたの、高城さん?」


 瀬名の声が震えている。


「助かったと思ったけど違うみたい」


「助かった、どういうこと? それに違うって」


「ごめんね、瀬名さん。もう一度言うけど、私もよくわかってない」


 とにかく入り口に向かおう。西生奈菜から詳しく聞くしかない。和美は歩を止めることなく進むことにした。


 ぴちゃっと音がした。


 先程まで音も立てなかった水溜まり。足下に広がる水溜まりがぴちゃっと音を立てた。


 広がっている。最初に見た瞬間より水溜まりが広がっている。先程まで床が黒くなった程度だという認識だった。生徒の誰も気にしていないし気付いていない。瀬名が暴れても、小鬼が飛び跳ねても水は跳ねもしなかったし音も立てなかった。


 それが今、ぴちゃっと音を立てた。


「走って!」


 西生奈菜の声に和美は直ぐ様走り出した。瀬名を支えるのを止め、引っ張る形に変える。


「ちょっ、ちょっと、何!?」


 左手を引っ張られる形になった瀬名は抗議の声を上げながら転けない様に必死についていく。


 西生奈菜から伸びた光の線が黒い水溜まりの中で激しく波打ち、ちぎれた。


「ミコミコミコミコミコミコ!」


「チギレタゾチギレタゾ」


「クルゾクルゾクルゾ」


 小鬼達が騒ぎ始める。


 入り口まであと少し。和美は後ろを振り返った。


 生徒達がこちらを見ている。小鬼達もこちらを見ている。注目されてるのは和美と瀬名。


 その二人が通ってきた道、水溜まりに腕が生え出していた。


 赤、青、緑。太い腕が一本、二本、三本。小鬼の腕が十数本、水溜まりから生え出していた。

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