焼きそばパン大戦争

第十一話 コウカイ

　和美と瀬名が西生奈菜のもとにたどり着くや西生奈菜は振り返り走り出した。和美は慌てて追いかける。和美に引っ張られたままの瀬名も転げそうになりながら追いかけた。

「西生さん、アレ、どうするの？」

　振り返り確認する勇気が持てないが、背後にある体育館には小鬼が十数体いるだろう。

「誘い出します」

「誘い出す？　どういうこと？」

　和美と西生奈菜の会話に瀬名が入る。

「屋上へ？」

　人気の無いところに行くのだろうか、と和美は周りを見た。校舎の廊下を走り抜けていく三人をまだ残っている生徒達が見てくる。

「いえ、矢附さんのところです」

「矢附？　矢附が何か関係してるの？」

　瀬名の質問に西生奈菜は頷いた。

「矢附さんは何処にいるの？」

「コウカイで待ってもらっています」

「コウカイ？」

　和美の質問に西生奈菜は廊下の突き当たりを指差した。

　一階廊下の突き当たり。本来ならそこには家庭科実習室があるのだが、今は光の壁が出来上がっていた。

「光の結界、略して光界（こうかい）と私達は呼んでいます」

　西生奈菜が足を止めることなく壁へと突っ込んでいくのを見て、和美は息を吸い込んで後を追った。瀬名は和美に引っ張られたままなので目を瞑って覚悟せざるを得なかった。

　光の壁にはぶつかることなく、吸い込まれるように通り抜けることができた。

　壁の中──結界の中はただ白い空間だった。天井もなく地平線もなくただただ白い空間が広がっていた。その無機質な白さに足下が不安になる。

　白い空間に制服を着た少女が立っていた。矢附舞彩だ。光の糸に両手足を縛られている。

「あの、西生さん？　矢附さん、待っているって言ってなかった？」

「そう、待ってもらってたんよ。ちょっと荒っぽくなってしもうたけど」

　関西弁が聞こえて和美は矢附から西生奈菜に目線を移した。西生奈菜はいつの間にか制服姿から巫女装束へと着替えていた。

「いつの間に着替えたの？」

「結界に入ったらこうなるんよ。便利やろ？」

「ちょっ、ちょっと待って。どういうことなの、これ？　高城さん、西生さん、説明して」

　瀬名は和美の手を振りほどき、髪をかきあげる。手でくしゃっと握りしめた。

「わ、私も説明をお願いします」

　手足を縛られたままの矢附も声を上げる。意識があることに和美は安堵する。気絶でもさせて無理矢理連れてきたのかと思った。

「説明？　んー、説明したかて後で忘れてまうねんけど･･････ええか、説明しよか」

「ちょっと待って、さらっと今忘れるって言わなかった？」

　瀬名が手を出し西生奈菜を制止するが、構わず西生奈菜は続けた。

「矢附は鬼主や。この娘の想いが鬼を作り出した。瀬名、アンタはその影響を受けたエサ」

「おにぬし？」

「え、エサ？」

「そや。瀬名の方かとも思ったけど、影響の受け方が強かったみたいやね」

「ねぇ、高城さん。この娘、何言ってるの？　おにぬしとかエサって･･････」

　西生奈菜の言葉に首をかしげ、瀬名は和美に助けを求めた。同じように矢附も和美のことを見ている。

「えっと、説明するとね──」

「時間そんな無いから、そこら辺の説明は省くで。問題はここからやねんから」

「･･････だそうです」

　和美は瀬名と矢附を交互に見て首を横に振った。

「光界は安全地帯やないのよ。これは他に被害を広げんための隔離場所。直に小鬼達もここに辿り着く。わざわざ狙われそうなん集めて誘い出しとるしな」

「あの高城さん、私、西生さんの豹変ぶりに馴れないんだけど･･････」

「それは私もそう」

　豹変というなら和美にとって西生奈菜は関西弁で話すこちらの方が印象が強い。

「鬼はいつ現れるの？」

「呼水（よびみず）が広がり出したからもうすぐやね。ああ、呼水言うんはあの黒い水溜まりのことな。影響を受けたものからさらに影響を広げる為の水、ほっといたらあの体育館の皆も小鬼に狙われるエサになる」

「あの、やっぱり一から説明してくれない？　話にさっぱりついていけない」

「ごめん、瀬名さん。後で説明するから」

　今度は和美が瀬名を手で制止する。

「鬼を祓うんだよね？」

「そう。問題を解決するなら鬼を祓うか、矢附の想いを解消するか、やね」

「想いを解消する？」

　矢附は怯えながら西生奈菜を見た。どうやらここに運ばれる前に何かあったらしい。

「解消方法は二つ──」

　西生奈菜は右指を二本立てる。

「鬼主の改心か、鬼主を殺すか、やね」

「まさか、矢附を殺すの！？　正気！？」

「瀬名さん、落ち着いて。西生さんもそんなことしないよ」

「本当に？　手足縛っといてその可能性が無いって？」

　瀬名を制止しつつ和美は矢附を見る。無言で俯く矢附は、力なく手足を縛られたままだ。　

「瀬名も縛る？　その方が話が早い」

「冗談でもやめて、西生さん。矢附さんのことも解放して」

　仕事モード、関西弁の西生奈菜はどうも荒っぽくなるようだ。