どこまでも青く澄み渡っていた
いちぞう
中二病
前編
中学2年生の夏休み、目の前には僕が立っていた。
多分、僕が一体何を言っているのか、いくら考えても分からないと思う。
でも、鏡を見ているわけでなければ、何かの比喩という訳でもない。ただ自身が今体験していることを、ありのままに伝えている。
そいつはなんの前触れもなく現れた。最初は幻覚だと思ったが、余りにも現実味があって、とてもそうとは思えなくなった。服装、身長、顔、肌質、髪の毛、どれをとっても完全に僕そのものだったし、これは現実だと確信させる存在感があった。
目の前に立っている得体の知れない僕は、一振りのプラスチックの剣をこちらへ差し出し言った。
「君は、何にでもなれる力を持っている。それは、特別な力だ」
急に何を言い出すかと思えば、そんなことか。全く馬鹿馬鹿しい。そんなことより僕はゲームをしたい。ゲームが出来なければ漫画を読みたい。そんな、一切興味の湧かない遊びに付き合うくらいだったら、自分の大好きな遊びをする方がよっぽど意味がある。
「なんだよ。同じ僕の癖に馬鹿なんじゃないか? やーいばーかばーか」
「馬鹿じゃないよ。本当のことを言ってるんだ。君は特別だ。君の何でも出来る力を、そんなちっぽけなことに使うのは勿体ないと思わないかい?」
僕が煽ったを気にもせず、ただまっすぐ僕だけを見すえて話してきた。僕と瓜二つ見た目だが、その眼だけは自分のものでは無いという確信があった。
「君は、仮面ライダーになりたい? それとも、ウルトラマンになりたい? あ、それとも戦隊物かい?」
「なんだよ急に」
「良いから」
変な質問だが、それくらいなら答えてやらないでもない。僕は特撮ヒーローをよく見ていた。仮面ライダーのライダーキックはかっこいいし、ウルトラマンのビームはめちゃくちゃ強かった。何とかレンジャーの立ち向かう勇気にも、僕は憧れを持っている。
僕の友達の大半は、小学校卒業と同時に特撮の話はしなくなったけど、僕は今でも正義のヒーローはかっこいいから好きだ。そんな特撮好きな僕の答えはこうだ。
「正義のヒーローなら、僕は誰だって大好きだ」
そう言うと目の前の僕は満足そうに頷いた。
「そうだろう。そして、君は正義のヒーローになれるんだ」
正義のヒーローに、なれる? にわかに信じ難いけど、それが本当なら、悪くない話しだ。自信満々な僕を見るに、少なくとも嘘はついていないのだろう。
でも、そうだとして、何故こんなにも自信満々に言えるのだろう。
全く動こうとしない僕にやきもきしたのか、ズッと剣の柄を僕に手に押し付けて言った。
「とにかく行ってみた方が早い。これを持って、君は街の皆を助けるんだ」
強い口調でそう言った途端、目の前からもう1人の僕は消えた。
僕は剣の柄は握っていたものの、拳にほとんど力を込めていなかったので、その剣はスルリと手から抜けた。
床に落ちカラカラと音を立てた。
音を立てたということは、少なくともこの剣は幻想なんかじゃない。ということはさっき、目の前には本当に僕がいて、そして、小学生の頃に買って貰った剣を僕に渡してきたということだ。つまり、これは紛れもない現実なんだ。
なぜそんなことをしたのか、その意図を、全く理解出来ない。でもこの摩訶不思議な現象を、偶然と片付けて、無視していい訳が無い。根拠もなく、そんな確信が湧いてきた。
気乗りはしない。街の皆を助けろと言ったのは他人の言葉だ。そんなもの、勝手に信じて動くなんて道化にも程がある。
でも、よくよく考えると、それは同時に僕自身が放った言葉でもある。
それなら有言実行しかない。担任の先生は有言実行をすれば、いいことがあると言っていた。僕が助けろと言ったなら、やらなければ。そうでなければ怒られてしまう。
それは嫌だ。
床に落ちてしまった剣を、僕は拾った。
この剣はオリハルコンで出来ている訳ではない。だから、攻撃力は少なそうだ。鉄でもないし、檜よりも脆いから、ダメージなんてゼロに近いな。僕が当たったら痛いからダメージはあるのか。でも叩くだけで切れはしないだろう。
その剣を上に掲げてみた。すると、何故か元気が満ち溢れてきた。実はこの剣、本物ではないけど、本物なんじゃないか?
――僕は選ばれし勇者かもしれない――
そう考えると、なんだか力が湧いてきた。ほう、もしかしたら本当に勇者なんじゃないか?
僕は自室のドアを開けて、ニヤニヤしながら階段を降りていった。早速、これを持って外へ出てみよう。玄関まで行くと、お母さんが僕をリビングから見て言った。
「恥ずかしいからそれは置いていきなさい」
「何を言うんだ。お母さん。これを持っていかないと始まらないからな」
そう言うと、なんだか変なものを見る目で笑った。
「程々にしておきなさいよ」
「僕は人類を幸せに導く」
「みんな十分幸せよー」
馬鹿にしやがって、僕は勇者だ。沢山の人を助けられるんだ。今に見ておけ、僕は最強の戦士になって、人類全てを救ってみせる。
そんな気持ちを胸に、僕はドアを勢いよく開けた。
外の世界はきっと大変なことになっているはずだ。
「……暑っつ」
強烈な光がアスファルトに注がれ、照り返しが僕の肌を焼いた。この暑さは酷い、緊急事態だ。ゆらゆらと視界の遠くがが揺れている。家も子犬も、カラスも道路も、全てが歪んでいる。これも緊急事態だ。
「まさかここまで世界が狂っていたとは」
まさし君並にまさしく、これは悪の組織の陰謀に違いない。この暑さは何も知らぬ人類の魂をじわじわと蝕んでいくんだ。
でも大丈夫だ、皆が知らなくても、僕は全てを知っている。この目で、時空の歪みを見てしまったからだ。勇者が知っているということは、それはもう解決したのと等しい。
そのうちなんか……ほら、なんかおきるはずだ。そうなんだよ。
僕は剣を強く握りしめた。すると、歪んだ世界の向こうから、1人のおばあさんがやってきた。右手で杖をつきながら、左手で買い物バックをもって、えっちらおっちら歩いていた。牛乳や卵、ふりかけと、中には沢山入っていて重そうだ。
「誰がこんなことを……!」
酷い、酷すぎる。おじいさんとおばあさんは、大事にするべきだ。それをなぜこんなひどい仕打ちをされなければならないんだ!
早速、僕はそのおばあさんに駆け寄った。
「そこのおばあさん。僕が持ちますよ、重いでしょう」
「あら、ありがとう。珍しいわねぇ、最近はそういう子がめっきり減ってしまったからねぇ」
確かに。そもそも最近は、外に出る子供が少ない気がする。
「おばあさん。それは多分、悪の組織の陰謀なんです。だから僕が、おばあさんを守ってあげます」
「あらあら。ありがとうねぇ」
僕は買い物バックを持った、手からズシッと重みを感じだ。お母さんがいつも持っているバックより少し小さいはずだ。それでもこんなに重い。さすがお母さんだ、勇者の子供を持つだけある。きっとお母さんも選ばれし何か、アレだったんだろう。
……疲れる、だけど勇者だから頑張らなければ。
「家はどこなんですか?」
「私の家はあそこを曲がった先にあるよ」
「近っ!」
なんだ、手を出すまでもなかったじゃないか。あの距離なら、おばあさんだけでも運べただろう。いや、でも少しの積み重ねが大事なんだ。さっき、おばあさんは大変そうにしていたから、きっとこのままでは倒れていたはずだ。正義を貫くものとして、きっとこれは正しい選択だった。
重い荷物を何とか運び、曲がり角を曲がると、そこには大きな松の木や、梅の木などが植わっている庭があった。その大きな庭の奥に、どっかりと古家が据わっていた。
僕は玄関まで買い物バックを運んだ。
「ありがとうねぇ。そうだ、お礼をしないとね」
玄関まで運び終えると、おばあさんはそう言って、ドアを開けたまま家の中へと入っていった。
たったこれだけの近距離だから、お礼なんていらないんだけど。でも、モン○ターハン○ーも依頼を受けたら報酬があるわけだし、ここはありがたく受けとっておこう。
少しして、おばあさんが戻ってきた。戻ってきたおばあさんは、籠いっぱいに野菜を入れて、玄関まで持ってきた。
「ほら、お礼だよ」
「え……」
これはすごい量だ。トマトやキュウリ、ナスと、様々な野菜が積まれていた。こんなに貰っていいのだろうか。
「夫が農家をやっててね、余り物だよ」
「本当ですか。ありがとうございます」
「元気にするんだよ」
いいことをすると、こんなにも見返りがあるものなのか。碌なことをしてないけど、ラッキーだったと思っておこう。
野菜を家に持ち帰ると、お母さんは驚いた顔をしていた。驚いたお母さんに事を説明すると、ならお礼の電話をしなければと、数十分の長電話をした末に、おばあさんが喜んでいたと、嬉しそうに僕に話してきた。
凄い、勇者になれば、みんな幸せに出来るのだろう。素晴らしい世界だ。
大人になって、立派な勇者として崇められるようになれば、サラリーマンになんてならなくて済むし、ずっとヒーローでいられる。だから、これからスピードを上げていこう.人を守ろうとする力は、正義の力を強くする。
今は力を溜める時だ、どんな正義のヒーローだって最初から強かった訳では無い。気の遠くなるような厳しい特訓をすることによって、自分の持っている力が使えるようになる。今も十分な強さを持ってる、でもまだだ。僕はもっと強くなれる。
――僕は史上最強の勇者になる。
次の日も、僕は最強の勇者になるために街を歩く。あれからかなり強くなった。
灼熱に燃えるアスファルトを裸足で高速で走り回り、鳩を追いかけ回して、剣を振り回した。親には小学生みたいなことをしてるんじゃねぇと怒られたが、違う。俺は勇者になったのだから、特訓はしなければいけない重要事項なのだ。
そのあとも、水鉄砲でひたすら射撃の訓練をして、俺は射撃の腕を上げた。近距離攻撃だけでは敵には勝てない。遠距離攻撃もしっかりとマスターして、どんな敵が来ても討てるようにしなければ。
「調子はどうだい?」
「なんだよ。僕は今日も忙しいんだけど」
もう1人の僕が、玄関の前に立っていた。相変わらず神出鬼没だ。いつ、どこに、なんの拍子に現れるのか、全く検討がつかない。そして、現れたと思えばすぐどこかへ消えていく。本当に、謎の存在だ。
ここ最近も、何をするでもなく、適当な話を少しして、消えるだけだった。
「済まないね。基本的に僕は君に干渉することが出来ない。だからこうして、様子を見に来るくらいしか、やることがないんだ」
「そうなんだ。なら早くどこかへ行ってくれ。僕は忙しいんだ」
僕はこれからまだやることがあるんだ。
「そうか。なら仕方がない。それじゃあ、最後にこれだけ言っておくよ。前も言ったけど、君はなんにでもなれる。君はその夢を見据えて、ただ突き進むだけでいい。頑張ってね」
そう言って、またもう1人の僕は消えた。全く、「何が夢を見据えて突き進むだけでいい」だ。鬱陶しい。そんなの、自分でわかっている。だから僕は灼熱のアスファルトに身を焦がしたんだ。あいつは僕が何もしてないと思ってるのか? 外で僕のしている努力を知らないからそういうことが言えるんだ。
僕は、もう1人の僕の無責任な言葉に苛立ちを覚え、落ちていた小石を蹴飛ばした。
そして、少し気が紛れたので、今日の特訓について考えることにした。
今日は、森でひたすら足腰でも鍛えようと思う。近くには、カブトムシやクワガタがいるような森があって、大きな広場があり、その広場には様々な遊具がある。それらを上手く使えれば、修行に丁度いいかもしれない。少し不気味な場所ではあるけど、それでも心が強くなければ最強の勇者になれるはずがない。頑張らなければ。
自然と剣を握る手が強くなった。
「何してんの?」
「あ、裕二」
森へ向かおうとすると、丁度、友達の裕二が歩いてきた。体操服を着て、サッカーボールのケースを持ち、エナメルバッグを提げているところを見ると、部活帰りなのだろう。そして、隣には薄く茶色がかった柔らかい髪の少女がいた。
恋人でもできたのだろうか。羨ましい。僕は今まで誰とも付き合ったことがない。小学校では誰かと付き合っているだとか、恋話は大半の生徒の大好物だ。よくそんな話を授業の合間に聞いていた。僕もそろそろ、恋人が欲しいものだ。
僕は、手に持っていた剣をサッと背に隠して言った。
「ちょっと、虫取りに行こうと思って」
「いや、じゃあその手に持ってるやつ、なんだよ」
……勇者だということだけは隠さなければ。能ある鷹は爪を隠す。自分の持っている力がいつバレるかも分からない。だから、この剣の秘密については、たとえ友達の裕二であってもバラしてはいけない。
「ちょっと、素振りでもしようと思って」
「素振りー? だっせー。中二病ってやつかー?」
中二病? なんだそれは。聞いたことがない。何かの病気に、俺が掛かっていると? 俺は至って健康だから、そんなわけは無い。全く失礼なやつだ。
「うるさいな」
「なんだよ……。まあいいや。俺はお前と違って部活で忙しいから、そんなことしてる暇はないな。じゃあ、またな」
「……ふん」
少し雰囲気が変わったかと思えば、なんだその態度は。小学校の時はよく遊んでいたというのに、少し会わなかっただけであんなにもぶっきらぼうな喋り方になってしまうのか。
複雑な感情が頭を狂わせたが、気持ちを改めて、僕は森に特訓へ向かった。森では舗装のされていない道を走ることにより足腰を鍛えて、ひたすら走りながら素振りをした。そして、カブトムシやクワガタの気配をひたすら感じ取り、捕まえて、敵のサーチ能力を鍛えた。
これで、今日も僕は強くなったはずだ。また、明日も、強くなっていこう。
俺はスッキリとした気持ちで、夕日を受けながら歩いていた。
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