トラ吉とブチ助

ごろん

朝日と夕日

 むかし、むかし。

 これはまだ、猫が二本足で歩いていた頃のおはなし。


 西に大きな海を臨み、東に大きな山を背負う小さな村に、とら柄が自慢のトラ吉という雄猫がおりました。

 働き者のトラ吉は、額に汗してせっせと畑を耕す毎日をおくっております。

 そんなトラ吉には、一つの楽しみがありました。

 仕事終わりの夕暮れに、海に沈む夕日を眺めるのが何より好きだったのです。

 空の淡い朱色が海に映って、少しずつ藍に染まっていくさまを見つめていると、疲れが吹き飛んでいくのです。

 今日もクワに体を預けて、いつものように夕暮れを眺めていると、

「トラ吉どん。また夕日を見ているのかい」

 声をかけてきたのは、トラ吉と仲良しなぶち猫のブチ助。

「なんだい、ブチ助どん。おまえさんも夕焼け小焼けを見に来たのかい」

「ばかいうない。おいらは夕焼けなんかより、朝日のほうが好きなのさ」

 ぶち助はひげをゆらして、肩をすくめます。

 仲良しの二人でしたが、そこだけはどうしても分かり合うことができませんでした。

「お山から顔を覗かせれば、さっと塗り上げたみたいに杉を緑に変えて、振り返れば海もきらきらと輝いて、それはもうきれいなものさ。心がしゃきっとするだろう」

「そりゃわかるがね、ぶち助どん。夕暮れだって捨てたもんじゃあない。

 お山の緑だって赤々色づいて、そうかと思えば帳でも下ろしたように暗々。ああ、一日が終わるんだなあ、ってすがすがしい気持ちになるってもんだ」

「なんでい、それなら……」

「なんだい、それなら……」

 いつもいつも、この話になると、二人はこうなのです。

 そのうえこの日は、二人とも少しばかり頭に血が上ったのか、

「だったら、おいらは東に東に探しに行って、最高の朝日を拝ませてやらあな」

「望むところだ。おいらも西に西に探しに行って、最高の夕日を見せてやるさ」

「なんだと、おもしれえ」

 人間のお偉い学者が言うには、この地面は真ん丸のお月様みたいな形なのだそうで、それなら西と東に向かっていけば、半分のところで落ち合うだろうと、ぶち助が顔を洗いながら言います。

 そうしよう、そうしようと、話がまとまれば、二人は夜のうちに支度をととのえ、朝早くに村を出発したのでした。


 トラ吉は海に漕ぎ出すと、西へ西へと向かいます。

 波に負けず、風にも負けず、どんどんと進んでいきます。

 腹が減って用意していた握り飯をいくつか放り込んだころ。

 陸にたどり着いたので荷を背負うと船を繋ぎ、そこからは歩くことにした。

 砂浜を越えて、岩場をのぼり、道路をまたぎ、草原を進んでいく。

 そうしてトラ吉は歩いていくのですが、ふと気が付きます。

 夕暮れがやってこないのです。

 はて、腹のころあい的にはとっくに日は暮れているはずなのに。

 不思議なこともあるものだなあ、とトラ吉は伸びをして、残った握り飯で腹をふくらませました。

 それからまた、歩きはじめます。

 けれど、いけどもいけども夕日は訪れず、お日様は頭の上でカンカン照り。

 またも腹が空いてきたころに、川で魚でも取ろうかと首をひねっていると、

「おぉいトラ吉どん」

 西の方から手を振るぶち猫が近づいてくるじゃありませんか。

「おお、ブチ助どん」

 二人は抱き合って無事を祝うと、さっそく旅の成果を確かめます。

「それがなブチ助どん。いけどもいけども、お日様は沈んじゃあくれやしない。残念ながら、ブチ助どんに見せられるものはなんにもない」

「そうかい、トラ吉どん。おいらは、山ほど朝日を拝んできたぜ」

「そいつはうらやましい」

「しかしなぁ……」

 ブチ助は、けれども顔を曇らせて、

「山ほど見たのはいいけれども、ひと眠りもしないでとなりゃ、ありがたみもへったくれもありゃしない。どうにも、おまえさんに見せられる朝日はありゃしなかったよ」

「へえ、そんなものかね」

 二人は互いに肩を落として見せて、はてこれからどうしようかと、顔を洗います。

 困り果てた二人はひとまず、それぞれまっすぐに西と東に進んで村に帰ることにしました。

 もしかしてなにか見つかるかもしれないと、期待をしながら。


 旅を続けるトラ吉は、川を渡り、茂みをくぐり、木の間を抜け、お山を越えてどうにか村へと帰ってきました。

 その間、一度も日が暮れることはなくて、眠るに眠れずへとへとです。

 それでも、ブチ助と会うまでは家に帰ることはできません。

 よれよれのしっぽを引きずりながら、浜辺へと辿り着けば、

「おぉいトラ吉どん」

「おお、ブチ助どん」

 トラ吉が漕ぎ出していった船にブチ助が乗って、手を振っていました。

 見る限り、いつも自慢するおひげが垂れていて、どうにも疲れが隠せておりません。

「ははあ、その様子じゃかんばしくなかったかい」

「そりゃお互い様だ、トラ吉どん。おめえさんも、しっぽがだらんと下がっているじゃあねぇか」

 二人は互いの顔を見て、どちらも成果がなかったことを察します。

 船を繋いで浜辺に並んで腰を下ろすと、トラ吉は大きくため息をつきました。

「しかし、不思議なこともあるもんだ。おいらはまったく夕日を見られないってぇのに、ブチ助どんはなんべんも朝日を拝んだって?」

「ああ、あんまり不思議で考えたんだがね」

「ほう」

「お日様ってのは地面に向かって、ぐるぐる回っているんじゃあねぇだろうか」

「へえ」

「そう考えりゃ、お日様の向かうのと同じ方角に歩いたトラ吉どんは夕暮れを見られなくて、逆に向かったおいらがなんべんも朝日を見たってぇ、ヘンテコな話にケリがつく」

「いやあ、なんだか難しい話じゃないか、ブチ助どん。それは置いておいて、ほら見なよ」

 疲れているせいで頭が回らないのもありましたが、話している間にお日様が海へと沈みつつありました。

 夕暮れです。

「なんでい、夕日も良いもんだな。疲れごと、海に持っていってくれるようじゃないか」

 友達の声に、トラ吉はうんうんと背中を丸めながら、首を縦に振ります。

 そのまま二人は夕暮れが夜に変わるまで、並んで座っていました。

 とっぷりと日が暮れると、じゃあ、と海に背を向けてまた腰を下ろします。

 二人とも並んで、今度は昇る朝日を眺めるために。


めでたしめでたし

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