第六十二話 恋愛対象

「ネコはさ、周りにすごい気を使っててさ……」


 いつしか猿渡美里も同じ様に樹下桜音己の事をそう言っていた。


 樹下桜音己は周りに気を使っていて、周りの気持ちを理解している。


 出会った事も無い早恵の気持ちも優人の気持ちも教えてくれたのは、樹下桜音己だった。


「俺たち三人は幼なじみでいつも一緒に過ごしてたんだけど、やっぱり男一人女二人だと話が合わなくなってくるんだよ。それでアイツは俺に話を合わせようと漫画とかゲームとか詳しくなり始めたんだよ」


 樹下のマニアックなネタたちのルーツがそんな理由とは恐れいる。


 気を遣う、気持ちを理解する。


 そうやって樹下は他人に合わせて変わって、他人に合わせて引きこもる事にしたのかもしれない。


 周りを知り周りに合わせる事で自身を変えて、自身を見失ったのかもしれない。


「……まぁ、詳しくなりすぎて逆に話についていけなくなったんだけどな」


 自分を見失った挙げ句、少しばかり突き抜けてしまったようだ。


「つまり、何が言いたいのかって言うと、その、俺はそうやって二人に甘えてしまってたんじゃないかと思ってたんだ。それが今回のネコの件に繋がったんだと……」


「君が樹下さんに頼っていたのが彼女の負担になって嫌気がさした彼女は引きこもった、と? ……でも、実際は違った」


 ボクの言葉に犬飼君はまた二回頷いた。


 昔、夜店の射的で景品として置いてあった首振り人形を思い出す。


 電池式の玩具だったようでずっと首を上下に動かしていたのだが、アレはどういう目的で作られたのだろうか?


 いや、今はそんなのはどうでもいいか。


「全然違った。んで、困った。俺は二人の事をそんな目で見てなかったから」


 そんな目、と言葉にすると何だかいかがわしい感じがするが恋愛対象という純粋な視線だ。


 まぁ、いちいち言葉を注意してやるのも可哀想だし、面倒なので、そのまま聞いてる事にしよう。


「……二人に告白されてから冷静に考えて甘えてる自分に気づいたら、俺は二人を姉貴の様に見てるのかもしれない、って思ったんだ」


 幼なじみ、親友、あるいは、姉貴。


 どちらにしろ、犬飼君にとって二人は恋愛対象ではない様だ。


「それじゃあ、それが君の答えなんじゃないのかい?」


 漫画やドラマの様に、可愛い幼なじみ二人に想われて揺れ動く男の子、というわけにはいかないのだろう。


 どちらともに急展開なラブシーンなんかがあったりするわけにはいかないのだろう。


 現実は意外とサッパリしてるもんなのかもしれない。


「それにしても、勿体無い」


 ボクの言葉に犬飼君はしかめっ面をする。いや、睨みつけてきてるといった方がわかりやすいかもしれない。


 目からビームが出そうな勢いがある。


「アンタな、人が答え決めようって時にそういう言い方は無いだろ」


「あ、失礼。思わず心の声が出てしまったようだ」


 ボクの謝罪に犬飼君は何かを言いたげだったが、しかめっ面を崩さず押し黙った。


 数秒程ボクを睨みつけていた犬飼君は僅かに首を横に振り、何やらぶつぶつ言い始めた。


「……お、俺もわかってんだよ。ネコもミリも、け、結構、か、可愛いって事ぐらい!」


 再び頬、いや、顔中を紅潮させる犬飼君。


 現実は、本当は、ムッツリなのかもしれない。


 結局女として見てんじゃねぇか!、というツッコミを胸の奥にしまい、表情にも微塵に出さない様に気をつけた。


 なかなかアフターサービスは大変だな。


 自分で男心をぶちまけたくせに、犬飼君は赤面したまま硬直してしまった。


 ここまで部外者であるボクに対して、胸のうちを明かし続けてきたのにも限界が来たようである。


 今どきの高校生でこんなにもウブなのはむしろ危険なのではないだろうか?


 漫画で言えば少しエッチな表現に対して、致死量クラスの鼻血を出しながら飛んでいく様なキャラクターだ。


 性に関してオープンな現代に犬飼君の様な青少年は生きていけるのだろうか?


 犬飼君が動き出すまで余計な考えにいたってみたのだが、犬飼君は一向に動き出す気配を見せない。赤面しながらこちらを見て固まっている。


 いや、こちらといってもきっとボクを見ているのではなくて遠い何処かへと気は飛んでしまってるのだろう。


 もしかしたら、今犬飼君の頭の中では可愛い幼なじみ二人が交互に現れて微笑みかけてくれているのかもしれない。


 それこそ漫画的な天使と悪魔の誘惑みたいに。

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