第35話 《獣》

 ドロリとした不定形の何かが吹き出した。

 反射的にゲオハイドは後退する。


 シドの体に大剣を突き立てようとした矢先、彼の右手の切断面から濃い茶色の泥がぬらりとこぼれ落ち始めた。それが飛沫に思え、思わずゲオハイドはバックステップで下がった。


 泥は徐々にその形を一つの形態へと変えていく。それは悪魔マーラであり、蝕獣カリであり、数多の畜生の混成体だ。ゲオハイドの背後の醜悪な獣をより一層醜く変容させひどい悪意を具現化させた外見をしている獣達は獰猛な唸り声を上げた。


 それはヌラリヌラリと、地面へと落ちていき、頭部だけではなく足や手、胴が続々と溢れ出てくる。彼の内積を軽く超える量の異形達はべちゃりと大地へその足を浸けていく。


 「くヵヵヵヵヵ。だいじょぅぶかぁ?もうとまらなねぇぇぞぉぉぉぉ!」


 何か、が怖い。


 泥で形作られたあの異形達はとてもまともな、この世界の生命ではないように思えた。


 本当に、どうしてあんな生命が存在している?


 生命としての根幹を成していない、繁栄ではなく殺戮を象徴する無数の世界への敵。まるで、かつて存在していた、と語られる獣達のようだ。


 この世界を滅ぼす、という気概しか感じられない有害無益の暴力の塊だ。


 恐怖に駆り立てられ、ゲオハイドは獣達に一斉突撃を命令した。我先にと獣達は怪物に襲いかかった。


 そして、ぱちゃり、と水がはねる音が鳴り響いた。


 「GYAAAAAAAAAA」


 気がついたときには大剣をもって怪物に挑んでいた。足が自然と、そう自然と踏み出された。


 そしてまた、ぱちゃり、と水が跳ねる音が鳴り響いた。


 ゲオハイドの体が怪物の牙に触れると同時に水滴と化す。原初たる水へと変換される。


 「……そういう……ことかぁ!」


 途切れそうな意識の中、ゲオハイドは己を襲っている存在が何者なのかを悟った。それはこの世界にあって決して認められない、プレイヤーよりも歪な存在、ただ聞き知るだけの設定と思っていただけの存在。


 「シドの野郎……!本当に世界の敵になるつもりか!?」


 「くヵヵヵヵヵ。それがぁどうしたぁ?オレがようやく表に出てこれたんだぁ!野郎が死ぬ思いを味わったからなぁ!」


 「させるかぁ、よぉ!」


 最後の抵抗とばかりにゲオハイドは大剣を突き立てる。そんな一撃がなんの意味があるのかはわからない。ただ大剣を突き立てられ、怪物がひるんだように感じた。


 その最後の一撃を皮切りにゲオハイドの体は本当にただの水へと変わってしまった。ピースのひとかけらも残さなず、彼がこのソレイユの世界で生き続けた、という証拠は最後まで握っていた大剣だけだった。



 

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