私は思い出す。
6月5日。
何事もなく授業を終えた後、今日は生徒会室に足を運んだ。
「おっ、もっちん。やっほー。」
「ういっす。」
俺は適当に挨拶をすると、椅子に座り、スマホをいじり出す。
毎週の週末は生徒会室に集まると言う決まりがあり、特に何もない時でも、こうして俺はここにやって来ていた。
「もっちん。髪切ったの?凄い似合ってる!」
雪野先輩が言っているのかと最初は思ったが、この声は桃白の声だった。
「あぁ?そう?」
まさか桃白に声をかけられるとは思っていなかったから少しだけ、動揺してしまった。
動揺を隠そうとあはははと笑っていると夏樹の顔が写ってしまった。
なぜか夏樹は俺より動揺していて手を口に当てていた。
「ど、どうしたんだ?夏樹」
聞いていいのか俺にはわからなかったが、俺は向き合うって決めたんだ。今聞かないときっと後悔するだろう。
「えっ––––––いや––」
俺が聞いた事により、夏樹はさらに動揺を見せる。やっぱり、聞かないほうが良かったのか?わからない。
「うん?どうしたのあいっち?もしかして、もっちんの変化に驚きを隠さないとか?」
「は、はい。」
夏樹は頬を触りながら、雪野先輩に言葉にのる。
「そ、そうなんだ……そんなに変わったのか。俺は。」
と、言ってみるが、夏樹は嘘をついている。確証はないのだが、なんでかそう思った。
「うんうん。もっちんだいぶ変わったよねー。前は髪が結構伸びてて個性が無さそうな感じだったけど、今はなんだか隠されてた魅力みたいなのが溢れてるよー。」
「個性が無さそう………」
反論は無いが、なんか、それを誰かに言われると傷つくな………これでも主人公ですよ?僕。
「初対面ではそう思ってだけど、まさか君が記憶そ–––––」
「あーー!!やる事なくて暇だなー!あっ、雪野先輩、ジュース買いに行きませんか!?」
俺は強引に雪野先輩を教室から出す。
「な、なんで言おうとしたんですか!?記憶喪失の事は他言無用でって言ったじゃないですか!」
「えっ?体育祭の事だけじゃないの?」
「記憶喪失の事も含めてに決まってるじゃないですか!」
「そうなの?………でも別に言っていいじゃん。あいっちに自分が記憶喪失である事を自覚してるって。」
「だめだ。」
確かに俺もいつかそうしようと思っていた。でも。さっきの顔を見せられたら………
「あいつのあんな顔を見たくないんです。」
黒白の話によると、俺が記憶を失い、転校した後、あいつは空っぽのようだったらしい。もし、俺が話したらあいつはきっと昔の事を思い出すだろう。
「そっか。」
雪野先輩は少しため息をした後。
「でも、いつか話さないといけない日が来るよ?」
「わかってますよ。その時はちゃんと話します。」
「それならいい」
なんとか口封じに成功し、俺と先輩は自販機に向かった。
***
私は山本君を昔、好きだった人と重ねてしまった。
好きだった人の名前は
彼………しんちゃんはもういないんだ。
私は昔の出来事を思い出す。
6年前。
私はいつものようにしんちゃんと遊んでいた時の事。
しんちゃんと一緒に私の家に向かっていた。
「しんちゃん。今日は何して遊ぶ?」
「うーん。やっぱりゲームかな?最近。ゲームにハマり始めてさぁ、楽しいんだ。」
「そーなんだ!どんなゲームとかが好きなの?」
「んー。パーティーゲームとかみんなでできるゲームが一番好きだな。だって、みんなでやると楽しいだろ?」
「うん!そうだね!」
しんちゃんは友達が多くてみんなの人気者だった。
私はいつもクラスの端っこで座っていたところにしんちゃんが現れて手を差し出してくれた。
そんなしんちゃんに私は好きになった。
しんちゃんと雑談を楽しんでいる時、私達は道路に猫が倒れているのを見かけた。
「あっ、猫が倒れてる!」
助けに行こう。そう思ったが、猫のほうへ車が向かっているのが見えて足が動かなかった。
でも、しんちゃんは違った。
猫を見かけたしんちゃんはすぐさま駆けつけ、猫を抱く。でも、車もすぐそばまで来ていてもう手遅れだった。
目の前に人が飛び込んで来た事に気づいた車の運転手はクラクションを何回も鳴らした。
「ぐっ!!」
もう手遅れだと悟ったのかしんちゃんは猫を私がいるほうへ投げると、バン!と音を鳴らし、車に轢かれた。
私は悲鳴を上げ、吹き飛ばされたしんちゃんのもとに近づく。
「しんちゃん!大丈夫!?しんちゃん!!」
しんちゃんは返事をせず、道に倒れている。まるでさっきの猫のように。
そしてその後、すぐさま救急車が駆けつけ、しんちゃんを病院へ連れて行かれた。
数日後。
私はしんちゃん達の家族としんちゃんが目覚めるのを待っていると、しんちゃんはゆっくりと目を開け、顔を上げる。
「しんちゃん!!」
私としんちゃんの家族は声を上げ、しんちゃんの目覚めに喜ぶが、しんちゃんは目を細め、私を見つめる。
「え、えっと。だ、誰?君?」
その時、時が止まったような気分だった。
「え?どう言う事?しんちゃん?」
「え……えぇ?」
しんちゃんはひどく混乱していた。しんちゃんを見た医師は私達は退室するように言われ、大人しく退室する事になった。
しばらくし、医師が私達に言った事は、今のしんちゃんには記憶になんらかの障害………つまり記憶喪失だと知らされた。
でも、家族の事だけは覚えているらしく、さっき、しんちゃんが誰と言ったのは私にだけに言っていたらしい。
心に穴が空いていくのを感じた。私に手を差し出してくれた人。私の好きな人はもういない。私は幼くして誰かを失うと言う事を覚えた。
そして今。記憶を失った山本君は髪を切っていて、昔のしんちゃんと同じ髪型で、しんちゃんが目の前にいるかのように思えてしまった。
駄目よ。もう、しんちゃんはいない。今を受け入れないと…………。
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