第16話 コンタクトレンズ2/2

 昼も挟んでさらに数時間。

 漸くブーツ売りのおっさんの冒険譚は終わりを迎えた。


「そして、俺の手元に残ったのが、このブーツなんだ」

「うぅぅぅ……泣けるぅ、マジ感動するしぃ」

「キュゥゥゥゥ」

「……おっさんも苦労してんだな……良い話だぁ」

 

 人生、色々あるもんだな。強く生きてくれ、おっさん。

 すっかり露天商の話に引き込まれた三人であった。

 

「だから、このブーツは若い子の足を守る世界一のブーツなんだ。俺と、俺の仲間が保証する! そして、こいつを目に留めたお前さんは、間違いなく、俺の仲間が認めた男だ! だから、このブーツを買ってくれ!」

「……値段による。残念ながら、俺はそれほど金持ちじゃねぇ」

「えー! フータ、これ買おうよ! 私このブーツが良い!」

「お嬢ちゃんに免じて。そして君との出会いを記念して、今履いているブーツの下取りも含めて、金貨二枚だ」


 現在、フータの手元には金貨二枚がある。

 宿屋に先払いした分で、まだ暫くテルシアちゃんの宿に宿泊することは出来る。しかし、食事代やお風呂のお湯代など、細々としたものを頼むために、このお金は必要な物だ。

 ここで金貨二枚を払ったら、本当にすっからかん。素寒貧になる。明日の朝食すら危うい。

 金貨二枚。

 それはこの世界において、一般人の月給に等しい金額。決して安い金額ではない。


「キュッキュー」

「ねー! 買って! フータ、買って!」

「……触手ちゃんがそう言うなら」

「私の言う事も聞いて!?」

「まいどあり!」


 俺はなけなしの金貨二枚を支払い、怪しい呪われたブーツを手に入れた。

 ビリアはその場でブーツを履き替え、つま先をトントンと叩いてから、足踏みしたり、その場でぴょんぴょんとジャンプしてみたりする。

 オッパイもバルンバルン、と大ジャンプ。

 露天商のおっさんが思わず前かがみになるのも、致し方ない事だ。あの弾力感は兵器だからな。股間にクリティカルするタイプの新兵器。


「これ凄く歩きやすい! ありがとねー、フータ」

「……ま、ビリアは荷物持ちだしな。足が一番大事だろ。必要経費と思う事にする」

「キューキュ」

「え!? いや、違う! 別にコンタクトしてくれたお礼とか、そういうのと違うぞ!」

「え、そうなの? これお礼なの?」

「違う! ただの気まぐれだ!」


 フータは少し頬を赤らめながら、それを見られないよう先頭を足早に歩く。

 だが、直に足を止める事になった。

 布やシーツを取り扱う露天商の前で、お世話になっている宿屋の看板娘、テルシアちゃんを見つけたからだ。

 フータは彼女に声を掛けようと手を上げて、しかし、きっと顔を真っ赤にして逃げられると思い直し、上げた手を降ろした。


「あ。テルシアちゃーん」


 だが、ビリアは何も考えていなかったようで、テルシアを見つけるや、てててー、と駆けて近づいていく。こうなると、今更無視は出来ない。

 フータはテルシアに声を掛けた。


「あー、お使い?」

「ひぁ、あ、は、はぃ。宿のシーツとか、古くなった物を処分したので、新しい物を……」

「そ、そうか……荷物持ち、しようか?」

「え! あ、いえ、だ、大丈夫ですよ! 私、力持ちですし!」


 フータとテルシアのぎこちない会話。

 『貯金箱と茶器』事件以来、フータとテルシアの関係は大変微妙な感じになっている。


 テルシアがSSRアイテムの呪い的効能により、色々おかしくなり、前後不覚に陥った事。

 あのような大胆な行動や、色々やらかしてしまった事。

 それはら全て呪いによるものである。だから、テルシアが自分に対し、好意を抱いているなんてことはありえない。

 そう、正しく、大人としてフータは理解していた。


 しかしながら、フータのような枯れたおっさんと違い、テルシアは思春期真っ盛りの、多感なお年頃。

 SSRアイテムの効果が切れたことで、記憶も吹っ飛べば良かったのだが、流石にそこまではガチャアイテムのサポート対象外だったようで、テルシアはしっかり、諸々の自身の行動を覚えていた。


 ディープなキスをした事。 

 フータに精の付く料理を振る舞った事。

 毎夜、夜這いを仕掛けていた事。

 全裸で迫った事。

 プロレスごっこ。

 フータ’sタワーの目撃。


 一時の気の迷いとは言え、一人の男性を愛し、積極的に子供が欲しいと求め、行動に移してしまった自分。

 その時の記憶は忘れられることなく、思い出しただけで体の芯が熱くなってしまった。

 

「――――っ」


 テルシアはフータを直視できず、俯いてしまう。

 そして、俯いた先の視線が、フータの股間部に行ってしまい、さらに慌てて首を大きく反らす。

 それがいけなかった。

 あまりにも慌てて、首を反らし過ぎたのだ。

 テルシアちゃんの体に、秘孔を突かれたような、ビギーンッという衝撃が走る。


「あ゛あ゛っ!?」

「テルシアちゃん!?」


 無理やり首をひねったことで、盛大に首筋を吊るテルシア。彼女は首筋を抑え、地面に蹲った。

 首筋を痛めたテルシアは真っすぐ前を向け無くなり、歩くことも困難な状況。

 そのため、テルシアはビリアにお姫様抱っこされることになった。

 ここで皆さんは、おかしな点に気が付かれるだろう。


 なぜ、テルシアがビリアにお姫様抱っこされているのか。


「ねえ、フータ。私ね、今、大きなリュックを背負ってるの。そこに、さらに人を抱っこしてるんだけど、これはどうなの?」

「お前は凄いな。余裕のパワーだ。馬力が違う」

「ねぇフータ。周りの視線に気が付いてる? みんなフータの事を、こんな可愛い娘に酷い仕打ちをする鬼か悪魔だと思ってるよ?」

「大変遺憾である。これは非常に正しい選択だ。俺が無理して外見を取り繕った所で、どうせすぐボロが出てみじめな思いをするだけだ。なら最初からやらない方が良い!」

「見栄を張るべき場面もあると思うわよ? そうしないと、今みたいに、外見もクズだけど、中身までクズって思われちゃうからね」

「外見がクズってどういうことだ!?」

「キューキュキュキュキュ」


 触手ちゃんが、フータの頭上で「中身がクズなのは自覚してるんだww」と大爆笑していた。

 流石にフータも、これにはぐうの音も出ず、黙るしかない。

 どうにも効率を重視して考えてしまい、周囲の目とか、そういう気遣いというのは昔から苦手というか、鈍いのは自覚している。


 だが、待ってほしい! 言い訳させて欲しい!


 俺が足腰プルプルさせながら、テルシアちゃんを無理やり背負うのと、パワー溢れるビリアに抱っこさせるのと、さて、どちらが安全で効率的だと思う?

 当然、パワー厨のビリア一択だろう!


「これは効率的なパーティー運用の為の、正しき選択なのだ!」


 フータは自らの正当性を主張する。


「フータはまず、パーティー運用の前に、女の子の取り扱いでも学んだらぁ?」


 しかし、言い返されてしまった!


「ブキュキュキュ」

「……触手ちゃん。俺の頭の上で爆笑して、涎を垂らすのは辞めてくれないかな」


 どう正論を並べた所で、周囲の目はフータを鬼畜野郎として認識している。

 フータはそれを分かりつつ、今更テルシアちゃんを受け取るわけにもいかず――受け取った所で抱えられない可能性もある――そのままビリアに荷物とテルシアちゃんを持たせたまま、3人と一匹で市場を回ることになった。


 さて。ここにきて漸く、フータは漸く今回のSRアイテムの効果に気が付き始めた。

 テルシアちゃんのお買い物に付き合い、いくつかの露店を見て回っているうちに、左目の違和感に確信を持てたのだ。

 

「まずシーツです」

「あいよ。……あの店だな。あの辺りが良いやつだ」

「お客さん! そいつはあまり良くねえ、こっちの」

「あ、セールスは良いんで、それください」


 フータはぼろ布のようなシーツを格安で手に入れた。

 テルシアちゃんが「えぇ……」と言いながらお財布から数枚の銅貨を支払う。


「次は銀食器です」

「銀食器ね。えっと……この店の、それと、それと、あとその向こうの」

「お客さん。こいつはもう錆びついてどうにもならんぞ」

「大丈夫大丈夫。それ頂戴」

 

 食器に錆が浮いているのではなく、錆で食器を作った。そんなガラクタを購入するフータ。

 テルシアちゃんは無言で、ガラクタに銅貨を支払った。


「……次は厨房の包丁です」

「よし。この店だ。おっさん。これをくれ」

「それは廃棄品だ。いらねぇから持ってけ」

「ラッキー」


 フータはタダで石包丁を手に入れた。見た目は石を包丁型に整えて、木の柄を付けたものだ。

 テルシアちゃんは思った。


 うちの厨房はいつから石器時代になったのだろう。


「……あのぉ、フータさん」


 流石に心配になったテルシアちゃんが声を上げる。しかし、フータはそのガラクタを見て、自信満々だ。


「ああ。大丈夫だよテルシアちゃん。見た目はアレだけど、俺の予想通りなら、全部良い物だから」

「どう見ても、ぼろ布、錆鉄、石包丁なんだけど」


 ビリアからも突っ込みが入る。しかし、フータはニコニコと笑顔を浮かべていた。


「良いから。もしゴミだったら、弁償するから。俺の左目を信じて」

「さっきお金使い果たして、私達銅貨一枚すら持ってないからね?」


 ビリアの言葉に、フータは「えっ?」と間抜けな声を漏らす。


「……さっき、ブーツ買うのに、支払いしたでしょ? まさか、忘れてたんじゃ」

「……フータさん?」

「……だ、ダイジョウブダイジョウ」


 フータは懐に金貨二枚があると思い、自分の左目を信じて買い物をしていた。たぶん、このコンタクトレンズは、良い品物に目が留まる。いわば目利きが出来る様になるものなのだと、商品を比較していて思ったからだ。

 どうにも、良い商品と悪い商品が並んでいると、良い商品に左目が吸い寄せられるような気がする。

 しかし、そんな左目に夢中で、フータは先ほど、有り金を使い切ったばかりだという事を失念していた。

 これにはフータ以外の2人と一匹が、あきれ果てる。


「テルシアちゃん。危なかったね。もうすぐで、コレと既成事実が出来上がるところだったわよ」


 ビリアがフータを指さしながら言う。


「え、あ、いえ、えっと」


 テルシアは言葉に詰まっていた。


「キュー」


 触手ちゃんが「やっぱりフータ『も』頭が……」と心配そうな声を上げる。


「しょ、触手ちゃん。その『も』に私は入ってないですよね?」


 ビリアが触手ちゃんの言葉に少しばかり傷つく。

 フータは彼女たちの言葉に何も言い返せず、素直に謝るしかなかった。


「……申し訳ありません。すぐに補填します。少しだけ待ってください」

「だ、大丈夫です! 全部、使い方次第ですから!」

「使い方次第って、物は言いよう、よね? ねぇ、フータ?」

「大変……申し訳ありませんでした」


 フータはちょっと涙目になりながら、テルシアに謝る。そして、なぜかビリアからも、「私に謝罪は?」と高圧的に言われ、流れで謝ることになった。


 深々と頭を下げた際、フータの左目から一滴の涙と一緒に、コンタクトレンズも落ちてしまう。

 フータはコンタクトレンズが外れたことに気が付くことは無かった。

 それ以降、フータは買い物に一切口出しする事も無く、テルシアとビリアの後ろで、下男のように荷物持ちとなるのだった。


 テルシアは宿に帰ると、ずっと抱っこしてくれて、荷物まで持ってくれていたビリアに多大な感謝をした。

 テルシアは自分の首筋に薬草で作った湿布を置いて、ぐるぐると包帯で縛る。

 それから、ゆっくりと首を動かして、なんとかなりそうだと判断してから、今日の戦利品の整理に入った。

 まず、自分で選んだ使える物を整理整頓し、フータが選んだゴミみたいな物をどうしようかと、机の上に広げて悩んだ。

 こんな物でも銅貨数枚という、お金を出して買ったものだ。このまま捨ててしまうのはもったいない。

 節約家のテルシアは、汚らしい布切れと、錆び錆びの食器。そしてごつごつした石包丁を指先でつつき、ため息をつく。


 どう見ても、ゴミにしか見えなかった。


「お帰り。テルシア。良い買い物は出来たかい? ん? その首は?」

「ただいま、お父さん。首はちょっと捻っちゃった。買い物は、まぁまぁかな」


 厨房からぬっ、と姿を現したテルシアの父。本作初登場の彼は、テルシアの前に広げられた、ゴミを目に入れる。


「それは?」

「んー、フータさんがすごく自信満々に選んでくれた」

「……俺はテルシアが正気に戻ってくれて、本当に良かったと思っているよ」


 そう言われ、テルシアは再び顔を真っ赤にして俯いてしまう。

 その頭に、父の大きな手の平が乗り、ワシワシと彼女の頭を撫でた。

 テルシア父はゴツゴツとした石包丁を手に取る。


「ふーむ。取っ手の木はなかなか良いものだ。峰も良い出来なんだが……なぜ石で包丁を作ったのだ?」


 テルシア父は石包丁を目の前に掲げ、色々な角度で眺めてみる。

 

「石包丁なんて使ったことないからな。ちょっと削ってみるか」

「えー、止めときなよ。砥石が勿体ない」

「なーに、テルシアがゾッコンだった、フータ様とやらのお眼を確かめるだけさ」


 もー! と怒る娘の声を背に受け、テルシア父は笑いながら厨房に戻って砥石を取り出し、石包丁のゴツゴツした刃を研いで良く。

 そして、研ぎだしてから、すぐに異変に気が付いた。

 石を削ったら、中から刃が現れたからだ。

 そしてテルシア父は、これが何かであるかも、気が付いてしまった。


 あ。これ、アダマンタイト包丁……。


 それは超高級料理店の厨房にすらなく、あるとすれば王宮の厨房くらいだと言われる、伝説級の包丁であった。

 ダイヤモンドに魔力が宿って出来るアダマンタイトを、勇者の剣などではなく、料理するための包丁に使うと言う、なんとも贅沢な一品。

 料理人なら、一度は触りたい。いや、見るだけで良い、と夢にまで見る伝説級の代物。

 一心不乱に磨き上げたアダマンタイト包丁は、とてもダイヤモンドとは思えない、漆黒色に輝き、その表面は己の顔を映すほどに煌めいていた。


 テルシア父は震える手でアダマンタイト包丁を持ち上げ、頭の片隅に仕舞われた記憶を呼び起こしていた。


 アダマンタイト包丁は剣と違い、火も入れないしハンマーで鍛錬したりもしない。アダマンタイト鉱石をそのまま削って作っていく。だから分類上は石を削って作った石包丁と同じ。

 アダマンタイトの原石の特徴として、放っておくと、表面を石に変化させてしまう。なので、手入れされていないアダマンタイト包丁は、見た目がただの石包丁になる。

 大泥棒が、アダマンタイト包丁を盗みに店へ入ったは良いが、コックが盗まれないよう、敢えて手入れをしていなかったために、包丁の表面が石化。これによりただの石包丁にしか見えず盗まれなかった、なーんて話があった気がする。


 ……なるほど。あの話は本当だったんだな。確かに、石包丁にしか見えなかった。


 テルシア父は、試しに近くの食材をまな板の上に置き、アダマンタイト包丁を振るう。

 

「……素晴らしい」


 それ以外の言葉が出ない程の切れ味だった。もしかすると、力を入れれば、そのまま、まな板まで切ってしまいそうな程の切れ味だ。


 テルシア父はアダマンタイト包丁を手に、厨房から飛び出し、先ほどのゴミの山に向かう。

 あの並べられたゴミは、もしかしたらゴミではないかもしれない。

 そんな思いからだった。


 そして、それは大いに正解であった。

 テルシア父が厨房から続く暖簾を手で払いのけると、机の上に並べられたゴミの前で、妻が一心不乱に、先ほどの錆びた食器を磨いている場面に出くわした。

 机の上に並ぶゴミ。そのゴミの横に、異様に輝く、見事な銀食器が置いてあった。


「おい、お前、それ」

「……ええ、これ、ミスリル銀の食器よ」

「そうか……。こっちの石包丁はアダマンタイト包丁だったよ」


 テルシア母が研磨剤を含めた布で、磨きかけの食器を光にかざす。

 銀色に輝く中に、エメラルドのきらめきを持つそれは、正に、食器界のエンペラーとも言える、ミスリル銀の食器であった。

 豪邸を買うか、ミスリル銀の食器を買うか。

 そんな比喩をされるくらいの代物である。


 二度あることは、三度ある。


 テルシア父とテルシア母は、残されたボロ布に目を留める。

 二人はそのボロ布を手に取り、中庭に持っていくと、井戸から水を汲んで、その中に布の端っこを少し浸してみた。

 そして、水から取り出したボロ布は、もはやボロとは呼べぬ代物になっていた。


「……ねぇ、あなた。これって、アレよね」

「ああ。俺の知識が間違ってなけりゃ、酒場の馬鹿どもが語ったアレだな」

魔天蚕糸まてんさんしの織物……」


 魔天蚕まてんさん

 それは魔力の満ちる森にしか生息しない、蛾の一種だ。主として、エルフの里で飼われ、糸を紡ぎ出す魔法生物として名を広めている。

 この魔天蚕まてんさんであるが、大変飼育の難しい魔法生物としても有名で、数多あるエルフの里でも、量産に成功しているのは一握りという。なんでも、世界樹という木の葉しか食べてくれないので、世界樹がある場所でしか生産出来ないからだそうだ。


 最も驚くべきことは、この魔天蚕まてんさんから紡がれた糸には、非常に強力な魔力と、魔法抵抗が同時に備わり、一センチ四方の端切れをポケットに入れておけば、どんな魔法攻撃を浮けようとも、魔法が直撃する前に霧散させてしまう程の抵抗力を備えている。

 魔天蚕糸まてんさんしの大きな特徴として、その見た目が非常に独特な事である。

 晴天が続くと、その糸は恐ろしくボロボロに、少しでも手を触れれば、もせて無くなってしまいそうな程の見た目になるのだ。しかし、ひとたび雨が振り、糸が水を含めば、それは元の通り、まるで天上の羽衣の如く輝きを称える。

 そういった、特殊な見た目をしている。


 そう。

 ちょうど、目の前にある、水に濡れた部分は輝き、濡れていない部分はボロ布に見える織物のように。

 ちなみに、この魔天蚕糸まてんさんしを使った衣服に値段は付かない。

 なぜならば、あまりに希少過ぎて、金ではなく、その他のモノで取引されるからだ。


 例えば、国家間の同盟や、援軍要請。または、謀略や暗殺、そして革命などだ。


 つまり、世に出すと、絶対に宜しくないことになる代物だった。

 魔天蚕糸まてんさんしを巡って戦争が起こった、などという話は枚挙に遑がない。


「……家宝にしましょう」

「ああ。それがいい。そうしよう。大切に仕舞っておこう」


 二人は魔天蚕糸まてんさんしの織物を大切に抱え、自分たちの寝室へこっそりと隠したのだった。




 翌朝の朝食。

 フータの席には綺麗な銀食器が置かれていた。


「え。なに。今日は特別な日?」

「えっと、父と母が、フータさんが宿泊中はこの食器を使って欲しいと」


 テルシアちゃんが、もじもじしながらフータの前に食事を並べていく。

 フータの前に置かれた銀食器は、昨晩、テルシア父とテルシア母が一生懸命磨いてぴかぴかにした、ミスリル銀の食器だ。

 これはテルシア父とテルシア母からの、感謝の意味を込めたものである。


 フータは自分だけ、他とは違う食器を用意された事に対し、特別扱いされたと感じた。

 ただ、その感じ方は優越感の方ではなく、自分を排しようとしているのではないか、という負の感情だった。


「……え。俺、何か食器を分けられるような事をした?」

「あははははは! フータだけ食器別にされてるww隔離処置ww」

「いえ、あのちが! たぶん、そういうことじゃなくて」


 慌てて弁明をしようとするテルシアであるが、彼女も自分の両親から、なぜ銀食器をフータにだけ使わせるのか、その理由を聞いていない。


『良いから。フータさんにはこれを使ってもらいなさい』

『せめて、彼がいるうちは、このくらいはしなきゃダメだ』


 その程度の事しか言われていない。

 だから、説明できない。

 口ごもるテルシアちゃんをみて、フータは察した。

 自分が、食器すら別にされるほど、テルシアちゃんのご両親から敵視されていることを。


「……ねぇ、俺もう、この宿から出ていった方がいいかな?」


 昨日、テルシアちゃんの目利きを意気揚々と引き受け、大失敗。

 その前には、テルシアちゃんに呪いの品をプレゼントして、全裸で夜這いに来させるという、羞恥プレイをさせている。

 

 ぶっちゃけ、追い出されていないことが奇跡だった。

 むしろ、ご両親から「うちの娘に何してくれとんじゃわれぇぇ!」とぶっ殺されてないことが不思議なくらい。


 大爆笑して、食堂中に草を生やすビリア。

 同じく、笑い転げて涎なのか体液なのか分からないモノを分泌する触手ちゃん。


 泣きそうなフータの肩を誰かがぽん、と叩く。

 

 フータはゆっくりと、そのまっ黒な腕の持ち主を見上げた。


『きっと良いことあるさ』


 闇黒巨人さんが、こちらを見下ろし、そう慰めてくれたような、……そんな気がしたフータであった。



 めでたし、めでたし。






『SR コンタクトレンズ』

『目が良くなる』


~フータのメモ~

 装着にめっちゃ苦労する。視力が良くなるわけではなく、良い物が何となく分かるようになる。目利きが出来る様になるから、目が良くなるっていう事なのか? 分かりにくいんだよ……普通にそうやって書けばいいのに……。

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