第23話 神に触れし者

 首尾は上々である。

 城に潜伏したスサマが陽動として暴れまわり、その隙にダイゴ率いる隠密たちが赤鬼の女子供を避難させ、更に仙術を会得した強力な同志達と合流する事に成功した。

 次に巨大化したダラクがその力で周辺の地形を変えて大量の川の水を城の堤内に流れ込ませた。

 そこにゴウマ率いる騎兵隊が、城を制圧し小人を炙り出す。

 これにて智将ヘイジの思い描いた第一段階は完了した。


「これで小人の退路は塞げたわい!

 仮に例の竜が小人の元に駆け付けたなら、そん時は潔く退くのみよ!」


 流石にこの老獪なジジイは引き際を心得ている。

 これを配下達に共有する事で、負け戦となった時も混乱しないだろう。

 ダラクにとってヘイジは今や都合の良い便利アイテムと化していた。


「さて、そろそろ真打登場と行こうじゃねーか!」

「お! 威勢がいいのう!

 精々あの小人に度肝を抜かれんことじゃ!

 彼奴は、規格外じゃぞォ?」

「わーってるつーの!

 何度もうるせえジジイだぜ!」


 小人の強さは、ヘイジからイヤという程聞かされた。

 だが何度考えても、奴の強さは例の竜ありきでしかない。

 その竜が不在なら、そこまでの脅威になり得るとは思えなかった。


「その為の作戦なんだろ?

 まったく! 意地のわりージジイだぜ!」

「カカッ! 誉め言葉! 誉め言葉!」


 最近、慣れてきたのか、ヘイジはこちらの野次にはまともに取り合わない。

 まあ、別にいいのだが。

 ヘイジが太鼓を叩くと、幾つもの船がダラク達の前に着けられた。

 立場上、ダラクはヘイジと共に旗艦に乗船した。

 見事に城の上部を残して水没した堤内部は、高慢なダラクから見ても中々良い仕事ぶりだった。

 粗野なゲンジの部下共では、ここまで丁寧な仕事はできないだろう。


「へぇー? いい仕事っぷりじゃねえか? お前んとこの。

 今度、オレ様の城改築に寄越せよー?」

「戦に勝ったらの。

 その代わり打倒ゲンジまでは付き合うてもらうぞ?」

「へ! わかってらー」


 バカなジジイだ。

 匠どもを借り受けたら、そいつを人質に奴隷として働かせてやる。

 ダラクは汚い笑みを隠そうともせずほくそ笑んだ。


「気持ち悪いヤツじゃのォ!

 そういう顔はもうちィと後に取っておけ。

 そら、お楽しみはもうすぐじゃア!」


 ヘイジの策では、水責めで小人の退路を塞ぎつつ、逃げ込むであろう上層部を炎上させて炙り出し、大砲で城ごと吹き飛ばして四方八方から船で距離を保ちつつ総攻撃を仕掛けて一気に叩き潰すとのことだった。

 正直、たった一匹の小人にそこまでするかとも思ったが、ダラクも弱い者イジメは大好きなので、任せる事にした。

 いよいよ城が見える頃である。

 水上に燃え盛る小人の墓標が。

 しかし――。


「なっ!? なんじゃアこれはっ!!?」


 そこには、水上に浮かぶ巨大な城が立っていた。

 それも、ヘイジが城主であった頃よりも大きく立派な天守が築かれていた。

 そして予定では、ゴウマ率いる白虎隊の機動力を生かして城内のいたる所に火をつけて炎上している筈であった。

 その為に、匠達には城中に張り巡らせている配管に油を流し込むよう手配していたのだ。

 それなのに、城は鬼達を嘲笑うかの様にそびえたっていた。

 所々に煙は上がっているが、炎上はおろか火の手すら見られない。


「おいおいおい!

 話がちげーじゃねえか!」

「ぬぅうう! あ奴め!

 我が策の裏をかきよったというのか……!?」


 ヘイジが額に手を当てていると、救出した匠達が一斉に平伏した。


「すみやせん! オヤジ殿!

 オレらァ、油を流してねえんです!」

「ぬぁあにィイイイイ!!?」


 ヘイジが凄い剣幕で匠達を睨みつけた。

 今にも雷でも落としそうな形相で、手を振りかざす。

 背の太鼓も相まって、その姿は正に雷親父そのものである。


「旦那――小人が!

 オヤジ殿の策を見抜いた上で、それじゃあオレらが造った城が勿体無えと……!」


 雷は落ちなかった。

 涙ぐむ匠の肩に、ヘイジは手を置いた。


「……大儀であった!

 見事! 我らが牙城に相応しき城を築いたものよッ!

 流石はワシの息子たちじゃアッ!!」

「オヤジどのォオオオオオオオ!!!」


 どうやら城が燃えなかったのは、ヘイジの部下共の失態らしい。

 敵にいいように踊らされる様なバカはやはり要らないと、ダラクは呆れ果てていた。

 あれではヘイジの立場上、ああ言うのが最善解だろう。

 とはいえ、ああも敵を心服させる小人は、やはりヘイジの言う通り、規格外だと認めざるを得なくなってきた。

 ただ戦いが強いだけのバカかと思っていたが、どうやら違うらしい。

 思った以上に骨が折れそうである。


「さて! 子分どもを可愛がってくれた礼をせにゃアならんのォ!!」


 ヘイジは太鼓を鳴らすと、船を城の前に接舷した。


「おいおい?

 大砲でぶっ放すんじゃねーのかよ?」

「この船に積んだ大砲なんぞでこの城壁は壊せんわい!

 半日かけてもええんなら別じゃがの?」


 つまらん事を聞くなとでも言いた気に、ヘイジは城内へと進んでいった。


「けっ! メンドくせー!」


 城の中はまだ改装中だったが、基礎はしっかりと組んであった。

 特に罠の類も無く、全ての扉は明け放たれていた。

 まるでどこからでも掛かって来いと言われている様な気分である。

 ふてぶてしい事この上ない。

 ダラクはいつ例の小人が出てきてもいい様に、注意深く警戒して進んでいた。


「そう身構えんでもええと思うがの?

 おそらく彼奴は最上階でドンと構えとる事じゃろうて」

「ヘッ! 気位ぇのたけーヤローだぜー!」

「だが、抜け目の無い奴じゃ。

 上に登るにつれて狭うなってきよる。

 これでこちらの数の優位もほとんどなくなったわい……!」

「ハンッ!

 大胆なんだか小心者なのか、どっちかにしやがれってんだ!」

「それは本人の目の前で言うんじゃな。

 そら、そろそろ天辺じゃぞォ!」


 最後の階段を上り切り、ダラクはいつもより注意深く魔力探知を行った。

 非常に小さな生き物の気配。

 まるでネズミか何かかと勘違いしそうな程に脆弱な鼓動。

 間違いなく、小人のものだろう。

 こんなゴミの様な生命力のヤツに、何もビビる事は無い。

 ダラクはヘイジを押しのけ最奥の間にズカズカと上がり込んだ。


「待ちわびたぞ!」


 玉座の間全体に声が反響した。

 堂々とした男の声。

 だが、かなり声を張り上げた割には小さな声量だ。

 魔人の耳にはそう聞こえた。


「ハッ! 想像以上のチビじゃねーか! うけるぜー!

 おい、へージジイ! テメーら雁首揃えて、こんなチビに負けたのかよっ!?」

「ん? 新手か。

 我が名は――」

「あー言わなくていい。ムダだからよー。

 なんせテメーはここで潰れっちまうからなあ」


 ダラクは心底小馬鹿にした様に嘲笑した。

 隣でヘイジが顔を青ざめさせて心配そうに見てきたが、知ったことではない。


(間違いねえ。あのチビはただのハッタリ野郎だ。

 城の構造を利用して声を反響させ声量の無さをカバーしたり、竜の剣が傍に無いなんてデマを流しやがって小賢しいったらねーぜ)


 ダラクは小人を観察した結果、小人の現状と装備について彼なりに分析していた。

 小人は確かに只者ではない気配の持ち主だったが、強い魔力などは微塵も感じなかった。

 また、小人が座している剣だが、かなり強大な力を秘めたものである。

 それも、“勇者”が持つ聖剣クラスの力を秘めている。

 聖剣など世界に何本も無いため、確かに竜族が変化しているものと言われた方が納得できる。

 ならばこれは、弱っちい小人が最大限知恵とハッタリを効かせた結果であるに違いない。

 ダラクはそう結論付けた。


「はっ! それは楽しみだ!

 なら、後で俺の名を聞いておけば良かった等と言ってくれるなよ?」


 小人が剣から立ち上がった。

 ダラクは一瞬身構えた。

 魔力量に変化は無い。

 ましてやその竜の剣を使いこなせるとも思えない。

 それにも関わらず、ダラクは反射的に身構えた。

 まるで遥か格上の存在に反応する様に。


(……ビビってるのか? このオレが?

 いや、違う。ただ不気味なだけだ。

 確かに、こんな無力なチビが聖剣を持ってる事自体が普通じゃねえ。

 だから、気味が悪いだけだ。

 ……確かにあの剣はオレの力でもぶっ壊せねえ。

 なら、ここはひとつ——)

「よー! 小人ぉ!

 テメーをぶっ潰す前に一つ頼まー!」

「頼み?」

「オレ様が勝ったら、その剣をくれや!

 剣の意志に関係なくな!」

「剣の意志?

 何の事かはよくわからんが、良かろう。

 くれてやる。

 俺に勝てたらな」


 生意気にも小人はまるで強者の様な振る舞いで嗤った。

 癪に障るが、愚かな奴である。

 これで小人を倒した後に、竜の力を我が意のままにできるのである。

 後はこのチビを踏み潰すだけだが、最後のダメ押しである。


「フハハ! 自信過剰なチビだ!

 それもこれも、その剣の力だろうによ!

 笑っちまうぜー! ブハハハハハハハハハ!!」


 ダラクは下卑た笑いでけなしたが、勿論演技である。

 小人が怒って挑発に乗ってくれば、剣を使われずに済むかもしれない。


(まー流石にそこまでバカじゃねーだろう)

「ほう? それは俺が無手ならば、貴様が勝つと言っているのか?

 面白い!

 その度胸に免じ、受けて立とう!

 誰が、誰を挑発したのか、その身に刻むがいい!」


 言うと小人は自ら剣の上から飛び降り、遥か上空のダラクを睨みつけた。


(バカだった! 思った以上のバカだった!

 チビがイキリやがるぜー!)

「来いや! チビ!! テメーなんざ——」


 次の一瞬、ダラクは倒れ伏し気絶していた。

 すぐさま魔人の回復力で持ち直すが、頭の方は立ち直れなかった。

 何が起きたか、理解できない。

 いや、魔人の五感は先の一瞬をしっかりと脳に伝えていた。

 だからこそ、その事実を信じる事ができなかった。


「たった1発で、魔人を撃沈じゃとぉ……!?」


 阿保面下げてヘイジが呟いた。

 鬼程度では仕方が無いとはいえ、間抜けにも程がある。


(一発ぅ!?

 ざっけんな! テメーら低能には認識できねー速度で20発!

 20発も各急所に喰らったんだぞ!?

 あの小せえ拳でなんつーパワーだ!?)

「21発だ。

 強者は20発目までは勘づくが、皆最後の1発が見切れんらしい。

 その1発がミソな訳だが——」


 小人の声がすぐ近くから聞こえる。

 仰向けに倒れるダラクの腹の上で小人が腕を組み見下ろしていることに、今更ながら気付いたが、もう遅い。

 小人がゆっくりと、ダラクの胸の上で立ち止まった。

 真下には、ドクンドクンと心臓が脈打っている。

 命を、足蹴にされている。


つるぎなど、常人きさまらに対する礼節に過ぎん。

 流儀外し今、我が片鱗を見るだろう——」


 殺される——。

 そう実感したダラクは、一瞬で頭を切り替えた。


「ま! 参りました!

 わたくしの負けでございます!

 どうか命ばかりは……!」


 命乞いだった。

 何よりも己が可愛いダラクにとって、魔人としての誇りなど端から持ち合わせてなどいない。

 ここは何としてでも生き残る選択をしなければならないのだ。


「ハッ! 何が礼節だ! 笑うぜ!

 ただの試し切りだろ? 竜の剣のなア――」


 空気をぶち壊す無遠慮な大声。

 太く逞しい二本の角に、鋼さえも通さぬ強靭な黒い体躯。

 忘れもしない。

 格や道理さえも無視するデタラメ野郎。


「……ゲンジ!」


 思わぬ宿敵との再会に、ヘイジが叫んだ。

 だが、そんな事はどうでもいい。

 ゲンジの乱入は想定外だが、ある意味思わぬ援軍である。

 この状況を利用して何とか逃げられないか、ダラクの頭の中はそればかりだった。


「よォ、小人ォ!

 竜の剣はどうした?」


 ゲンジの台詞にダラクは困惑した。

 竜の剣なら、目の前に刺さっているだろうと。


「その剣はただの間に合わせだろ? 見りゃあ判る」

「ふむ。流石だな。

 そして今こうして来たことも。

 俺を討つに、またとない好機だ。

 が、時間切れだ!」


 小人は少し残念そうに言うと、不意に空高く跳躍した。

 その瞬間、天井から巨大な竜が屋根を食い破り、小人を頭に乗せ降り立った。

 まるで自らを玉座とし、小人を己が主人と仰ぐように。


「まままままままま、まさか、あんた……!

 いや、貴方様はっ!!?」

「やはり先に聞いておいた方が良かったか?

 我が名はグノウ。だたの小人だ」

(やっぱりかぁああああああああああああああああああ!!!)


 (知ってたよ! うん! 実は気付いていた!)と、ダラクは後悔した。

 小人が本当にあの“グノウ”であるならば、最早勝ち目は無い。

 目の前の竜が、あの小人が“グノウ”である事を証明していた。

 あれは間違いなく、竜王アーブルムだ。

 原初の王。

 竜殺しの竜。

 全魔人族の恐怖の象徴。

 見た事など無いが、本能が恐怖に怯え、それを嫌でも知らしめる。

 そんなものを従えられる存在など、“神”以外にあり得ない。

 神に触れし者、“グノウ”以外には——。

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