第18話 バカな夢
タクマが利き腕を失った。
俺のせいだと、グノウは己を責めていた。
タクマに試練を与え、無茶をさせたのは自分だ。
聞けば、シンを庇って利き手を失くしたという。
子供を守る為の名誉の負傷だったと聞いた時、グノウは一時の部下とはいえ、その心意気を誇らしく思った。
だからこそ、辛かった。
そんな高潔な男が、利き手を失くしてしまっては、戦士としてはおろか、これまで積み上げてきた匠としての力も発揮できなくなってしまうだろう。
ここ最近、ずっと遠目でタクマの様子を窺っていた。
傷は既に塞がった様だが、やはりというか塞ぎ込んでいた。
(……このままという訳にはいかんな。責任は俺にある。
恨まれてでも、立ち直ってもらわんとな……!)
むしろ俺を責めてくれと、グノウは覚悟を決めた。
改装中の城に、タクマを呼び出した。
一対一だ。
男同士が語らうのに、他の目は要らない。
だからアーブルムも置いて来た。
常ならば、剣となったアーブルムの柄頭に居座るが、今は代わりの剣の上に座していた。
タクマはやや遅れてやって来た。
正直、来ないかもしれないと心配したが、やはり真面目な男だとグノウは感心した。
(俺なら、最初はつっぱねるな……)
グノウは若干安堵しつつも表情に出さぬよう顔を引き締めた。
今から、一人の男と真正面からぶつかり合うのだ。
謝罪も懺悔も赦されない。
「傷は塞がったか?」
顔を伏せたまま俯くタクマに、グノウは端的に問いかけた。
俺を見るのも、長々と話すのも嫌だろうと思ったからだ。
「……見ての通りでさ」
突き放したような回答だった。
以前のタクマなら、「治りやした」などと答えていただろう。
やはり恨まれている。
ならばと、グノウはタクマを睨みつけた。
「傷が癒えたなら、何故サボっている?
修業は? 城の修繕はどうした?」
やや語気を荒げて、グノウは叱責した。
タクマは信じられないという形相で、口をワナワナと震わせている。
当然だ。
グノウは、タクマを怒らせる為に悪役を演じなければならない。
「サボるだとッ!?
これで! どうしろってんだッ!!?」
タクマは失くした腕を突き出し、元の顔がわらなくなる程の凄まじい形相で怒鳴りつけた。
己の全身よりも巨大な知人の憤怒顔に、グノウは戦慄していた。
かつて遥か格上の敵と死闘を演じた時の様な緊張感で、胸が張り裂けそうになった。
(……怖いな。
自分の気に入ったヤツから嫌われるというのは……。
……さて、どう応えたものか)
これもまた、戦いなのだ。
ならば、退く訳にはいかない。
「片腕でもできる事はあるだろう?
何を甘えた事を抜かしている?
そんな事でゲンジに勝てるとでも思っているのか?」
グノウも負けじと声を張り上げ、立ち上がった。
ただ、自分は感情的にならないよう努めた。
グノウにも、タクマに対して言いたい事はある。
だが今は、喧嘩をする時ではない。
「腰抜けが!」
「ナッ!? なんだとッ!!?」
「腰抜けと言ったんだ!
腕が一本捥げたぐらいで何だ!?
それで戦いから逃げるのか!?
お前の夢は! その程度のものだったのかっ!?」
そこまで言うつもりは無かった。
頭に血が昇り、つい常に感じている鬱憤を吐き出してしまった。
グノウは留飲の上がったまま、必死に堪えようと押し黙った。
「印が組めないッ! 物が持てないッ! 何も作れないッ!!
それでもまだ! 焚きつけるのかッ!? アンタはッ!!?」
怒りが溢れ出る様に、タクマが叫んだ。
全く以ってその通りだと、グノウも思った。
だが、ここで折れる訳にはいかない。
じっと、タクマが怒りを出し切るのを待つ。
「アンタのせいだッ!!
アンタさえいなければッ!
こんな事にはならなかったッ!!
……夢をッ! 見る事も無かった……!!」
黙って聞きに徹するグノウに、タクマがまくし立てた。
タクマがグノウに唸り声をぶつける。
グノウは、腹に力を込めた。
「そうだ! 俺のせいだ!!
俺を憎め! 恨め!!」
自分を恨んで、それでタクマの気が済むのであれば、どんなに楽な事だろう。
タクマが鬼の形相で雄叫びを上げ、顔より小さなグノウを睨みつける。
それでいい、とグノウは目をつぶった。
「だが、自分だけは恨んでやるなよ?
……な?」
気付けば、そう声に出していた。
言うつもりの無い言葉だった。
グノウは、自分自身の振る舞いに戸惑った。
悪役になりきれない自分がいた。
目をとじ、涙を堪え後ろを向いている自分がいた。
(そんな事を言ってどうする?
何故俺は前を向いていない?
……俺は、こんなにも弱かったのか?)
グノウが自分に対し憤りを感じていると、大きな地響きが上がった。
タクマが、残った方の手で地面を殴りつけた音だった。
「……そんな風に言われちゃア、恨めねェじゃねェですかい……!」
しまったと、グノウは鼻で溜息をついた。
優しいタクマならば、そう言うだろうことは想像できた筈だった。
だが、吐いた唾は飲めない。
「……聞け、タクマ。
腰抜けには腰抜けの、小人には小人の、身の程がある」
タクマは一瞬、腰抜けという言葉に反感を覚えたが、後に続く物言いに口をつぐんだ。
「クソ喰らえだ。そんなものは――」
気付けばグノウは、ドス黒く低い声で言っていた。
予期せぬグノウの底知れぬ圧力に、タクマは気圧されていた。
グノウは意図せず己の抱えている鬱積を吐露していた。
だが最早グノウ自身、その事に気付いてはいない。
「なあ、タクマよ。
俺はただのバカなチビか?
お前はお利口さんか?
お前には、何が見える?」
俺はいったい何を言っているんだと、グノウは自身に落胆した。
だがそれは、グノウの本意でもあった。
「オラだって、バカな夢を見てェです……!」
タクマは涙ぐんでそう絞り出した。
その言葉に、グノウは顔を綻ばせた。
「伝わった」と思ったからだ。
こうなれば何を演じる事も無い。
言いたい事を、言うだけでいい。
「男が簡単に泣くんじゃない!」
「な?」とグノウはタクマを優しい眼差しで宥めていた。
「いくらでも見れるさ!
どれ程打ちひしがれようとも、それでも見たいバカな夢を!
未だ夢を見続けているバカが言うんだ。間違いは無い!」
それを聞いて、タクマは更に涙を溢れさせた。
それを微笑ましく思うグノウだが、問題は何も解決しておらず、悪化したと言ってもいい。
グノウを恨み、それを糧として足掻くならば、話は簡単だった。
恨みは時に、人に力を与える事を痛感しているからだ。
だが、誰を恨むでもなく、隻腕のハンディを抱えたまま夢を抱くなど、そうそうできるものではない。
しかし、それでもグノウは、タクマならばこそ、更なる試練に立ち向かえると確信した。
「ソルモン!」
「はいっ!」
グノウが呼ぶと同時に、どこに潜んでいたのかソルモンが突然現れた。
彼女は常にグノウからの呼び出しを待っている節があったので、呼んでみたら本当に出てきた。
その事に若干引きつつも、今だけは有難いとグノウは感謝した。
「……頼む」
「ええ……!」
たったそれだけ言葉を交わすと、グノウは独り立ち去った。
やはりというか、彼女もまた相手を見透かす事に長けている。
(俺にできる事は無い。後はソルモンに任せよう。
彼女ならば、タクマの利き腕を再生できるかもしれん。
……そう簡単にはいくまいが)
結局自分には何もできず、いつも他人に押し付けてしまう。
グノウはそんな自分が、どうしようもなく憂鬱だった。
去り際に、タクマが何か言いた気にしていたが、グノウは振り向かなかった。
男は独りで泣けばいい。
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