No.3



「はい」


 返ってきたのは、あまりにも簡潔で軽い返事。

 ドクター・トゥトゥは表情も動かさず驚いた様子もなく、ただ肯定の言葉を口にした。

「それはどういう……」

「今は言えない。まあどうにせよもうすぐ知ることになるからねえ、もうちょっと待ってて」

「……」

「焦りは禁物だよネス。どうせ近々知ることになるんだから、今は『早く知りたいなあ楽しみだなあ』くらいで良いの。そう、うん。今だけは──」

 ドクターは、気の抜けた笑顔を見せた。



「大いに子供でありなさい」



「……なんだそれ」

「子供の頃お世話になった人の受け売り。私もそろそろお昼ご飯食べるからまたね。あ、それと、この話は内密に。根拠のない噂が蔓延するのは好ましくないから。それじゃばいばい」

「……」

 ややおぼつかない足取りで去っていくドクターの背中を睨む。何も言えなかった。混乱と疑問が喉につっかえて、声を上げることさえかなわなかった。

 しばらく棒立ちになったあとネスはふと我にかえる。カウンセリング室からオッジが出てきて見つかっては気まずい。そそくさと食堂に戻り、ウェムウッドの隣の席に座った。





「隠し事? ドクターが?」

 怪訝そうな顔で訊き返してくるウェムウッド。

 内密に、と言われて数分も経っていないのに他人に吹聴するのは罪悪感がないでもなかったが、この疑問をひとりで抱えるにはネスの心のキャパが足りない。結局残らず話してしまった。

「ふうん、こりゃいよいよキナ臭ぇな……なあネス、俺達でちょっと探ってみようぜ」

「どうやって?」

「それは今から考えるけど、とりあえず俺は情報収集担当な」

「なんで?」

「だって俺が授業サボってどっか行ってても誰も怪しまないだろ。盗み聞きなら任しとけ」

「言ってること小悪党みたいだな」

「はっ倒すぞてめえ」

「できるものならやってみろ。……まあしかし君の言うことは一理ある。任せた」

「おっし任された。お前は……そうだな、考える担当やれ。俺より頭良いだろ、お前」

「良いだろう」

 ここまで話したところで、自由時間の開始を告げるチャイムが鳴る。

 ウェムウッドは年下の子供達に折り鶴を作ってくれとせがまれて行ってしまった。ウェムは手先が器用だからなあとぼんやり思いつつ、ネスは自分はどうするかを考える。そういえば作りかけのパズルがあったな、と思い出して立ち上がったところで。

「ネス」

 ふいに声をかけられる。

 振り向くとオッジが佇んでいた。

「あ、兄貴……」

 血の気が引く。代わりにあの拒絶の言葉と先ほど盗み聞きをした罪悪感が込み上げてくる。

「……ネス。この前は悪かったな」

「え?」

「言い訳がましいが、少し疲れていたんだ。だからあんなことを言ってしまった。本気でお前を迷惑だと思ったことなど一度もない。……反省している。僕が悪かった」

 予想外の言葉に面食らう。それから叫びたくなって、泣きたくなって。

「……じゃあ僕は、兄貴に嫌われたわけじゃ、なかったんだな……」

「当たり前だ」

「そっか、うん、そっか……」

「……本当にすまなかった。何か埋め合わせをさせてくれないか」

 埋め合わせ。その発想はなかったな、とネスは思う。嫌われていなかったという事実だけで満足していた。

「……」

 カウンセリング室で盗み聞きした話を問い質すのも手かと考え、すぐにその考えを引っ込める。

 ──失敗作。死。あとはよく聞こえなかったが、あの単語がキーワードになる何かが原因でオッジの様子がおかしかったと仮定すると、それをほじくり返すのはネスとしても不本意だ。

「……じゃあ、また作り話をしてくれ。新しい話が良いな。とびきり突飛なのを頼む」

「うん、承知した。明日までには話をまとめておくから」

 言い、オッジは少し口角を上げた。穏やかで優しい笑みなのに、どこか憔悴したようにも見える顔だった。




 部屋に戻って少し休むと言うオッジと別れ、ぶらぶらと廊下を歩く。やはり自室でパズルでもやるか、などと考えながら。

「……ん?」

 少し先でシーが壁に寄りかかり、ぼんやりと天井を見ている。ネスが声をかけると、シーは「おおう」と変な声を上げた。

「シー、掃除は?」

「一段落ついたから休憩中」

「そっか」

「なあ、ネスやい。憂鬱系お兄さんのアイ・シーくんに教えてくれ」

「らしくないなあ。どうしたんだ、シー」

 シーは本当に憂鬱そうな顔をしている。普段ならば掃除が終わったら子供達と廊下で鬼ごっこをして、まとめてビィに大目玉を食らっているはずなのに。

「生き物ってさあ、死んだらどこ行くんだろうな」

「……ほんとにらしくないぞ、シー」

「らしくないとは自分でも思うんだけどな。一遍気になっちゃうと駄目だな。ほらオレ繊細な男だから」

「はいはい。……でも死んだあとの話か。考えたこともなかったな」

「……死にたくなったらすぐ死ねるって、実はかなり幸せなことなんだろうな」

「シー、まさか死にたいのか?」

「んー……まあ大人にゃいろいろあるのさ。閑話休題、閑話休題。死んだらどこ行くかね、生き物は。君の意見を聞かせてくれ」

 シーの様子に不穏な何かを感じつつも、ネスは返事をする。

「また別の生き物になって生まれてくるんじゃないか? 前に兄貴から来世とか前世とか聞いたことある」

「来世なあ……こんな世界でもそんなのがあるんなら、ドクターきっと喜ぶな」

「ドクター? なんでドクターが出てくる?」

「おっと口が滑った。や、しかし良い答えだなネス。別の生き物になってもう一回最初からやり直せるなんてな、素敵な話じゃんな」

 言い、シーは笑った。いつもどおりの楽しそうな笑顔で。

「じゃ、オレそろそろ仕事に戻るわ。ありがとなネス」

 ぽんぽんとネスの頭を撫で、隣に立てかけてあったモップを持って去っていくシー。その背中を見送って、ネスは自室へ戻った。


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