◀︎▶︎29プレイ

面接をして一週間ほどで自宅に郵送で採用の通知が届いた。これまでのお祈り通知とは訳が違う。正真正銘の採用通知である。通知の紙をシワができるまで握り締めてその文字をしっかりと見つめ直す。どこからどう見ても採用通知だ。

「うおー! キターーー!」

 僕は興奮気味に声を発した。おそらく家中に響き渡るほど声が大きかったかもしれない。そんな近所迷惑が気にならないほど僕は自分が抑えられなかった。

 僕は通知の紙を持って、支度を済ませて家を飛び出した。僕が向かった先はなぜか神谷の住んでいるマンションであった。

 呼び鈴を連打してしつこく鳴らす。

「だー! しつこい。今、ゲーム中だっての!」

 頭をボリボリ掻いてめんどくさそうに神谷は玄関を開ける。

「神谷! ついにやったよ」

「なんだ。ついに家を追い出されたか」

「いや、それは前からだよ。父さんがいる時は基本帰れないし……」

 そう、僕が無職である間は家に入れない。ただし、それは父さんがいる夜の間だけだ。朝や昼間は父さんが仕事に出ている為に母さんに内緒にしてもらって帰っている。夜の間は神谷の家に居座っている生活を今は送っている。

「そうじゃなくて! 僕、プログラマーの企業に採用されたんだよ」

 まだ気持ちが収まっていないのか、僕は興奮気味に言う。

「お! ついにきたか。ワイの面接の練習のおかげだな」

「今回は返す言葉もございません」

「いつからや?」

「来月の始めの月曜日から」

「おめでとう」

「ありがとう」

 僕は素直にお礼を言えた。僕が長年思い描いていた夢の一歩。そのスタート地点の位置にようやくつくことができたのだ。

「上がれよ。今日は盛大に祝おう。イイ酒があるんだ」

「お邪魔します」

 僕は靴を揃えて神谷の家に上がり込んだ。廊下を抜けてリビングに入るといつもと違う光景が目に飛び込んだ。

「あれ? どうしたの? なんかパーティでもするの?」

 リビングにはテーブルクロスがかけられており食器や食べ物が並べられており、おまけに清潔に掃除がされていた。

「たまたまだよ。今日は祝い時だと思って用意しといたらうまい具合に重なってよかった」

 少々、引っかかる言い方をする神谷ではあるがそこまで気にしなかった。それ以前にテーブルに並べられた料理の方が気になった。これまでの食事はゲームや編集で忙しいという理由で外食であったり、カップ麺であったりと手軽に済ます程度で終わっていた。だから神谷は基本、自炊はしないものだと思っていたが今日に至っては手料理が何品か作られているのだ。サラダやおかずといった一般的な家庭料理が大皿で並んでいる。

「神谷……料理するんだ」

 意外そうにいう僕に神谷は反論する。

「一人暮らしなんだから料理くらいするだろ。毎日外食も身体に悪いしな。鈴木が来るときは遊んだり動画の編集をメインだから料理は疎かになりやすいだけだ」

「なるほど」

 僕は納得する。

「もうすぐできるから席に座って待っていてくれ」

「何か手伝おうか?」

「いや、大丈夫だ。ゆっくりしててくれ」

「わかった」

 僕は言われた通り、席についてじっと待つ。神谷はキッチンの方に行き、何かしている。何もすることがなく、僕はリビングの周囲に視線を送る。僕は家具に乗せられた一冊のノートに視線がいく。席から立ち上がりノートを手に取った。悪いとは思いつつ、何も書かれていない表紙のページをめくった。そこにはYouTuberの為の動画に対するシナリオが神谷の直筆で書かれていた。いわゆるネタ帳のようなものだ。その内容は僕と撮った動画の内容も書かれておりネタになるポイントも細かく書かれていた。口頭で言っていた内容も全てここに書かれていた。神谷は事前に動画のプロットを書いて考えたネタを僕に話して採用、不採用と振り分けていたのだ。僕が気に入った動画の内容は神谷がこのように撮ってくれと注文が入り、それを僕が実行する。僕は神谷の言われた通りに動画を撮影し、それを編集する。コンビの裏にはこのような苦労があったことを知り、夢中でページをめくり続ける。ページをめくるにつれて見逃せない内容がめくる手を止める。

『コンビ解散。卒業動画』と書かれた見出しであった。最後に視聴者の心にインパクトを与えようと思い切った内容が書かれていた。それは『人間クレーンゲーム』と書かれており、僕がアームとなって神谷がそれを操作するといったものであった。しかも景品は車や家具といった大掛かりな景品である。僕の握力だけではとてもではないが掴んで運ぶことは容易ではない。そのような恐ろしいネタが書かれており絶句してしまう。もしも、このような動画を撮影しようと持ちかけられたら真っ先に否定してしまうだろう。あくまでもノートの中だけの計画に咎めてほしい限りだ。

「ん?」

 僕は更にページを進めていくと僕に関する文に手を止める。

『カミタツとスートンのコンビは永久不滅。しかし、いつか解散の時は来る。それは今だ。鈴木と解散する為のお別れ会のシナリオ……』と、そこから書かれているのは解散の会のスケジュールだった。豪勢な食事のおもてなしから始まって最後には解散と同時に二度と僕と会わないと身を引くような内容が書かれていた。つまりは今日のこの豪勢な食事は僕の就職を祝う会ではなく解散の会の為に用意された食事だったのだと知ってしまったのだ。

「鈴木! お前辛いのとか大丈夫……」

 神谷は粉末粉の容器を持ってリビングに顔を覗かせ、僕がノートを見ているのを見られてしまった。僕は慌てて背中に隠すが手遅れである。隠しても仕方がないので僕は神谷に確かめた。

「神谷……これは僕の就職を祝う会じゃなくて解散の会だったの?」

「…………」

 神谷は答えない。

「これが終わったら僕と縁を切るつもりだったの?」

「そうだ」

 神谷はあっさりと答えた。

「なんでそんなことを言うの? コンビは解散するかもしれないけど、僕たちは気が合う友達でしょ? なのに、なんで?」

 強気で言う僕に神谷は何か言いたげに歯ぎしりをする。

「ワイだってこのまま別れるのは辛いに決まっている。だが、これ以上ワイの思いつきに振り回すのはもっと辛い。現に鈴木の人生を狂わしたのはワイや。だから決めた。鈴木がプログラマーの道に進んだのならワイは身を引くと」

 思ってもいなかったことを言われた。まさか、自分の口から僕を振り回すことが辛いとは。今まで自分の主張を貫いてきた神谷が悪気を見せたのは初めてだった。実際に神谷に振り回されてきた僕だが、いつの間にかそれが普通に感じていた。つまりは、神谷と共に動画撮影やゲームをすることが当たり前のように感じていたのだ。

「え? ちょ……鈴木、お前なんで、泣いてんだよ」

 神谷に言われて自分が大粒の涙を流していることに気づいた。その真意は自分でもわからなかった。ただ、悲しくて泣いているのには違いなかった。

「神谷……一つ提案があるんだけどいいかな?」

 僕は袖で涙を拭きながら言った。

「何?」

「これからもYouTuberのコンビとして活動していかないか?」

「は? えー? なんで? プログラマーは?」

 神谷は素で驚いたのか、雄叫びを上げながら言った。

「うん。断るよ。やっぱり僕はこのままYouTuberとして有り続けていきたい」

「お前! 自分で何を言っているのかわかっているのか?」

 神谷の言い分はよくわかる。自分でもなんでこんなことを言っているのかわからないくらいに。でも、今気づいた。僕は夢を実現するよりも目の前の友が大切であると。

「もちろんわかっているさ。でも、僕は夢を実現するよりも今を楽しみたい――そう思ったんだ」

「鈴木……お前……」

「だからさ、神谷! もうしばらく神谷の破天荒な日常に付き合わせてよ」

「本当にいいのか? ワイの身勝手な日常に付き合わせて」

「何を今更――今に始まったことでもないだろ」

「それもそうだけど……後悔しても知らないぞ? もう少し考えてからでも遅くないだろうし」

「いや、もう決めた! 神谷! 僕と一緒にYouTuberの天下を取って有名人になろう!」

 僕は神谷に誘われた時とは真逆に自分から誘った。僕が本気でYouTuberになりたいと思った瞬間だった。

「なんだ、せっかくの就職祝いがコンビ再結成の会になっちゃったじゃないか」

「いいじゃないか。これからもよろしくってことで」

「そうだな。それじゃ、食べよう! 呑もう! 今日は一晩中盛大に祝おうぜ」

 かくして、僕と神谷はこれからもずっとコンビを続けていくと誓った。

「あ、そうだ! コンビをこれからも続けていくことに関して大事なことを忘れていた」

 僕がそういうと不吉を感じた神谷は固まる。

「YouTuberをしていることは親が反対している訳だから家を完全に出ていかないとならない訳であって……つまり、その……ここに住む感じになるけどいい?」

「…………家賃半分払えよ」

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