◀︎▶︎16プレイ
全ての予選が終了し、各ブロックの代表が決まったところでついに地区の代表を決めるゲームを瀬古から発表されようとしていた。
「予選通過おめでとうございますと言いたいところですが、これで終わりではありません。ここからさらに三人に絞らなくてはなりません」
個人戦のAブロックで一人、Bブロックで一人。そしてペアのCブロックで二人、Dブロックで二人。計六人の中からさらに三人に絞らなくてはならない。その三人こそが全国大会の切符を手にすることができるという訳だ。
「気になる対戦方法はサドンデス! お互いに一回ずつプレイしていき、先に景品を取った者が勝ち進めることができます。ペア戦に至っては二人で交代、交代していきながらゲームを進めていってもらいます。ただし、同時に取れてしまったらまた別の台で先に取れるまで続けてもらいます。よろしいですね?」
僕は血の気が引いたような感覚に狩られた。今回のゲームでは神谷さえ頑張ればいいというものではなく、僕が失敗すればその分負けるリスクが高くなる形式になっていた。これでは確実に神谷の足を引っ張ってしまう。不安が高まっていく。
「安心しろ、鈴木。ワイが先行をして一発で取れれば問題ない」
神谷は僕の不安を察したのか、気遣うようなことを言ってくれた。
「尚、今回の台は一発で取れないように試行錯誤して何回かに分けて取れるような形式になっていますので、頑張って下さい!」
終わった……。神谷に任せようとした矢先、どうやら僕自身も頑張らなくてはならないと知ったこの絶望は誰も分かってくれないだろう。
「それではAブロック代表、Bブロック代表、前へ。サドンデスを開始します」
そもそも、僕は元ゲームセンターの店員であって、クレーンゲームをする立場ではない。むしろ、台の配置していた立場なのだ。そんな僕がなぜこのようにクレーンゲームをやる立場になってしまったのか、少し前の自分には理解できないだろう。
「決まった! 決勝進出は柊祐奈さんだ!」
どれくらい時間が経ったのだろうか、気づいた時にはすでに個人戦の戦いは終わっていた。やはり、予想通りに柊祐奈は勝ち進めたようだ。
「おめでとうございます。柊祐奈さんには全国大会に出場する権利を与えます」
スタッフ一同、拍手を送る。彼女に負けた人は複雑な表情を浮かべるがしっかりと負けを認めたようだ。
柊祐奈は相変わらず当然といった感じに腕を組んで鼻を鳴らしている。上から目線の態度はどことなく神谷に似ている。僕のもっとも嫌な一面だ。
「続きまして、ペア戦に移ります。代表の二組は前へ」
僕と神谷は前に出る。対戦相手は双子の少年たちだった。顔が瓜二つだったのですぐに双子とわかる。
「兄貴! 僕たちの息の良さを見せつけてやろう」
「当然だ。YouTuberなんかに負けられないよ」
双子の闘争心がメラメラと燃える。同じ顔で睨まれたので僕は顔を引きつる。本気だ。
「問題ないさ。勝てる」
神谷は小声でそんなことを言うが何を根拠にそんなことが言えるのか僕には理解することができない。
「さて、挑戦してもらうゲームはこちらだ!」
瀬古の合図で台を覆い隠していたシートがスタッフの手で剥ぎ取られた。
まず、目に飛び込んできたのはザリガニ……ではなく伊勢海老だった。玩具ではない。正真証銘の生きた伊勢海老が台の中の水槽で動き回っているのだ。その光景に僕は目を疑った。
「景品はなんと生きた伊勢海老! こちらをペアが交代しながらサドンデス形式で取っていただきます。先に伊勢海老を獲得したチームが全国大会の切符を手にすることができます。ちなみに獲得した伊勢海老はお持ち帰り自由なのでよかったら持って行ってくださいね」
サラッと説明する瀬古であったが目の前の生々しい光景に僕は反応が鈍る。僕だけではなく対戦相手の双子もこれは予想していなかったのか、この世のものとは思えないような表情を浮かべていた。
「面白い」
神谷は一人、これから始まるゲームにウズウズした様子だ。こんなものどうやって取るというのだろうか、僕は諦めムードであった。
対象が『モノ』ではなく『生き物』の時点で普通では考えられないやり方だ。いや、でも最近ではこういった景品が増えてきている。例えばウーパールーパーのような生物を瓶に収めてその瓶を取る形式とかたまに見かける。しかし、生き物を直接掴むタイプの景品は未だに見たことがない。それが今のこの光景である。もっと例えるなら夏祭りの金魚すくいのようなもの。すくうものが人ではなくアームに置き換えればいいだろう。
アームは通常のものではなく、水中でも大丈夫なようにプラスチック製のものでアームの強さは強化されている三本爪のタイプだ。直接水の中にアームが沈む形となるので壊れないのか心配になるが、アーム本体にも防水対策としてビニールが巻かれている。設備として万全な施しではあるのだが、生き物を掴むという行為は虐待に繋がらないのだろうか? しかし相手は食用の伊勢海老。こうして生簀に収められた時点で最早伊勢海老の気持ちを考える必要はないのかもしれない……と、一人でそんな瞑想をしたところで仕方がないのだが……。
「それでは開始します。先行の方、前へ」
瀬古の開始の合図で前代未聞の伊勢海老掴みが始まろうとしていた。先行は神谷が前に出た。
「兄貴! 頼んだよ」
対戦相手の兄が前に出る。
「それではお願いします」
瀬古の合図で二人は早速、伊勢海老を掴みにかかる。二人とも狙いは完璧であったが、やはり生き物ということもありうまくアームを交わされてしまった。まるで水をすくったかのようにスルリと抜けてしまった。
「はい。交代です」
神谷の番が終わり、僕が挑戦する。どんなにアームを定位置に止めたとしても掴もうとした瞬間に逃げてしまうのでどうしようもなかった。ただ、水をすくうだけの作業になり、五回くらい順番が回ってきたが、まるで取れる気配がしない。
「お、お、お! 兄貴、掴んだよ」
弟が甲高い声で兄を呼んだことで僕は思わず視線を向ける。向こう側のアームはしっかりと伊勢海老を掴んでおり、水面からすくい出したのだ。後は、このまま取り出し口の穴に伊勢海老を落としてしまえば双子ペアの勝ちは確定である。
終わった!
僕は負けを覚悟した。双子は既に勝った気でおり、ガッツポーズをしている次第だ。
予選敗退を覚悟したその時、伊勢海老はピチピチと身体を振ってアームから脱出した。ポチャーンと水面に帰っていった瞬間、双子たちの顔は青ざめた。
「あっぶねぇー!」
神谷はギリギリのところで伊勢海老が逃げたことにより安堵した。まだ負けていない。
「おっと、惜しい! 残念。交代です」
瀬古は横から実況する。
「やっとコツがわかった」
「え?」
僕は神谷の意味ありげな発言に反応する。
「次で取るから。見ていろ」
神谷は自信満々で伊勢海老の台に向かった。何か秘策でもあるというのだろうか。僕は神谷のその背中が少しだけたくましく見えた。少しだけ。
「よし! ここだ!」
神谷が狙った場所は伊勢海老の真上ではなく少しずれた場所だった。そんなところでは掴むことができないのではないのかと僕は不安にかられる。アームは開き、伊勢海老に向かって水面へと沈む。すると、アームが沈んだ瞬間、伊勢海老は後方へ下がった。その移動でうまいことアームの位置にポイントが入ったのだ。伊勢海老は身動きがとれなくなり、アームに捕まった。
「よし! 掴んだ!」
しかし、問題はここからである。次に取り出し口に落とさなければ獲得とはみなされない。数秒の沈黙の後、アームは伊勢海老を掴んだまま、ゆっくりと上昇した。水面に伊勢海老が持ち上がり、宙ずりになった。アームは取り出し口に向かって移動する。水面から出た伊勢海老はピチピチと抵抗するようにもがいているが、アームから外れない。今回はがっちりと伊勢海老を捉えているようである。
いけ! いけ! と僕は心の中で念じる。その思いが通じたのか、アームは最後まで伊勢海老を離すことなく、取り出し口に落とされた。
神谷は取り出し口から伊勢海老を躊躇することなく背中を持ち、引っ張り出した。
「ワイの勝ちや。ドヤ!」
神谷はかなりドヤ顔で言って見せた。文句なしの獲得である。
「決まったー! 勝者は神谷、鈴木ペアで決まりだ!」
瀬古は大音量で勝利宣言した。
「兄貴……負けたよ?」
「あ、あぁ……」
双子は信じられないといった様子で神谷が取った伊勢海老を呆然と眺めていた。
「凄いよ。神谷! どうしてさっきわざとアームの位置をずらしたの?」
僕は先程の神谷が止めたポイントについて聞かずにはいられなかった。
「アームで掴もうとすると危険と判断するから後ろに下がる傾向がある。だから、事前に伊勢海老の後方を狙えば自分から捕まれにいくと思ったからだよ。うまく作戦は成功したから計算通りさ」
「なるほど」
僕は神谷の言いたいことはなんとなくわかった。僕も怖い人がいれば後ずさりしたくなるような感じと同じだ。と、僕は自分なりに納得する。
「神谷様、鈴木様、地区大会優勝おめでとうございます」
瀬古は僕たちに近づいてそう言った。
「当然の結果さ。見くびらないでくれよ」
神谷は相変わらず態度のでかい発言で僕は止めたくなる。
「では、優勝した三人の方にはチームとして組んで頂き、全国大会に出場してもらいます。頑張って下さい」
「チームとして組む?」
僕は瀬古のさり気ない発言に聞き耳を立てる。
「はい。神谷様、鈴木様、柊様の三人でチームを組んで頂きます」
時が止まったような感じがした。神谷と僕でチームとして全国に行くと思っていたのだが、まさかの三人。そのメンバーが個人で優勝した柊祐奈だったのだ。僕と神谷は驚きを隠せずにいたが、それ以上に柊祐奈は絶望的な表情をしていたのは見てとれた。果たして、この先の全国大会には何が待ち受けているのか想像がつかなかった。
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