◀︎▶︎10プレイ

「ん……朝か?」

 僕は動画を投稿した翌日の朝、神谷のぬいぐるみに囲まれた部屋で目が覚めた。結局、僕は終電を逃した為、仕方なく神谷の部屋に泊めてもらった。無職なので次の日に予定があるはずもなく時間を気にせず過ごしてしまった結果とも言える。神谷は自分のベッドでいびきをかいて気持ち良さそうに寝ている。僕はさり気なく神谷のパソコンを借りてYouTubeを開く。すると、早速自分たちが昨日投稿した動画にコメントが書かれていた。

「お、新手か。応援しています」

「自分が引き込まれそうな動画ですね。楽しく拝見させていただきました」

「カミタツさん、面白いキャラしていますね。嫌いではないです」

「こんな方法で取れるんですね。今度試してみます」

「次回の投稿楽しみに待っています」

「このフィギアほしいー」

「久しぶりに面白い動画を見られました」

 一晩で数多くのコメントが書かれていた。再生数も百回くらいではあるが数時間でこの再生数はまずまずである。僕はこうしてはいられないと神谷を強引に起こしに行った。唸り声を上げて機嫌悪くもぞもぞと起きる神谷を無理矢理パソコンの前に引っ張った。

「鈴木! 気持ちよく寝ていたのになんなんだよ」

「いいから! 早くこれを見てくれ」

 神谷は目を擦りながら面倒そうにパソコンの画面を細目で覗く。すると、段々と目が見開いてきた。

「これって昨日投稿した動画のコメントか?」

「そうだよ。早速、視聴者が見てくれたんだ。かなり好評だよ」

「お? す、すげー!」

 神谷はようやく状況が理解できたのか、一言漏らす。寝起きなのかまだ寝ぼけているようにも見える。神谷はパソコンの画面にクギ付けになっていた。

「ん?」

 神谷はマウスをスクロールする手が止まった。

「どうした?」

「いや、応援するコメントもあるがアンチのコメントもあるな」

 神谷にそう言われ、僕は画面を覗き込む。

「カミタツさん見ていると不愉快です」

「またアホが動画上げているよ」

「ディスプレイ取りは店に迷惑なので止めた方がいいのでは?」

「無駄な努力ご苦労さん。もうアップしないでください」

 と、僕は見落としていたコメントを読んで残念な気持ちになる。

「まぁ、最初はこんなもんだよ。気にすることは……」

 僕は神谷が気を落としたのではと慰めの言葉をかけようとしたのだが、神谷の反応は……。

「嫌なら見るなって話だよな。見ず知らずの人の戯言だ。どうでもいいや。さてと、燃えてきた!」

 神谷は落ち込む素振りは一切なかった。誰になんと言われようと気にしないのはある意味神谷の良いところなのだろう。心配するだけ無駄ということだ。

「燃えてきたって何が?」と、僕は一応聞いておく。

「当然、全国各地のゲーセンを回って動画を撮影していくに決まっているだろう」

「全国って嘘だろ?」

「鈴木はなにを言っているんだ。この動画だけで終わりじゃないに決まっているだろう。ワイたちはYouTuberとして常に動画を上げていかないとダメなんだ。その為には地元だけのゲーセンだけではネタが尽きるだろうが」

「確かにそうだけど……先が思いやられる」

 コンビを組むと言った時点で覚悟はしていたけど、いざ、撮影を続けていくと考えるとかなり大変である。

「と、いう訳で鈴木! 今日は隣の県に行って撮影しに行くぞ」

「え? 今日も?」

「今日も暇だろ?」

「…………そ、うだけど」

「なら、決まりだ!」

「…………」

 暇だろ? と聞かれて悔しいけど否定できない自分がなんだか悔しかった。何度も言うが、僕は無職なのでやることがあるとしても家でゲームしかすることがないので暇と言われれば暇になってしまうのだ。またしても神谷の動画撮影に付き合わされるのだと実感してしまった。人の弱みに漬け込むのも神谷の得意分野なのだろうか。

「支度が出来次第出発だ! しゃー腕がなるぜ」

 神谷はテンションが上がったのかワクワクが止まらない様子だ。

 動画を一つ投稿したことによって僕たちのYouTuberとしての第一歩は始まっている。これから僕(神谷)の顔が広まっていくことであろう。神谷のクレーンゲームを武器にした特技を披露した動画に視聴者はどう思っていくのか。これからが腕の見せどころだった。

 その日の九時過ぎ、僕と神谷は特急電車に揺られて隣の県に移動していた。新たなる動画を撮影する為に。

「そういえば、神谷はどうしてYouTuberになりたいと思ったわけ?」

 不意に僕はそんな事を神谷に聞いた。コンビを組んだが具体的なことはお互い話していなかった。なので、僕は本当、突然疑問を持って神谷に聞いたのだ。

「気になるか……」

 神谷は真面目な顔つきになった。言うときがついに来てしまったかと、そんな顔である。

「鈴木! 世の中には二種類の人間がいる。それがなんだかわかるか?」

「え? なんだって?」

 神谷はなんの話を仕出すのかと訳が分からずに聞いた。

「それは……勝ち組と負け組だ。負け組は会社に飼い慣らされて安い給料で労働されられるいわば社畜どものことだ。定年まで働かされて少ない休みに少ない給料。挙げ句の果てには時間と労力が毟り取られていく。そんな生活をしているようでは会社だけに留まるだけの凡人さ。いくら会社の中で昇給しても一歩会社を出ればただのおっさんやおばさんだ。そんなので生涯を終えて何が楽しい!」

「今すぐ会社勤めの人たちに謝罪しろ」

「対して勝ち組とは安定された給料に好きな時間を過ごせるいわば世の中をビルの屋上から見下ろしているような大物のことを言う。地位と名誉があって世の中のトップに立てるようなVIPな人材になりたくないか? そういう人たちは通常の人からは出ない知恵と能力を兼ね備えている。そういった学校では習わないようなことを実現できる存在こそが勝ち組とも言える」

「つまり、何が言いたいの?」

 話題が逸れたのかと僕は話を戻そうとする。

「つまりだ。ワイはそんなVIPな存在になりたいのだ。会社勤めのリーマンにはなりたくない」

「それでなんでYouTuber? 会社に努めたくないって良い大人がそんなことを言ってもニートの『働いたら負けだ』っていう言い訳にしか聞こえないんだけど……」

「ニートではない! それは鈴木のことだろう」

 神谷はニートであることをきっぱり否定した。まぁ、確かに神谷はゲーセンで取った景品をネットオークションで売却する仕事をしているようだが、それは安定された仕事とは言えない。一時的なものに過ぎないのだ。神谷の部屋にある大量の景品は売れ残りのものか? と、今更ながら疑問に思うが今はどうでもいいだろう。ちなみに僕はニートと問われれば少し違う。ニートは働く気が一切ない者を言うが、僕は働く意思はある。就活をしようとしているのだが、こうして神谷に邪魔されているのであって一時的なニートになっているだけである。そこは誤解しないでもらいたい。そもそも僕を無職に追い込んだのは神谷なのだが、そこは理解してほしいところだ。

「YouTuberで勝ち組になれるの?」と、本来の質問に戻す。

「YouTuberこそ夢のある職業の一つだ。凄い人では月収一千万円稼ぐ人もいるんだぞ」

「げ、月収? 年収じゃなくて?」

 僕はYouTuberの存在は知っているが、具体的な給料の額は知らないので素直に驚いた。

「まぁ、それはほんのひと握りのYouTuberだよ。そういう人は名前だけなら知っているような存在だ。知っているか? 今の世代はテレビよりもパソコンの動画の方が見られている時代になってきているんだよ。だから少し前の世代なら家にテレビがあって当たり前だったが今ではテレビなんてないって世帯が増えているんだぞ? テレビ離れが流行りつつある」

「そうなのか。確かに言われてみれば今はテレビよりもパソコンの方が主流かな。僕もテレビはあるけど見る頻度は減ったと思う」

「そういうこと。テレビの芸能人よりも動画の芸能人の方が目立つ。どこかの事務所に所属する必要もないし、好きなタイミングで動画を上げられる。それに収入は自分のものだ。事務所から引かれる心配はない」

「うん。理屈としては良い考えだと思う」

 僕は神谷の世の中のあり方を熟知している考えに頷く。神谷の言葉はなぜか引き込まれるようなものを感じられる。おそらくその発言で動画にしていけば視聴者も引き込まれること間違いなしだった。

「鈴木もこっちを本業にしてみないか?」

「……考えておくよ」

 神谷のいう勝ち組になるにはどの道も危ない橋を渡る必要がある。おそらくどんな人も神谷のいう勝ち組になりたいとどこかで思っているに違いないが、みんな危ない橋を越える勇気がないから渡れないのだ。そんな不安定な橋を渡るよりかは目の前の安定の橋を渡ろうとする。人生の分かれ道だ。もしも危ない橋を渡って落ちてしまったらもう後戻りはできないという恐怖があるので安全を第一と考えてしまっているからだろう。僕も同じでそんな危ない橋を渡る勇気はない。これまでにプログラマーを目指してきて危ない橋を渡ってきたが結局たどり着いた先は谷底――つまり無職である。失敗した経験が多い僕だからこそ危ない橋を渡る勇気は人一倍いるのだ。だからここでは保留だ。僕は安定という名の道を求めたい。

「さぁ、もうすぐ着くぞ。着いたらまずは腹ごしらえに牛丼だな」

「また~?」

 僕は不抜けた声を上げながら神谷の意見に乗っかる。

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