◀︎▶︎5プレイ

期待を膨らませて神谷の後を付いてきた僕は絶句した。

「ここって……」

 神谷が入った場所は会社でもなければ働く場所でもない。神谷が訪れたのは先程来ていたゲームセンターであった。

「よし、行くか」

「ちょっと待った!」

 神谷は慣れた感じでゲームセンターに入ろうとするが僕は静止を促した。

「何?」

「何? じゃないよ。今から神谷は仕事をするんじゃなかったの?」

「あぁ、そうだよ」

「だったらなんでゲーセンに来るの? おかしいだろ。こんなところに来ても稼げる訳ないだろう。馬鹿にしているのか!」

 僕はいてもたってもいられず早口になりながら怒りをあらわにした。昼飯まで奢ってまで神谷の職業の謎が知りたくてわざわざ付いてきたというのについた先は先程のゲーセン。怒りを通り越して拍子抜けしてしまった。期待を裏切られたというよりもとんだ時間の無駄という方が大きかった。

「まぁ、そう言うなよ。そのうちわかるから騙されたと思ってついてこいよ」

 既に騙された気分が大きい僕には無意味な引きつけである。期待はずれということでこのまま帰ってやろうかと思った。しかし、奢った分はしっかりと返してもらわないと気が済まないので帰るに帰れない状態になってしまった。

 神谷は人差し指で来いといった感じでジェスチャーしながらゲーセンに入店した。仕方なく僕もそれについて行く形になる。店内に入った神谷はさっそく1階のクレーンゲームの台を回り始めた。これは僕が知っている神谷の行動の一つだった。じっくりと台の中身を物色する。神谷の後ろを歩いていた僕は突如、神谷の背中にぶつかる。

「急に止まらないでよ」

 と、僕は声を漏らすも、神谷は無言である一点を見つめていた。僕は神谷の視線の先に目を向ける。

「ママ! まだ取れないの? クマちゃん欲しいよ」

「ちょっと待っていてね。取ってあげるからこれ、お金崩して来てくれる?」

 神谷が見ていたものはひと組の母と娘の親子だった。母親はどうやら娘の為にクマのぬいぐるみを取ろうと格闘中だ。しかし、母親は娘が崩した百円玉を全て使ってもまるで取れる気配がしない。その様子に娘は徐々に涙を浮かべる。母親はなんとか取ろうとするのだが、うまくいかない様子である。それを見兼ねた神谷は親子の元に近寄る。

「奥さん。この台は回数を重ねて地道にずらしていくパターンのやつだよ。そんなバカ正直に一回で掴もうとしても取れるはずないよ」

「あなたは……」

 母親は背後に現れた神谷の存在に不信を抱く。

「クレーンの達人さ。お嬢ちゃん! お兄さんがそのクマ取ってあげるよ」

「え? いいの?」

 取ってあげると聞いた瞬間、娘さんは目を輝かせながら神谷を見た。

「ちょいと失礼! 奥さん」

 そう言って母親を退かして神谷は自分の小銭入れから五百円玉を投入した。五百円入れると通常五回のところ六回できるのだ。一回分得してやれるということになる。神谷は慣れた手つきでアームを動かすボタンを押す。いつも目が細いので間抜けそうな顔をしているのだが、ゲームをしている時の神谷の目つきは鋭く見開いていた。二、三回プレイしたところでスタートの位置から落とし口の方にずれているのがわかる。良いところまできたところで神谷は『突き刺し』をした。その名の通り、アームの爪で景品に刺すように降下する力で出口に落とす手法である。全て計算通りといった感じでクマのぬいぐるみは落とし穴に落ちるように転がった。見事五百円で獲得したのだ。それを見ていた娘さんは大はしゃぎである。神谷は自販機からジュースを取るかのようにクマのぬいぐるみを拾い上げた。

「はい。クマさんだよ」

 神谷は娘さんにクマのぬいぐるみを差し出した。なんだ。子供の為にぬいぐるみを取ってあげるなんて良いところがあるではないかと少し関心をしていた。良いところを見させてもらったと思いきや、僕は予想外の展開に目を疑う。

 神谷は娘さんにクマのぬいぐるみを渡そうとした瞬間、ヒョイっと高く上げて勿体つけたのだ。そしてこう言った。

「奥さん、これ、千円でいいですよ。どうしますか?」だった。 まさかの売りつけである。当然、奥さんも僕と同じような反応をしていた。え? くれないの? と、いった感じである。

「もしかしてタダで貰える……なんて都合が良いこと考えていました? それは少し甘いんじゃないんですかね? なんでワイが見ず知らずの他人の為に自分のお金でわざわざ取ったものをあげなくてはならないんですか? 当然、ここはそれなりのお金を貰わなければ不公平ではありませんか。そう思いませんか?」

 確かに神谷の理論としてはもっともな意見だが、だからと言ってこの場の流れでそれはどうかと僕は思う。娘さんは取り上げられたクマのぬいぐるみを見つめる。欲しいという視線を母親に送っているのだ。母親は言葉を詰まらせながら財布を取り出し、千円札を一枚抜き取った。

「分かりました。買い取らせて貰います。受け取って下さい」

 と、母親は神谷に千円札を差し出した。

「毎度あり~!」

 神谷は大人げなく母親から千円札を人差し指と中指だけで受け取った。その笑顔がなんともいやらしい。

「お嬢ちゃん! はい、これ。クマさんだよ」

「わーい! お兄ちゃん、ありがとう」

「いえいえ。当然の事をしたまでです」

 当然の事をしたならお金を取るなと僕は心の中でつっこむ。母親は呆れて苦笑いをする始末だ。しかし、僕の目から見てもおそらく母親はクマのぬいぐるみを一生取れなかっただろう。初心者が大物を取ろうとするのもどうかと思うが、目の前の娘にお願いをされては取らない訳にはいかないといったところだろうか。ある意味、財布の中身が無くなる前に千円で取れたと考えれば得したのかもしれない。親子は、特に娘さんは満面の笑みを浮かべて店を後にした。

「五百円の儲け!」

 神谷は嬉しそうに僕のところに戻ってきた。

「あの……もしかして働いているっていうのはそんな、せこい事をして稼いでいるってことなんじゃ……」

 僕は目を細めながら神谷に問いただす。

「んな訳ないじゃん。それにせこくないし、立派な交渉だし、その疑うような目、やめてもらえる?」

「じゃ、一体なんの仕事を?」

「わかった。教えるから!」

 そう言った神谷は別の台に百円玉を投入して遊び始めた。何を教えてくれるのだろうか、僕はそっと見守ることにした。

 神谷は百円で通常のサイズよりもビッグサイズのお菓子を一回で取ってしまった。見栄えは食べごたえありそうだが、中身を開けてしまえば通常のサイズのものが何個か入っている期待はずれの景品だ。ちなみにこのようなビッグサイズのお菓子はゲームセンターの景品限定なので持っているだけでネタになる。

「ワイの仕事はこれを売ることや!」

「ん?」

 僕は神谷の言っている意味が分からず首を傾げる。お菓子を売っているのか? 神谷は駄菓子屋を経営でもしているのだろうか? 仮にそうだとしてもそんなに儲かるとは思えない。普通に考えてリーマンよりは給料は少ないはずだ。

「ん? や、ないわ! だから、ワイはゲーセンで取った景品をネットで売ること。それが仕事」

「ネットで売る……オークションのことか」

 ヤフオクとも言われており、誰でも気軽に買うことや売ることができるサイトのことであり、個人同士のやりとりの為、値段交渉や直接買うことも可能。中にはプレミアな商品を安く買えたりお宝が眠っていたりするので多くの人が今、利用している。自分には価値がなくても他人には価値がある物も中にはある。そういった一石二鳥もあるが売る立場としては難しいところもある。凄い人ではそれで生活も出来てしまうから奥が深いのもまた一つ。神谷はそれで生活ができるというのだろうか。

「ゲーセンの景品は取れない奴からしたら喉から手が欲しいものだ。そこが狙い目だ。商品は沢山あるから後は売るだけ。こうして毎日、安易で景品が取れれば損することなく儲けられるという寸法さ。ただこれには才能がいる。いくら賭けて取れたとしてもその賭けた金額以下で売れば損する。必ず数回で取れなければ意味がないのさ」

「そんな裏ワザで稼いでいたのか。てっきり親のすねかじりか、犯罪に手を染めているのかと……」

「なんでやねん!」

 と、神谷は関西人のような突っ込みを入れる。

「クレーンの才能を極めるには経験がいる。ワイは子供の頃から経験を積んで今がある。ちなみにワイはクレーンの達人! 達人だけに」

 なるほど。神谷の下の名前は『達人』と書いて『たつひと』と読む。それをクレーンの達人と言ってしまった。うん。うるさいわ。どうでもいいと僕は思う。しかも、達人というものは『自称』ではないのか? そんなので達人と呼ぶものどうかと思う。だが、僕の目から神谷の才能は桁外れに凄い。そのへんの一般人にしてはかなりうまいのだ。達人というほどの実力があるのは見て取れた。

「鈴木! そこで改めてなんだが、ワイと共にコンビを組んでくれないか?」

 神谷は唐突そのようなことを言った。

「コンビって一緒に取った景品を売る手伝いをしろと?」

「いやいや、この仕事は一緒にやるつもりはない。むしろこれはワイだけの手法だから鈴木にはやらせたくない」

 さり気なく酷いことを言う神谷だが、なら一体なんの仕事をしようというのだろうか。二人だけで企業を起こそうとでもいうのだろうか。僕は不安が募りながら質問する。

「じ、じゃ、なんの仕事をするつもり?」

「鈴木! ワイと一緒にYouTuberのコンビを組んでくれ」

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