牙の王たれや、狼。

青条 柊

〝召喚直後〟

バーさんへ。俺は俺だ。

 俺は犬が好きだ。だけど、猫は大嫌いだ。

 故に俺の座右の銘は『犬は撫でる、猫は屠る』だ。いいだろう?

 因みに俺の名前は犬山桐吾だ。家の近くに大きな桐の木があったらしい。その木を妙に気に入ってたバーさんが付けたらしいんだ。もうねーけど。

 ついでに言っとくと、俺はバーさんの養子だ。拾われたんだと。孤児院でよちよちしてんのが気に入って里子として育て、養子にしたんだとよ。ありがたや?

 バーさんは結婚してなかったらしい。んで、俺を拾った時にゃあもう五十八だったらしーし、二日前に急死したときも、びっくりしたが不思議じゃあなかった。哀しくなかったわけじゃねーけど、そんな気もしてたから、取り乱したりはしなかった。葬式をやる金なんてねー。というか、在るかどーか分かんねー。俺は十七、高校もあと半年だが、大学に行く気はなくなった。大学受験はせずに、今頑張って就職活動を始めた。今は十月だ。そろそろサンマが美味いんだが、食えるかは分かんねー。

 うちのワンコも三か月前に逝っちまったし、この家にあるもんはもう一つも生きてねー。

 バーさんは死んだら開けろって言い残した箱を三年前から戸棚の中に入れてたが、まだ開けてねー。

 理由?

 んなもん、鍵がどこにあるか分かんねーからだ。

 バーさん、鍵の置き場所俺に言ってねーから俺が今、右往左往してんだよ。マジ勘弁だよ。

 頬の汗が嫌に速く流れ落ちるがそんなこたあ気にしねー。

 前が見えないのだって関係ねー。

 落ち着いて一息ついた。やっと後始末が終わったっつーんだ。少しぐらい一人で月を見ててもいーじゃねーか。バーさんは、今頃どこにいんのかね。月の方まで行っちまったかね。出来るならそっちがいいよな。地の下まで行っちまうより、あんな優しい人は空の上まで昇ってけってんだ。

 バーさんが行かなきゃ、誰が行くっつーんだよ。少なくとも俺には無理。俺がそっちに行けるように、バーさんは空に昇っとってくれよ?

 縁側から見る月はきれーだ。

 明日から俺はここで一人だ。仕事が決まるまでは生活保護が出るらしーけど、頼らずにさっさと仕事見つけて自立しよう。バーさんの家は手放さねー。他の何でも売ってやる。けど、バーさんの家だけは残しとくっつーんだ。俺は俺だ。俺のやりて―ように生きていってやる。

 見てろよバーさん。

 俺はいずれ、一人で生きていけるようになって、余裕が出来たら犬を飼うんだ。

 この家で、静かに、犬飼って、養子見つけて。

 バーさんよりいい人になってやる。

 でも、猫は勘弁。アレルギーだし、可愛くねー。

 絶対犬だ。

 犬一択だ。俺はバーさんに貰った犬山って名字も好きなんだ。

 この家と、名字と、この夢だけは捨ててやるか。

 捨てて堪るものか。

 

 そうやって俺が決意した、次の日。午前十一時二十二分。

 授業と授業の間。教師が居なくなり、何人かの生徒もどっかに行った。

 俺がぐでーと机に突っ伏した瞬間、どこかで聞き覚えがある様な、無い様な声が頭に響いた。

 

 ―――――あなたが、という執着はありますか

 

 俺は咄嗟に答えられた。

 何せ、昨日の晩に考えたばっかりだ。

 ―――――バーさんの家と、俺の名字と、夢だ

 俺は次の瞬間、顎を思いっきり打ち付けた。

 まるで机がなくなったみたいに。

 呻きながら立ち上がると、目に入ってきたのは、いずれも突っ伏したり、転んだりしているクラスメイトの姿。

 そして、見知らぬおっさんとなんか豪勢な壁。

 「ここ、何処だよ」

 誰かが呟いた。どーかんだ。俺にゃ分かんねー。

 

 「初めまして、勇者様とそのご友人のお方々。私はオーレー・ナム・ラバールト。皆様をここへ連れてきた人物です。貴方方には、申し訳ございませんが、この国の民のために戦っていただきたく。我等がシンフォード聖王国は危機に瀕しているのです」

 おっさんがなんかゆーとるわ。

 なんかしんど。寝よ。

 俺は現実逃避ともただの睡眠欲ともいえねー眠りに陥った。

 そして出会った。


 神を名乗る老け顔のじじいに。

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