再会

 十数年の長きにわたり、一隻も船を迎え入れることがなかった巨大な港に、この日ようやく一隻の帆船が滑り込んだ。


「おーーーぅい! リーズ様~っ! アーシェラ~っ! 達者だったかーーっ!!」

「ヴォイテクーーーーーーっ!! お疲れさまーっ!!」


 船の上から大きく手を振る船長ヴォイテクに対し、埠頭にいるリーズもピョンピョン跳ねながら出迎えた。

 リーズの横にいるアーシェラも、ヴォイテクたちが無事にここまでたどり着いてくれたことで、安堵の気持ちでいっぱいのようだ。

 しかし、同時に「リーズの母親と対面する」時がいよいよ迫ってきたということでもあり、そのことへの緊張もあった。


(いや、細かいことは実際に顔を合わせた時に考えればいい。まずは、ここまできたヴォイテクたちを迎えてあげないと)


 アーシェラは気分を切り替え、ヴォイテクの指示に従って船を港に係留するための準備をリーズやレスカたちと共に行った。

 普通、こういう作業は港にいる作業員が行うのだが、今は無人なので陸にいる彼らがロープを結んだりするほかない。


「ヴォイテクさん、悪いけれど僕たちは5人しかいないからなかなか作業が進まない。船の中から何人か手伝いをお願いできないか?」

「ああ、俺も今同じことを考えてた! 今から部下を何人かはしごで下ろすから、手伝わせて――――」

「オシゴトするのー? セティーもおてつだいするーーーっ!!」

「あっ、こら! 勝手に動くなって言ったろー!?」


 作業のために船乗りを何人か船から降ろすとしたところ、褐色の少女――イムセティがヴォイテクの制止を無視して勝手に船から飛び降りた。


「あ、あぶないっ!?」


 船の甲板から埠頭までの高さは二階建ての家に匹敵する。

 そんな高さから年端も行かない少女が飛び降りてきたので、リーズが慌てて彼女をキャッチしたのだった。


「わーいわーい! ありがと、uraウラアのオネイチャンっっ! えへっ、えへへへっ♪」

「う、うん……気を付けてね? えへへ」


 見たこともない肌の色の少女が、まるで犬のように甘えてくるので、リーズは困惑しっぱなしだ。それに、少女を抱いているとまるで湯たんぽのような熱を感じる。


(異国の……少女? 一部の言葉がわからないし、それにこの格好…………)


 リーズの隣にいたアーシェラも、動揺を隠せないでいた。

 何しろ、イムセティは冬にもかかわらずとんでもない薄着なものだから――


「そんな恰好で寒くないの!? ほら、よかったらこれを着て! 風邪引くよ!」

「カゼ?」

「あー……アーシェラ。そいつなら大丈夫だ。南の島にいる「火の巫女」らしくってな、火の力でどんなところも寒くないらしい。とにかく、勝手にどこか行かないように暫く見張っててくれ」

「なんとまあ……」

「オニーチャンはいいにおいする! おいしいのー?」

「うわ、本当に体が熱い! 風邪ひいてるとかじゃなくて!? あと、あまり抱き着かないでほしいんだけどっ!」

「シェラは食べ物じゃないから、離れて離れてっ!」


 人懐っこすぎる少女のせいで、多少のすったもんだはあったが、彼女の世話は同じくノリがいいフィリルに任せてリーズたちは船の接岸作業を続けた。

 そして、ようやく安全に固定されたことを確認すると、甲板から埠頭に降りるための端が渡された。


(さて、いよいよか……リーズのお母さんはどんな人なんだろう)


 緊張の面持ちで立つアーシェラ。

 彼の隣に寄り添うリーズが握る手の力が少し強くなる。


 やがて、ヒョロ長の水兵に案内されながら、ほかの水夫とは明らかに服装が異なる5名の女性がゆっくりと橋を降りてきた。

 そのうちの3名は使用人の服を着ているので、母親たちに仕える侍女たちなのだろう。

 そして、彼女たちの先頭を歩くのが長い茶髪を後頭部で纏めた妙齢の女性で、そのすぐ隣にいるのはリーズとちょっと似た雰囲気がある紅髪の女性であった。


 彼女たちの姿を見たアーシェラは、一瞬「おや?」と拍子抜けした。

 見た目の年齢から判断して、最年長の人がリーズの母親であり、リーズに似ている女性が姉なのだろうが…………以前リーズから話を聞いている姉――次女ウディノはなるほどそれらしき雰囲気が遠目でもわかるのだが、母親に関しては「勇者リーズの母親」というオーラと言うか、雰囲気のようなものが一切感じられない。

 しかし、そのゆったりした優雅な足取りは、まさしく王国貴族そのものであり、ほとんど異国の地に降り立つというのに緊張した様子がないのもただものではない。


 リーズとアーシェラの前に立つ、リーズの母親マノン。

 長い間顔を見ることすらなかった親子の間には、数秒の間沈黙が流れるも、リーズ買いを決して口を開いた。


「…………お母さん」

「お帰りなさい、リーズ。ずいぶん大きくなりましたね」

「うん……ただいまっ!」


 リーズはゆっくりと母親に近づくと、やや遠慮がちに抱き着いた。

 対するマノンも、リーズを拒むことなくふわりと抱きしめ、優しく頭をなでてあげた。


(リーズは……お母さんのことをほとんど覚えていないと言っていた。それはきっと正しいんだろう。それでも、リーズにとっては血のつながった母親なんだ)


 最悪な事態に備えて、あらかじめいろいろ考えていたアーシェラだったが、ひとまずリーズとその母親が自然な形で再開することができて、今度こそ心の底から安心することができた。


 騎士の月23日――――勇者リーズは、この日ついに離れ離れになっていた家族と再会することができた。

 まだ父親や兄たちが王国に残っているため、完全とは言えないものの、母親と姉を王国の魔の手から取り返すことができたのはとても大きいだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る