騎士の月20日目――――

 早いもので、村を出発してすでに8日が経過していた。だが、ここまでかかった時間の大半は「準備」のようなものであり、本当の意味での探索はこれから始まる。

 悠長かもしれないが、急ぐ必要もあまりなく、人数も物資も乏しい今は、焦らないことが肝要だとアーシェラは信じていた。


「おぃーっす、空の上からバッチリ見てきたっス!」

「ありがとうボスコーエンさん。何か気になるものはあった?」

「魔神王の爪とか見えた?」

「いんや、リーズさん。少なくともリーズさんが言ってた大きなどす黒い結晶はどこにもなかったっスね。ただ、いくつか気になったモンがあったんで」


 朝早くから拠点を出発した一行は、リーズたちが徒歩で港に向かっている間にボスコーエンが先んじて上空から偵察を行い、ある程度探索の目標を絞ることとなった。


 ボスコーエンがアーシェラからあらかじめ頼まれていた調べ物は、大まかに3つあった。

 まずはリーズが一番気にしていた「魔神王の爪」の有無。

 瘴気の発生源が町の中にあるのなら、それを優先的に破壊しなければならない。


 幸い魔神王の爪のようなものは、上空から見た限りは存在しないことが分かった。

 次に、ヴォイテクが乗っている船が停泊できる桟橋があるかどうかだが、さすがはかつて交易で栄えた港町だけあって、入港できそうな場所はいくらでもあるようだった。


 しかし、一つだけ不安になる要素が見つかった。


「瘴気の影響をうけねぇギリギリまで降りてみたんスが、あっちこっちの瓦礫の中で何かがガサゴソ動いているのが見えたんでさぁ」

「あっちこっちに…………? なんだろう、魔獣かな……?」

「そういえば前村長さんが話してたのを思い出したんだけど、カナケル王国が滅びるときにこの港に大勢の人が押し寄せて、そのほとんどが船に乗れなくて脱出できなかったんだっけ。ということは……………」


 フリッツの言葉に、全員押し黙ったまま顔を見合わせた。


「は……ははは、まさか……幽霊なんてこたぁ……」

「さ、流石にそれはないと思うよ、うん……たぶん」

「そうそうっ! リーズが邪神教団と戦ったときも、伝説に出てくる不死者アンデットは見なかったもん!」

「そうだよねっ! 死体は硬直するから、動くなんてありえないもんね!」

「まあ落ち着け。動いているということは、少なくとも実体はあるわけだろう? 殴れるなら、不死者だろうが何だろうが私の敵ではない」


 まるで何かをごまかすかのように、恐れるものはないと意気込むリーズたち。


 この世界では、魔獣は存在するが不死者や亡霊と言ったものは基本的に存在しない。

 もっとも、妖精や精霊のようなものは一応存在するのだが、かつて人間だったものが死んでその死体がよみがえったり、魂だけの存在になることはないのである。

 邪神教団と言えば死霊術士ネクロマンサーみたいなものがいてもおかしくなさそうだが、今のところ死体を操る術はない。


 まあ、逆に言えば勇者リーズですらそういった不死者的な存在には慣れていないわけで、ましてや何かと験を担ぐ船乗り……ボスコーエンは、お化けの話が苦手なのである。


「とりあえず、幽霊や不死者アンデットじゃないとして、ならば何がいるんだろう? あの瘴気が充満する環境で生きているということは、魔獣以外にないと思うんだけどなぁ? シェラはどう思う?」

「わからない…………警戒しながら進むしかないと思う。場合によっては、奇襲されないように瓦礫を一掃しながら進むしかないかもしれない。その時はリーズ、頼んだ」

「うん! リーズに任せてっ!」


 何か正体不明の物が待ち構えている…………

 どれほど危険かわからないのがもどかしいが、彼らは臆することなく港町へと突入していった。

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