襲撃
港町ルクリアは、旧カナケル王国最東端に位置する港町であり、山向こうの国々から一番近い重要な交易拠点でもあった。
ルクリアで荷揚げされた品物などは、町の中心部を流れる川を遡って、アーシェラの故郷だったジュレビの町の貴族たちのところに運ばれていたようだ。
また、漁業も盛んだったようで、貿易港の隣には漁港も整備されていたという。
こうしてルクリアには大勢の人々が国内外から集い、それに合わせてこの街の商業も住宅地も大いに繁栄を遂げていた。
旧カナケル王国が滅亡するその時までは―――――
「見るも無残、とはこのことか……」
「これは将来立て直すのも一苦労しそうだ」
ジュレビの町とは比べ物にならないほど、あたり一面に広がる廃墟の数々は、将来この地を港町として再利用しようと考えていたアーシェラに、一筋縄ではいかない挑戦状をたたきつけているように見えた。
王都アディノポリスでも見られた、平民が暮らす5階建て以上の
また、港内に充満する瘴気が空気を濁らせるのか、あらゆる悪臭が混ざった非常に不快なにおいも漂ってくる。
一応、リーズやアーシェラは冒険者家業でこういった光景になれており、レスカ姉弟やフィリル、それに船乗りのボスコーエンも普通の人以上に悪臭への耐性はあるものの、やはり不快感はぬぐえない。
「あの、村長…………あそこの街路、地面に穴が開いてるように見えるんですけどっ! なんででしょうか!? 魔獣の巣ですか?」
「そうか、ルクリアの町は一応下水道もあるのか。そうなると、場所によっては地面が陥没する可能性もある…………みんな、とりあえず手に何か長いものを持っておこう。下水道が朽ちて道が突然崩れるかもしれないから、前に進むときは必ず足場を確認するように」
「わかった、シェラ!」
田舎出身のフィリルは「下水道」の存在自体を知らないので、町の中心にある道に大穴が開いている光景は異様なものに映ったことだろう。
「暗渠」と呼ばれる地面の下にできた水道は、町の開発とともに土地が不足する上で、もともと開けた水道の上に道路や建物を無理やり作った例が多く、年月が経ってメンテナンスを怠っていると、目の前の道路のように崩落が起きてしまう。
町に張り巡らされている水道図なんてものは当然存在しないので、探索する際には足元にも注意しなければならないだろう。
十数年前までは大勢の人が生活していた場所だったというのに、古代遺跡探索もかくやという難易度になってしまったようだ。
「ボスコーエンさんは、引き続き上空から危険がないか見てほしい」
「了解っ! 任せてくんなせぇ!」
「僕とフリッツは主に解呪に集中するから、リーズとレスカさんは前衛をお願い。フィリルは主に後方への警戒を頼んだ」
事前の偵察で、瓦礫の中に何かが潜んでいる可能性が高いのはわかっている。
以前テルルの捜索に当たったときは、見通しのいい湿地帯だったので、周囲を警戒する人数は最小限で済んだが、廃墟が乱立する見通しの悪い場所では、相手がどこから来るかわからない上に自分たちの行動範囲が限られてしまう。
特によろしくないのが、深入りしすぎて包囲され、退路を断たれること。あと、探索人数が6人しかいないので、相手の数が多いと多勢に無勢だ。
いくらリーズがいると言えども、無限に相手できるわけではないのである。
リーズたちがあたりの安全を確保しつつ解呪を進めていると、すぐに今まで見たことがない魔獣を見つけた。
「シェラっ!! あそこっ、穴から大きなネズミが!!」
「ネズミ……! もともと住んでいたネズミが瘴気に適応して魔獣化したのか!」
「強くはなさそうだが、あれが魔獣化したとなればなかなか厄介だぞ」
崩落した下水道からひょっこり姿を現したのは、子犬くらいの大きさで黒い体毛と血のように赤い目玉を持つネズミの魔獣だった。
アーシェラが言う通り、かつてこの街に蔓延っていたドブネズミが瘴気に適応したようで、餌に乏しい廃墟の中でもしぶとく生き抜いていたようだ。
今までにネズミが魔獣化した例は色々あるのだが、目の前にいるのは図鑑には載っていない比較的新しい種のようだった。
「なんてふてぶてしい表情……あたしがその憎たらしい顔を射抜いてやるっ!」
「まったフィリル、今は攻撃している場合じゃない」
「シェラ、もしかしたら一回戻った方がいいかもしれない! あっちこっちからこっちに向かってくる気配がする!」
「鼠算式という訳か、思った通りだ。村長、一度退くぞ、下手をすると囲まれる」
リーズたちの判断は早かった。
ネズミの魔獣は下水道の穴のみならず、周囲の廃墟の隙間から次々と顔を出し、侵入者たちを取り囲もうとしている。
今迎撃しても戦えないことはないが、今ここで下手な消耗をすべきでないと判断した彼らは、隙を見せないよう速やかに町の入り口まで後退することにしたのだった。
人間たちが後退していくのを見た魔獣の群れは、勝てると踏んだからか、一斉に穴やがれきから飛び出し、彼らの後を追いかけた。
次から次へと湧いてくる黒い群れは、もはや数える気にならないほど膨大な数で、あの時撤退していなければリーズたちは忽ち包囲されていただろう。
「うへえぇ、すごい数! 矢の数が絶対に足りないですよっ!」
「あわわ……足も速い! 追いつかれたらどうしよう!?」
「フリ坊、私が負ぶってやるから乗れ」
「姉さん、でもそれじゃあ戦いにくくなって――」
「言ってる場合か、近付かれるまで悠長に武器を構えてる暇はない。嫌と言っても運んでやるぞ!」
「わっとっと」
撤退する際、フリッツだけ若干足が遅かったのでレスカが無理やりお姫様抱っこして運ぶことになった。
「いや、足が速くなる強化術をかけようととしたんだけどね……まあいいや、ボスコーエンさん、空から見て魔獣の群れはどうなってる?」
「アーシェラさん! とんでもねぇ数だ! あとからあとから湧いてきやがる!」
「後ろ以外からの方向からは何か来てる?」
「いんや、後ろからだけっス」
「ならいい。このまま町の入り口の門までひきつける」
リーズたちが探索していたのは町の入り口からすぐのところだったので、さほど時間がかからずに後退完了した。
ネズミの魔獣の群れは、相変わらず一直線にこちらに向かってくるものの、ボスコーエンによれば側面から回り込んでくる群れは見えない。
「よし、もういいだろう。リーズ、やっちゃえ!」
「おっけーシェラっ! いっくよーっ!!」
先頭がもう目前まで迫ったネズミの群れに対し、リーズは右手を正面に掲げ、そこから光魔術『パニッシャー』が放たれた。
勇者の放った破壊光線は、縦長に伸びた魔獣の隊列を真正面からぶち抜き、数十メートル先の最後尾まで一気に貫通。
考えなしに突撃してきた魔獣の群れは、勇者の一撃により8割近く消し飛んだのだった。
「相変わらず見事だリーズ!」
「うん、でもまだ全滅してないから、残ってるのを片付けるよっ!」
「やっべー……魔神王を倒した勇者様なのは知ってっけど、実際に見るとまじヤベー」
一瞬で群れのほとんどを消滅させられた魔獣たちの群れの反応は様々だった。
仲間が消し飛んで戸惑う個体もいれば、それでもなお侵入者に襲い掛かろうとする個体もあり、一丸となって動いていた時の衝力は完全に失われた。
魔獣となったとはいえ、一体一体のネズミは呆れるほど弱く、バラバラに向かってくる残党たちは、レスカやリーズたちの手によってあっさりと倒されたのだった。
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