狙われた商人
グラントとの秘密の会合を行った翌日も、マリヤンは朝から忙しそうに王都アディノポリスの各所を走り回っていた。
本来ならあと1か月余裕があるスケジュールを前倒ししているせいで、その忙しさは半端ではなく、おまけに計画を大幅に変更したことの不確定要素が増えたため、だいぶ疲労が重なっていた。
「あぁ…………もう、くたくたぁ…………でも、これでいったんは落ち着ける、かな?」
王都に隣接する港で、あらかじめ追加発注をしていた品物を船から馬車に積み込む間、マリヤンは積み込まれる荷物をボケーっと眺めながら、遅めの朝食として丸焼きにした玉ねぎを丸かじりしていた。
そんなマリヤンの様子を見て、品物を運んできた船の船長が心配そうに声をかけてきた。
「おいおい、大丈夫かマリヤン……? 目がイっちまってるぞ?」
「だってぇ…………王都にいると、一瞬も気が抜けないんだもん。できることなら、このまま
「そうか……一緒に戦ってた頃は、正直あんまり戦いに向いてねぇ奴なんじゃないかって思ってたが、意外とタフガイなんだなお前」
「まあね…………」
荷物を運んできてくれた船の船長のヴォイテクは、同じ勇者パーティーの二軍メンバーとして戦った同志であり、今はアーシェラからもらった報酬で自分の船を買い、南部地域で船団を率いている。
ついこの前までは、持ち前の冒険心でここからはるか南にある、異民族が住む島に行って現地人と意気投合して半裸でドンチキやっていたのだが、最近になって仲間からの要請を受けてマリヤンのサポートに当たっているのである。
特に、ヴォイテクが異民族と交易して手に入れた南方諸島の珍しい品々は、王都の貴族たちに大好評であり、こうして追加発注をかけなければならないほど飛ぶように売れた。
そして財布の紐が緩くなれば、いずれ口まで緩くなり…………特に直接政治的責任のない家族たちが、王都にまつわる「ここだけの話」をぽろっと話してしまうのである。
「とりあえず、できる限りの手は打った………。少なくとも、これでリーズ様の家族が人質に取られるっていう、最悪の状況はありえない…………はず」
「そうか……俺がこんなこと言うのもアレだが、あまり深入りしすぎるなよ? 何かあって死んだら元も子もないからな」
「ええっと、いやほんっっとに、ヴォイテクさんだけには言われたくないんですけど!! 思い付きで未開拓の土地を冒険しに行くってっ聞いたときは、正気の沙汰とは思えなかったんですからねっ!!」
「はっはっは! 俺が嵐の大海原に突っ込むなら、そっちはまるで底なしの毒沼に突っ込んでいくようなもんだからな! お互い様お互い様!」
マリヤンとヴォイテクがそんなたわいのない話で盛り上がっていると、マリヤンの商売の護衛を務めている傭兵の代表が、彼女に会いたい人がいると報告してきた。
「ご主人様。どうしてもお会いしたいという方がいらしたのですが、いかがなさいますか?」
「あたしに会いたい人? こんなところで? どんな人?」
「はい、ジュアンクール家のアイネ様です」
「は!? あ、アイネさんが!?」
マリヤンに会いたがっているのが、あの「黒天使」アイネだと聞いて、彼女何とも言えない顔でぎょぎょっと驚いた。
その表情が一種の顔芸となったからか、目の前にいたヴォイテクは、あまりよくない事態にもかかわらず思わず吹き出してしまった。
「ぶっ……お前、いくらなんでも慌てすぎだろ!」
「そ、そういうヴォイテクさんは何とも思わないんですか!?」
「あーうん、まあ、思わないこともないが、今は堂々としていたほうがいい。……気をつけろよ」
「は……はひぃっ」
今のところ危ないのはヴォイテクも同じなのだが、彼はそんなことを微塵も感じさせず、何もやましいことがないかのように堂々とふるまっていた。
さすが海の男だけあって、その度胸は大海のごとく大きい。マリヤンはそんな彼の態度を見て、少しずつではあるが落ち着きを取り戻しつつあった。
(そうだ…………あたしだって、覚悟の上なんだから。今更命が惜しいとか言ってられない)
意を決したマリヤンは、一度手鏡を取り出して自分の顔から不安の色が消えたことを確認すると、傭兵たちとともにアイネと会うことにした。
「マリヤン! こんなところにいたのね! 探しちゃったわ!」
「おはようございます、アイネさん。いま、追加発注した積み荷を受け取ってたところなんだけど、あたしに何か用ですか?」
「いや、ちょっと……急で悪いんだけど、マリヤンからお買い物したいっていう人が、私の家に大勢来ちゃって。明日の舞踏会を着飾るためのアクセサリーとかが欲しいんだけど、午後には来てくれるかな?」
「ええぇ~……午後ですかぁ!?」
港の入り口で落ち合った元一軍メンバーのアイネは、どこかそわそわした態度で、マリヤンに商品の購入を持ち掛けてきた。
それに対しマリヤンは、露骨に嫌そうな顔をした。
(午後って…………前々からこの日の午後はダメって言ったはずなのになぁ。でも、わざとだとしたら、それはそれで…………)
というのも、この日の午後はあらかじめ「外せない用事がある」と方々に言ってあるはずで、しかもその用事というのが「リーズの実家で商取引を行う」というものだった。
にもかかわらずアイネは、その予定に横入りするように取引を持ち掛けてきたのだから、マリヤンも困惑するほかない。だが、当のアイネはなぜか一歩も引かない姿勢だった。
「あの、アイネさん…………あたし、言いませんでしたっけ? 今日の午後は勇者様のお母さまにお会いする約束だったって」
「ごめん! あたしだって、その……申し訳ないなと思う訳よ。でも、あたしだって宮仕えの貴族だし、上の方には逆らえないわけよ…………それで察してくれないかな?」
(なるほど……アイネさんは誰かに命じられて、あたしを無理やりにでも引っ張ってこさせようとしてるわけか。しかも、アイネさんに強い命令を下せる立場……となれば、相手は少なくとも公爵家以上になりそう。あれ、これ…………思ってた以上に絶体絶命じゃない? あたし)
強烈な嫌な予感がマリヤンを襲う。
だが、ここで拒めば相手がどんな強硬手段を取るかわかったものではないし、せっかくの計画が色々台無しになりかねない。
相手がここまで見越してマリヤンを誘っているのだとしたら、謀略を練った人物はアーシェラに匹敵する知略の持ち主の可能性もある。
マリヤンは意を決し、
「はぁ…………わかりましたよ。正午前には向かいますから、早めに切り上げさせてくださいね」
「いいの!? やったぁっ、ありがとマリヤン! これであたしも怒られなくて済むわ!」
「まったく……行くからには、冷やかしは許しませんからねっ! これで向こうの約束に遅れでもしたら、信用問題なんですからっ!」
ぷりぷり怒りつつも、マリヤンは荷物を積み込んだ複数台の馬車を呼び寄せ、急いで出発の用意をさせた。
安心したような表情のアイネに呆れながら、ちらっと後ろを振り向いて、埠頭の方に視線を映した。
荷物を持ってきたヴォイテクの船は、用が済んだ後、さっさと抜錨して大海原の方に帰って行ってしまった。
(ヴォイテクさん…………もしあたしに何かあったら、その時はお願いします!)
どんどん小さくなっていく船の帆に希望を託し、マリヤンはアイネと共に王都へと向かった。
果たして、この先で彼女を待っているのは―――――
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