舞踏
以前――――リーズがアーシェラと結婚する前にデートをすることになったその前の日に、リーズはミルカから施された化粧でアーシェラを一瞬沈黙させるほどの美しさを見せたことがあった。
しかし、その時のリーズの化粧はまだ本気ではなかった。それゆえアーシェラも何とか理性を保てたのだが、少し威力を落としただけでも、同性のミーナですら惚れてしまうほどだった。
この日の夜、満を持してアーシェラの目の前に現れたリーズは、とうとう持てる本気をすべて使って、アーシェラと相対したのだった。
「えへへ……どうかな、シェラ? その……似合ってる?」
そう言ってリーズは、期待と緊張で真っ赤になった笑顔と共に、オレンジ色のドレスの裾を両手でくいっと持ち上げた。
リーズが着ている美しいオレンジ色のドレスは元々はイングリッド姉妹が持っていた一着で、ミルカがこの日のためにわざわざリーズ用に詰め直したものだった。
よく目立つリーズの紅色の髪と明るいオレンジ色が見事にマッチして、まるで彼女自身が太陽になったのではと思わせるほどの存在感を作り出している。
そして何より、ミルカの化粧によって急激に色気が増したリーズの顔は、リーズに惚れ切っているアーシェラの心をさらなる深みへといざなってきた。
桜色に染まる頬、宝石のように輝く金と銀の瞳、小ぶりな唇、そして大好きなアーシェラに見てほしくて期待に染まった表情…………何もかもが、アーシェラに向けられた抗いがたい誘惑となった。
そんなリーズを見て一瞬気が遠のきかけたアーシェラだったが、すぐに吸い寄せられるようにリーズへと歩み寄り――――――勢いそのままにリーズの身体をぎゅっと抱きしめた。
「リーズっっ!!」
「あっ……しぇ、シェラっ!?」
彼がリーズを抱きしめるのは毎日のことだ。
しかし、普段のアーシェラはリーズを抱きしめるときはふわりとした抱擁感があり、それだけでリーズは安心できるくらいなのに………今のアーシェラは、完全に本能がむき出しになっていて、少し危険な雰囲気すらあった。
だが、今までアーシェラが(それこそ夜の夫婦生活でさえ)なかなか見せなかった、力強い一面を一身に受けたリーズは、いよいよドキドキが止まらなくなってきた。
「リーズ……なんで、こんな格好に…………」
「えっと、だめ……かな?」
「ダメに……決まってるじゃないか。今のリーズをほかの人に見せたら、誰もが絶対に欲しくてたまらなくなる。そんなのはダメだ…………リーズの全部を、僕が独り占めしたい…………」
「シェラっ……♪」
アーシェラの声が震えていた。
どんな時でもしっかり者で、自分の感情に振り回されないアーシェラが、すっかり本能で言葉を口に出している。リーズはアーシェラの心を完全に鷲掴みにしてしまったのだ。
(シェラが……リーズをこんなにも強く独り占めしてくれてる。嬉しい……♪ お化粧するのも、ドレスを着るのも、王国にいたころは何とも思わなかったのに…………こんなにシェラが喜んでくれると、リーズもうれしくなっちゃうっ♪)
愛する人の強い愛情を感じたリーズは、嬉しさのあまりアーシェラの胸に顔を思い切りこすりつけて、そのまま勢いで押し倒してしまいたくなった。
しかし、今はそれをしてしまうと色々と台無しなので、大人なリーズはグッと我慢して、アーシェラの興奮を落ち着かせるように背中をゆっくり撫でてあげた。
「ごめんリーズ……君があまりにも綺麗で、少し…………いや、全然抑えられなかった。びっくりさせちゃったかな…………」
「えへへ~、ホントにびっくりしたよ、シェラっ♪ でも……シェラから強く抱きしめてくれて、リーズに夢中になってくれたのが、すごく嬉しいの……。シェラがリーズとダンスをしたいって言ってくれた時から、シェラにたくさん夢中になってほしかった。だから……………」
そう言ってリーズは、少し名残惜しそうにアーシェラの腕の中から離れて、数歩後ろに下がった。
そして、アーシェラの顔をしっかりと見つめて、白いグローブをはめた右手を差し出した。
「シェラ……『私と踊ってくれますか?』」
「『はい、喜んで』」
格式高い舞踏会などでは、ダンスに誘う側も、それを受け入れる側もきちんとした作法で受け答えしなくてはならない。
今や夫婦となり、部屋にはリーズとアーシェラ以外誰もいないにもかかわらず、まるでマリーシアが口うるさく言うような礼儀作法など不要なはずだが――――――リーズもアーシェラも、あえてきちんとした決まり文句で手と手を取り合った。
他人行儀のように見えるが、お互いに結ばれた間柄だからこそ見えるものもあるのだろう。
(えっへへ~♪ シェラをダンスに誘っちゃった♪ ずっとやってみたかったのが、こんな形で叶うなんて…………)
もっとも、普通は『私と踊ってくれますか?』と言っていいのは男性の方であり、礼儀作法の観点ではリーズとアーシェラの受け答えは完全にあべこべなのだが…………こんなところもこの夫婦らしいのかもしれない。
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