予定

 女性陣が、リーズとアーシェラの家でダンスの話題で盛り上がっている頃、ブロス夫妻の家ではアーシェラやブロスをはじめとする、村の男性たちが同じように一堂で集まっていた。


「ヤアァ村長、ヘラーレッツの宿場に温泉が湧いていたとは、驚きですなっ」

「あぁ、現地の荒廃ぶりは酷いものだったけれど、源泉には瘴気が含まれていなかったから、そのまま使うことが出来そうだ。いずれは村の保養施設にいいんじゃないかなと思って」

「とはいえ、本格的に利用できるのは当分先だろうぜ。今は村に必要な施設を建てる予定が目白押しだからな」

「やっぱりネックはそこだよね……デギムスさん。一応ロジオンには、手が空いた時に移住希望者の選別をお願いしてるけれど、本格的に人が入ってくるのは来年の夏ごろかな」

「ま、仕方ねぇ、手を付けられるところからやってくぜ」

「俺たちも手伝ってやりたいのはやまやまだが、年末年始に向けてのパン焼きが今一番忙しいんだ。それに、秋から食いしん坊の奥さんが増えたことだしな」

「あはは、まぁね…………」


 最近あったことやお互いの悩みを話し合っている女子たちのお茶会とは異なり、男性陣の集まりで出てくる話題と言えば、アーシェラが先日見つけたヘラーレッツの温泉の利用方法や、南西の湿地帯の探索計画、それに年末年始を過ごすための計画などなど――――――もはや完全に政治の議会そのものであった。

 アーシェラが持ってきた美味しいお菓子はあっという間に皿から消え去り、ブロスが入れてくれたお茶の味を楽しむ間もなく、彼らは机の上にいくつもの紙を広げ、色々な事柄をひっきりなしに書き込んでいた。

 男とは無粋な生き物なのだと、改めてわかる光景であった。


「あのー、僕もたまにはお仕事手伝いましょうか?」

「フリッツか……本当なら、大工仕事は本当なら、危なくて子供にやらせたくねぇんだがなぁ……」

「ヤッハッハ、たまにならいいんじゃない親父? もちろん、私がいるときっていう条件付きならね」

「ウチもなぁ、ティムには仕事ばっかじゃなくて、色々遊ばせてやりてぇが、パン屋は今が一番の書き入れ時だからよ、すまんが全部焼き終わるまで手伝ってくれ」

「大丈夫です。むしろ遊んでいるよりも、仕事をしたいです」

「それもどうかと思うけど…………」


 普段は道具や魔術の研究開発をしているフリッツも、自分だけあまり労働していないのが申し訳ないと感じるのか、デギムスの大工仕事の手伝いを申し出る。

 ブロスの父、デギムスとしては、貴重な魔術士であるフリッツにあまり肉体労働をさせたくないのだが、彼も一応強化術が使えるので、ブロスがきちんとついているという条件のうえで、建築の手伝いを許可した。

 普段はリーズにも手伝ってもらっているとはいえ、アーシェラの夢に向かって動き出し始めたこの開拓村に、必要になる建物は多い。この上さらに、新しく見つけた温泉地の整備や、南西の湿地帯の資源開発などと言っていたら、確実に人手が足りない。

 パン屋のディーターと、その見習いティムも、当分先まで小麦粉でパンをたくさん焼かなければならないため、建築を手伝っている余裕はない。

 今まで生活する分には十分な人数だったのに、いざ村を発展させようとするとリーズがいたとしても労働力が足りないのが、アーシェラにとって非常にもどかしかったが、人をすぐに増やすことはできないので、今は何ができるかをきちんと見極めていくことが大事だ。


「ごめんなさいデギムスさん、結局今年の冬もこんなに忙しくなっちゃって」

「何、いいってことよ! むしろ、こんな忙しさだったら、俺はいつでも大歓迎だ! 去年の冬なんざ、こうしてゆっくりしてる暇すらなかったからな!」

「思えば去年の冬は…………本当につらかったよねェ。やらなきゃならないことがあまりにも多すぎて、『白夜の一日』でもみんな必死に働いてたっけ。ヤーッハッハッハ!」

「そうだね、あの頃は本当に…………今日が何日かすらもわからないまま過ごしていたから」


 そう言ってアーシェラたちは、去年の今頃のことをしみじみと思いだした。

 去年は家の建築と、村の周囲の瘴気の解呪と、食料の調達に毎日のように追われ、仕事をしてはいけないと定められている『白夜の一日』ですら――――いや、年を越したことすらもわからないほど必死だった。

 だが、今年は忙しいとはいえこうしてみんなで集まる余裕もあるし、家族とともに温かい家で新年を迎えることができる。それもこれも、去年から村人全員で頑張ってきた成果と言える。


「それが今年は…………ふふっ、まさかリーズと一緒に過ごせるなんてね」

「おう、出たな村長の惚気話」

「ヤヤっ、もしかして村長、この前ピクニックに行ったばかりなのに、また何か企んでるのかな?」

「企んでるだなんて…………ただちょっと、リーズにダンスを教えてほしいってお願いしてて、『白夜の一日』の夜に今年の最後の締めくくりの踊りを踊りたいんだ」


 真面目な話が続く中、アーシェラはほとんど無意識に、リーズと年末を過ごすことを口にしてしまった。

 そして男性陣は「待ってました」とばかりに、この話題に食いつく。村長夫妻の恋愛事情は、良くも悪くもいつだって村人たちの一番の関心事項なのである。


「村長とリーズさんがダンス…………すっごく絵になりそう! 僕なんか身長が低いから、レスカ姉さんをダンスに誘っても様にならないだろうし…………」

「そ、そんなことないさ! レスカさんだって、フリッツ君に誘われたらきっと嬉しいはず! それに、男の人の方が身長が高くないといけないなんて言う決まりはないし!」


 フリッツとレスカの姉妹は、フリッツの身長が男性にしてはやや小さい(162cm)というのもあるが、そもそもレスカが女性にしては非常に大柄で、アーシェラよりも身長が高い(180cm近く)という事情もある。

 それはそれで、見る分にはとても微笑ましいが、王国貴族社会でこのような組み合わせになったら、男性側も女性側も大恥をかいてしまうかもしれない。


「それにしても、ダンスか…………村長もよくもまぁ、そんなにポンポン思いつけるな」

「ヤッハッハ、私たちが知ってる踊りと言えば、農民や狩人たちのお祭りの踊りくらいかな? 私的には、踊り方なんか気にしないで、適当にえっさほいさしたいよねっ! ヤッハッハ―!」

「ならばいっそのこと、白夜の一日の次の日……騎士の月一日は村人みんなで新年宴会でもするか? 村長の家は全員が入れるから、そこで踊って飲んで騒いで過ごすのも悪くないと思うぜ」

「おいデギムス、そんなことするとまた更にパンの消費が増えるんだが…………酒が飲めるから俺も賛成だ」


 リーズとアーシェラが踊るという話題から、なぜか新年の宴会の話題に進んでいく――――

 どっちかというと、みんなで集まって踊るということを理由に、酒と料理を堪能したいという思いが強いのだろう。まさに花より団子である。

 

「とりあえず、そのことは帰ったときにリーズたちにも話してみるよ。僕も料理の腕を振るうのは楽しいし…………あれ? そういえば、ティム。さっきから少し浮かない顔をしているけど、大丈夫?」

「……え? お、俺ですか!?」


 この時、アーシェラは、ティムが複雑そうな顔をして何か考え込んでいるのに気が付いた。

 普段からあまり自分のことを話したがらないティム――――深く詮索するのも気が引けたが、アーシェラはこの機会に一度、聞けるところを聞いておくことにした。

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