歓迎 Ⅱ

 マリーシアは確かに融通が利かず、自分のやり方を押し通す強情な女の子だ。

 けれどもリーズは、彼女のことを根は悪い子ではないとも感じていた。

 今まで大勢の人と交流してきて、いい人も悪い人もいた…………その中でも、王国にいた頃宮廷にいた人々は、まさに生きる悪意の塊のような人物ばかりであったが、マリーシアはまだその気が少ないと思われる。

 その証拠に、マリーシアはいいものは素直にいいものだと言うし、美味しいものは美味しいと言ってくれる。これが悪意マシマシの人物なら、味の良し悪しを語るどころか、具材がしょぼいだのなんだのとネチネチ因縁をつけてくることだろう。


「どう? シェラ特製のシチュー? とってもおいしいでしょ!」

「はい…………食事でこんなにあたたかな気分になるのは、初めてです」

「ふふっ、マリーシアはリーズと同じで表情に出やすいからね。喜んでいるのを見ると、こっちまで嬉しくなるよ」

「そ……そんなことっ!?」


 自分の感情が顔に出やすいと指摘されて少しむっとなるマリーシアだったが、アーシェラが作ったシチューとハンバーグが驚くほどおいしいことに異論の余地は全くなかった。

 ふんわり焼き上げられたハンバーグは、噛んでいくうちに口の中でなくなってしまうのが惜しいくらいだし、シチューの温かみは、冬の夜空の下で冷えていく身体を内側から温めた。

 ハンバーグとシチューは特に材料にもこだわりはなく、質素なものだったが、今まで食べたスープとは明らかに一線を画し、それでいて何故か不思議と懐かしい気持ちになるのだった。


「あと、出来ればやはり屋内で食べたかったかなと…………」

「まあまあ、たまには外で食べるのも一つの醍醐味だよっ! マリーシアちゃんもそのうち良さがわかってくるよ!」


 とはいえ、マリーシアは机のない野外で食べるのは初めてで、丸太椅子に腰かけながらいつもの厳格な作法で食べるのは無理があった。特にお皿を片手でつかんでいる時に、ナイフとフォークを同時に使うことができずに困っていたが、逆にリーズが野外での食べ方をレクチャーするという、何とも奇妙な状況になってしまった。

 そんな彼女のところに、ミーナ、フィリル、フリッツ、そしてティムの年少組4人が様子を見に来た。


「おやおやぁん? さすがのお行儀にうるさいと評判の神官さんも、外での食べ方は習ってなかったのかな? だとしたら野外でのお作法は、あたしの方が先輩かなぁ?」

「マリーシアちゃん……その、朝はごめんね。私ももっときれいに食べられるようになるから、また一緒に食べたいな」

「っ! いえ、私こそ、今朝はきつく言い過ぎました。あの時まだ心に余裕がなくて、あんなことを…………」


 まるでおちょくるように笑うフィリルに若干イラっとしたマリーシアだったが、すぐにミーナが仲直りしたいと申し出てきたので、彼女もそれ以上強く言い出せなかった。


「レスカ姉さんから話は聞いてるよ。王国の中央神殿から来たんだって? 実は僕も、元々王国貴族の出身なんだけど、家出してからずっと野外で過ごしてたんだ。こんなひ弱な僕でも、もうほとんど慣れてるから、マリーシアさんもそのうちここの生活に慣れるよ」

「どうせ神殿じゃ、些細なことで蹴落としあいでもしてたんでしょ。こんな小さな村で政治闘争なんかやっても意味ないから、諦めて毎日お祈りでもしてなよ。……貸してあげた敷物と毛布はそのまま使っていいから」

「あ、しまった! 僕としたことが…………お祈りをするなら、あの地面に直接膝をつくのは冷たいだろうし、普通の防寒具だけじゃ厳しいのに、全然用意してなかったよ! ごめんねマリーシア」

「ごめん、リーズもそこまで気が回らなかった!」

「ま、待って! 待ってください! そんな、勇者様が謝ることでは……!」


 わちゃわちゃと迫りくる同年代の子供たち……ティムが敷物や毛布を貸していたと聞き、珍しく気配りが足りなかったと謝るアーシェラとリーズ…………今まで厳格な秩序の下で生きてきたマリーシアは、どこから反応していけばいいかわからずおろおろしてしまい、それを見た周囲の大人たちもほほえましく笑っていた。


 また、ミーナやフリッツたちも丸太椅子を持ってきて、わざわざマリーシアを囲むように料理を食べたりしていたが、今の彼女は殆ど文句を言わなかった。

 リーズがわざわざくぎを刺したということもあるし、そもそも彼女自身野外での食べ方の礼儀作法など教わっていないので、自分自身が上手くできている自信がないというのもある。だがそれ以上に、リーズたちが排他的な態度をとらずに、ずっと親切に受け入れる姿勢を示してくれたおかげで、この村の人々が少なくとも彼女の敵ではないと確信できたのが大きい。

 アーシェラが作った料理だけでなく、各家庭から持ち寄られた料理――――イングリット姉妹の卵焼きや、レスカ姉弟の焼きパスタ、ブロス夫妻のキノコソテーなども、取り皿に乱雑によそられてふるまわれており、神殿で薄味になれたマリーシアにはやや味が濃く雑味があるように感じたものの、逆に新鮮なおいしさがあった。


(なぜでしょう…………無秩序なように見えるのに、不思議と居心地が悪くありません……。しかし、本当にこれでよかったのでしょうか?)


 野蛮だと見下していたはずの、秩序がないように見えるこの村の雰囲気が、いつの間にかマリーシアには温かくて居心地のいい場所のように感じてきた。

 もちろん、彼女がこの村を無秩序と思い込んでいるのは、あくまで非常に厳格な生活に縛られる中央神殿と比べるからであって、この開拓村はアーシェラとリーズを中心に、固い結束を作って生活しているからであり、マリーシアが人間の本能的に安らぐのもそれが根本にあるからなのだろう。


 だが、この村の雰囲気に一度染まってしまうと、もう二度と――――あの厳格で格式高い中央神殿での生活に戻れないような気がすることが、彼女の心に何度も歯止めをかけ、迷わせている。


(この子はきっと、幼いころからロザリンデさんみたいに、徹底的な管理下で育ったから、突然得られた自由に戸惑っているんだろう)

(今は村の人と喧嘩しなければそれでいいの。きっとマリーシアちゃんも、自分で自分の生き方を決められる日が来るはず!)


 同年代の子供たちに囲まれつつ、何とか反発もせずに会話しているマリーシアを見て、リーズとアーシェラは心の中で安堵しながらお互いの顔を見て頷き、同じ思いを感じていることを確認しあった。

 こうして言葉に出さなくても、心と心が通じ合う夫婦になってきた――――そう考えると、リーズはたちまち嬉しくなって、隣にいるアーシェラに抱き着いて、その胸にごしごしと顔を擦り付けたい気持ちにかられた。

 が、今は大勢の人がいるので、アーシェラにハンバーグをあーんして食べさせるだけに自重した。


「はい、シェラ♪ あーんして♪」

「んっ……もう、リーズってばこんなところで……」

「ちょっ!? ゆ、勇者様!? な、ななな……そんな、ハレンチなっ!?」

「ヤーヤー、まーまー、あれはリーズさんにとっては夫婦の『作法』だから、あんまり気にしないでよ」

「そうそう! ぶれいこー、ぶれーこー! それより、せっかくこんなに大勢集まってるんだから、歌おう!」

「よっ! 待ってましたっ!」

「うぅ……やっぱりこの村は無茶苦茶です…………」


 こうして、大勢で集まった夕食会はさらなる盛り上がりを見せ、大人たちは酒を酌み交わし、子供たちは歌って踊って騒ぐなど、殆どお祭り状態となった。

 その後2時間もしないうちに、用意した料理はきれいさっぱりなくなってしまったが、村人たちのテンションはなかなか収まらず、冷え切った冬の夜の下でずっと大騒ぎしていたのだった。

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