夕暮

 最近のアーシェラは、愛するリーズに毎日喜んでもらえるように、日々料理のレパートリーを増やしている。

 昨日作っていたピロゲンをはじめ、一風変わった料理にも挑戦し始め、そのどれもがリーズに喜ばれているのは、彼が長年培ってきた料理のスキルが基礎にあるからだろう。

 だが、アーシェラの真骨頂は何と言っても、何の飾り気のないシンプルなハンバーグとクリームシチューだろう。

 極端な主張もなく、誰もが平等に「おいしい」と感じる味…………しかし、毎日食べても飽きないどころか、毎日続けていると、むしろこれしか食べたくなくなるほどの、不思議な魅力を持っているのである。

 今日の集まりは、そんなアーシェラのシチューとハンバーグが食べられるということで、村人たちは寒い中でも元気よく張り切っていた。


「ヤァ村長! ヤアァ村長! 村長のシチューは今日もおいしそうな色をしてますナ!」

「それにハンバーグもこんなにたくさん…………私にはとてもまねできないわ」

「えっへへー! やっぱりシェラはすごいでしょ! リーズも何度かチャレンジしてるんだけど、同じ材料なのになかなか同じようにならいの!」

「まあまあ、それは僕がリーズに剣で勝てないのと同じだよ」


 キャンプファイヤーのそばにある簡易調理場で、大鍋でシチューを煮込み、その片手間で山盛りのハンバーグを焼くアーシェラ。

 彼にとっては慣れたもので、むしろその隣で手伝っているリーズの方が、なぜか自分が褒められたことのようにうれしそうな顔をしていた。

 アーシェラもリーズも、自分よりもパートナーが褒められた方が嬉しいと思えるようで、そんなところが似たもの夫婦だなと、ブロス夫妻は感じたのだった。


「ところで、僕の方はもうこれで大体完成になるけど、ブロスたちの方はどう?」

「ヤハハ、ご心配なくっ! 今日は私たちも自信作を用意したよ! ねぇゆりしー!」

「ええ……そろそろ秋中頃に収穫したキノコが保存限界だから、干物にできなかった小さいものをまとめてソテーしたわ」

「へぇ~、なんだかぷりぷりしてて美味しそうっ!」


 一方でブロス夫妻とその一家は、得意の野草料理にちょっとアレンジを加え、キノコを肉に見立てたソテーを焼き上げていた。

 そろそろ旬が過ぎる食材ではあったが、自家製のソースの匂いと絡み合う芳醇な香りは、肉に勝るとも劣らない威力で、食欲を湧き立たせる。


「どうだ村長。フリッツが作った焼きパスタだ」

「見て見て~、リーズお姉ちゃん! 卵焼き作ってみたよー!」

「まあまあみんな美味しそうねぇ~、うちもおいしいパンを焼いたから、たっぷり食べとくれよ」

「うちはこんなものしか作れないけど~、よかったら食べてね~」


 そしてブロス一家だけでなく、レスカ姉弟やイングリッド姉妹、パン屋のディーター一家や、珍しいことに…………起きたばかりのアイリーンまで、様々な料理を持ち寄った。

 どの料理もさほど凝っているわけでもないが、まさに家庭料理と言った趣のものばかりで、誰もが気軽に食べられそうだ。特にアイリーンが持ってきた、瓜の酢漬けと塩味の利いた煎りひよこ豆は、お酒のつまみとして非常に優秀だ。


 そうして各家庭がお互いの料理を自慢しあっていると、ちょうどいいタイミングでマリーシアが子供たちに聞かせていたお話が終わったようだ。


「あの…………リーズ様。お粗末ながら、子供たちの相手もひと段落して……彼らもお腹がすいて、もう待てないと」

「ありがとうマリーシアちゃんっ! リーズもそばで聞いてたけど、意外と楽しそうだったね!」

「そ……そうでしょうかっ?」

「いやいや謙遜することはないよ。とっても見事なものだった。マリーシアは意外と子供の面倒を見慣れているようだね」

「…………中央神殿では、幼いころから聖職者になるための教育を受ける子供たちがいます。一時期はその子たちの面倒を私が見ていましたから」


 アーシェラが彼女を子供たちの世話にあてたのは、腐っても中央神殿の聖職者なら、子供たちにわかりやすく説法する手法を学んでいるだろうと考えたからだが、どうやら想像以上に子供慣れしているようだ。

 マリーシアの語った、迷った旅人を導く天使の話は、調理をしながら聞いていたリーズとアーシェラも、思わず「うまい」と感じてしまうほどだった。


 一方でマリーシアも、子供たちに話を聞かせている最中に、アーシェラが料理を行っている姿を見たが、その動きがあまりにも人間離れしていることに内心驚愕していた。


(村長さん………野菜やお肉をものすごい速さで刻んで……お鍋とフライパンを同時に操ってました。とても人間業とは思えません…………)


 つい先日まで、聖女ロザリンデの身の回りの世話をし、彼女が食事を作っていたことがあるマリーシア。聖女に供する料理を作れるのは、神殿の神官の中でもほんの一握りなので、マリーシアは自分の料理の腕に絶対の自信を持っていた。

 だが、勇者パーティーで300人近い人員の料理を一人で賄っていたアーシェラの料理はまるで曲芸のようで、とても彼女にまねできるようなものではなかった。


「えっへへ~、ちょっとまってねマリーシアちゃん、もう少しで完成だからっ!」

「中央神殿で出される料理ほど豪華なものは作れないけれど、これでも勇者パーティーではロザリンデさんも僕の料理を食べていたんだ。味は保証するよ」

「いえ……さすがの私でも、料理の味には決して口は出しません。余程ひどいものでなければ…………出されたお食事は、一欠片も無駄にしてはいけないのが、習わしですから」

「ふふっ、ならよかった。所作とか礼儀作法でうるさく言っても、僕たちはそこまで怒らないけれど、食事にケチをつけたら、どんなに温厚な人でも…………こんな小心者の僕でも、激怒するからね♪ これもまた村の「掟」ってことで」

「し、しませんっ! そんなことっ、絶対にしませんからっ!」

「うんうん、えらいねマリーシアちゃん! 前にこの村に来たお客さんで、食べ物を床に捨てて踏んづけた人がいてね、その人はシェラにすっごく叱られて気絶しちゃったんだから♪」

「…………」


 昼間にアーシェラに怒られた時の恐怖がまだ抜けないのか、マリーシアは「激怒する」と聞いて体を震わせた。

 とはいえ、出された食べ物は絶対に残さず、粗末にしてはいけないことは理解しているようで、厳しすぎる礼儀作法の中でも数少ない良い面が出ているといえる。


「ヤアァ村長! お話し中悪いけれど、そろそろ子どもたちだけじゃなくて、村のみんなもお腹すいちゃってさぁ! 早く食べましょうや!」

「いやー、これも勇者パーティー時代からの習性かなー? アーシェラの料理のにおいをかぐと、すぐにお腹すいちゃうんだよねー」

「ああ、ごめんごめん。今用意するからね」

「ん~! リーズもお腹ペコペコっ! マリーシアちゃんもお祈りしてお腹すいたでしょ? たっくさん食べてねっ!」

「ただし、さっきも言った通り、今回はお祝いの無礼講ということで、礼儀作法を注意するのは我慢してね」

「…………善処いたします」


 秋のころはまだ空が明るかった時間にもかかわらず、夕陽はもう完全に山の稜線に落ちている。

 冬至まではあと数日しかなく、村の気温はこれからどんどん下がっていくことだろう。

 けれども、この村にはそんな陰鬱な雰囲気はみじんもなく、人々の明るい笑い声は、キャンプファイヤーやその周囲の篝火よりも、明るく輝いているように見えた。


 人が大勢いるにもかかわらず、まるで氷の中にいるような中央神殿と違い、この村には不思議な温かさがある――――――そのことに気づき始めたマリーシアは、まだまだ心が戸惑いの中にあった。

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