乱戦
まさか、行方不明になっていた羊のテルルが――――!?
ミーナの言葉にリーズとアーシェラは一瞬困惑したものの、流石は元戦闘のプロだけあって、すぐに思考を切り替えた。
「魔獣の群れは動揺してるわ! リーズが斬り込むからみんな援護してっ!」
「よしっ! ミルカさんとミーナはリーズに続いて! フィリルは側面から陽動射撃!」
『応っ!!』
先陣を切るリーズと、具体的な指示を出すアーシェラの言葉に合わせて、全員で一斉に動き出した。
巨大化したテルル(?)が包囲網の一角を崩したことで、サルトカニスの群れの連携が一瞬崩れる。
そこでリーズは、テルルが崩したほころびに斬りこむと同時に、攻撃が集中するであろうテルルを守るために合流を急いだ。
「ミーナちゃん! テルルに加勢しようっ!」
「はいっ、リーズお姉ちゃんっ!」
特にリーズとミーナはずっとテルルのことが心配だったのもあって、いつも以上に気合が入っている。
ボスの巨大サルトカニスも、このままではまずいと思ったのか「ウオォォ」と雄たけびを上げると、支配下の群れは一斉に崩れた左翼側に突進していった。
こうして、巨大羊の乱入という、双方の想定外の事態で乱戦が開始された。
リーズたちはとりあえず一旦荷物を放棄し、テルルと思わしき巨大羊との合流を急ぎ、対するサルトカニスの群れは味方の救援に駆け付けるグループと、リーズたちに横から襲い掛かるグループに分かれた。
(数が多い。目算で50以上いるな……)
リーズが先頭になって突撃する一方で、アーシェラは全体がよく見える位置に陣取って、冷静に戦場を一望していた。
彼とて戦えないわけではないし、臆病風に吹かれたわけでもない。将とは……指揮官とは、本来前に出てはいけないのだ。戦士として戦いに集中することが難しくなるだけでなく、大局が見えにくくなる。それになにより、アーシェラが後ろから見ていてくれた方が、リーズは安心して戦える。
(それに、あの羊の魔獣はテルルに間違いない……と思う。けど、はたして僕たちのことを味方と認識してくれるか……)
彼の目下の懸念は、魔獣と化してしまったテルルが、リーズたちに襲い掛かってこないかどうかだ。
巨大な羊の魔獣はその茶色い羊毛の色と、黒い皮膚からして、もともと村で飼育していた種類と同じとみて間違いない。
だが、生き物が魔獣化すると、理性を失って狂暴化すると言われており、実際に元飼い猫が魔獣となって人間を襲ったという逸話もある。そうなったら、リーズが窮地に立たされる恐れがある以上に、ミーナが心に深い傷を負う可能性もある。
(いくらリーズでも、巨大な魔獣2匹を相手にするのは大変だろうし、ミーナが大けがをする恐れもある。場合によっては…………これを使うしかないかな)
戦いの推移を見守りながら、アーシェラは右手に持った杖をぎゅっと握りしめた。
先端に女神の像が彫られた木製の術仗は、一見するとその辺で売っていそうなありふれた安物装備のようだが、実は杖が壊れる代わりに一回だけ使えるものすごい切り札が仕込まれている。
果たして、今使うべきなのかどうか…………アーシェラは慎重に見極めなければならない。
「村長っ! こっちの敵はすべて片付きました!」
「お、すごいじゃないか! もっと遠くの敵も狙えるかい?」
「ええっ、今ならいける気がしますっ!」
ここで、弓で陽動攻撃を行っていたフィリルが、アーシェラたちの方に向かってくる敵を早くもすべて射抜いたようだ。
速度上昇と技術上昇が組み合わさったフィリルは、いつも以上に速く正確にサルトカニスの額を射抜いた。強化術の重要性がよくわかる一場面といえよう。
弓の技が冴えるフィリルは、今度は普段あまりやらない長距離狙撃に移行し、リーズたちを襲おうと駆け寄るサルトカニスを慎重に攻撃していった。
こうしたアーシェラやフィリルなどの後衛の活躍と、リーズとイングリット姉妹の大暴れにより、大勢いたサルトカニスの群れがあっという間に数を減らしていく。
その勢いは、戦闘開始からわずか3分ほどしかたっていないにもかかわらず、敵の数はすでに三分の一以下になってしまうほどだった。
「ふっふーんだ、どんなものよっ!」
「リーズおねえちゃんすごいっ!」
「やはり魔人王を倒した勇者様相手では、これだけいても役不足のようですわね」
ところが、リーズたちの挑発するような言葉が耳に触ったのか、とうとうボスの巨大オオカミが動いた。
「ウオォン!!」
ボスは遠吠えをあげた次の瞬間、強靭な後ろ足で大地を蹴り、数十メートルあった距離を一気に跳躍してリーズめがけてとびかかってきた。
「リーズっ!」
「うん、大丈夫っ!」
鋭い爪が光る前足がリーズを捉える。
アーシェラが思わずリーズの身を案じて叫ぶが、リーズは恐れることなく、とびかかってくる5メートル以上の巨体相手に自分から迎撃に向かい、ぶつかる直前に剣を振るいながらバック転――――サマーソルトスラッシュを決めた。
ザンっと小気味のいい音とともに剣閃と衝撃波が三日月の形状に飛び、直撃を食らった巨大オオカミは「ギャンっ」と悲鳴を上げて後方に着地した。
並の魔獣なら悲鳴を上げるまでもなく真っ二つになる威力だが、さすがサルトカニスの群れを率いるボスだけあって、一撃だけでは倒せなかった。
「やるじゃないっ! でも、リーズがいる限りテルルやシェラたちに手出しは―――――え?」
リーズが一騎打ちを覚悟して剣を構えたその時、敵のボスと彼女の間に、サルトカニスの群れを蹴散らして突進してきたテルルが、リーズをかばうように割って入ってきた。
「テルル、あぶないっ!!」
「まさかテルルがリーズさんをかばおうと……!?」
いくら大きいとはいえ、元草食動物の羊がオオカミのボスに真正面から挑むのは無謀…………誰もがそう考え、オオカミのボスも目の前に現れた巨大羊の喉笛を一撃で食いちぎろうと、姿勢を低くして突進の構えを見せる。
だが、テルルの目がカッと見開かれ、オオカミのボスと完全に目が合うと、強烈な殺気を放っていたそれは瞬く間に力が抜け始め……………やがて瞼を閉じてその場で突っ伏してしまった。
「ちょっ、何が起きたんですか村長っ!? あの巨大なオオカミが一瞬で昏睡しましたよ!?」
「なんということだ…………あれはミーナちゃんが得意とする昏睡の術じゃないか! まさかテルルはミーナちゃんの使う術が使えるようになっているというのか!? …………いや、これはチャンスだ、リーズ!」
「うんっ!!」
今は細かいことを気にしている場合ではない。
テルルがリーズをかばったということは、彼はまだ理性を残しているのだろう。
強力な昏睡魔術で強制的に眠らされた巨大サルトカニスは、満を持して振るわれたリーズの剣の一撃で首と胴体を切り離された。
ボスを一撃で葬られたサルトカニスの群れは一気に動揺し、これ以上の組織的な動きはできなくなった。
ひとまず、危機は去ったようだ。
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