出発
羊の脱走騒動があった日の3日後。
村の中心で、リーズとアーシェラが、村人の全員を前で物々しい雰囲気を醸し出していた。
「村のみんな、前から言ってる通り、生活の安全の確保のためのリーズとシェラたちは南西の湿地帯の探索に行ってくるっ!」
「探索期間は最低でも10日…………長ければ、20日かかるかもしれない。生活に余裕がない時期で申し訳ないけど、僕たちが戻ってくるまで村を守っていてほしい」
前回は緊急出動でろくな装備もないまま探索に向かったせいで、あまり成果を得られなかった。
なので今回は、本格的な探索を行うべく、準備に丸3日かけ、探索に必要なメンバーも選び抜いた。
メンバーの内訳は、リーズとアーシェラは当然として、イングリット姉妹と新米村人のフィリルを連れていくこととなった。
「ヤッハッハ! 本当は私たちが行きたかったんだけど、子供たちや家畜の面倒も見なきゃならないからね!」
「いい? 絶対に生きて帰ってくること。もちろんフィリルもね」
「やっはっはー! わかってますってセンパイっ! お土産、ご期待くださいっ!」
「その笑い方はやめなさい」
戦力的な理想を言えば、ブロス夫妻が適任なのだろうが、彼らが長期間村を離れるのは村の経済的に厳しいので、今回はお休みだ。そして、戦闘慣れしているレスカも、いつも通り村の門番として守備に当たってもらうことになった。
「うむ、任せてくれ村長。要はいつも通りやっていればいいという事だろう。留守の間は、私とフリ坊に任せておいてくれ」
「村長、リーズさん! いつか僕たちも冒険に連れて行ってくださいね!」
「ごめんねフリッツ君、私がわがまま言って。でも、私はテルルを探したいからっ!」
「まあ、まだこの地方はあっちこっち荒れ放題ですから、いずれ嫌でも冒険に出ることになりますわ。私としては、ジュレビ湖で魚釣りができるようになればそれで構わないのですが」
「ミルカ……お前はお前で、少しは羊の心配しろ」
前々から探検に興味を抱いていたフリッツが留守番で、その代わりに自分が探索に同行できることになったミーナは、ちょっと申し訳なさそうな顔をしていた。けれども、ミーナには行方不明になったテルルを探し出すという重要な使命がある。メンバーとなる資格は十分にあった。
そして、ミルカもただ単にミーナの付き添いとしてだけでなく、瘴気汚染地帯の解呪や湿地帯の水質調査と言った非常に重要な使命がある。決して「もしかしたら何か釣れるかもしれない」という興味本位ではない…………はずだ。
「あの…………リーズさん。これ、たくさん作りましたから、よかったら食べてください」
「ありがと、ティム君! これってもしかして、保存食?」
「長い探索に出るって聞いて、ティムと俺たちで全力で作ったんだ! 北方地方の伝統的な携行保存食『アイゼンバール』だ。硬いから、食べる時は水で少し溶かしてから食ってくれよ」
「あたしたちに出来るのはこれくらいしかないけど、無事に帰ってこられるように、応援してるわよっ!」
パン屋のディーター一家は、リーズたちが長期間探索できるように、大量の保存食を作ってくれた。
冒険の途中で食糧を現地調達できる保証はないので、最悪保存食だけでも探索でいる量を用意したのだが、よく食べるリーズも含めた5人が20日食べることができる量を3日で作るのは、並大抵の苦労ではない。
かつて勇者パーティーの縁の下を支えたアーシェラのように…………冒険に出ない村人たちも、総力を挙げて探索メンバーのサポートに当たっている。今回の冒険は、まさに村の力を全力で出し切る「総力戦」と言えるだろう。
「それじゃあみんな、行ってきますっ!」
「くれぐれも火の扱いには十分注意してね」
こうして、リーズとアーシェラを中心とした5人の探索チームは、荷車「ミネット号」に物資と装備を積んで、村を後にした。
集まった村人たちも、命がけの探索に向かう彼らの姿が見えなくなるまで、しっかりと手を振って見送ってくれた。
「ミーナちゃん、初めての冒険だけど、怖くない?」
「リーズお姉ちゃん……正直に言うと、ちょっと怖いかもしれない。でもね、テルルが逃げちゃったのは私のせいだから、私が最後までやりたいんです!」
リーズは改めて、ミーナに覚悟の気持ちを聞いた。
わかっているとはいえ、ミーナには本格的な冒険の経験が全くないので、何が起こるかまだ不安のようだった。けれども、やる気は十分のようで、いつもはぽやっとした表情の彼女も、頬をきっちりと締め、両手の拳をぐっと握って、覚悟の気持ちをアピールした。
さすがは、アーシェラに従って人跡未踏の地に移住するだけあって、度胸は十分に備わっているらしい。
ミーナの足元では、牧羊犬のテキサスもご主人の意志の強さに追随するように「わふっ」っと力強い声を出した。彼も彼で、羊を逃がしたことへの責任を感じているのだろう。
ちなみに、イングリット姉妹が冒険に行っている間、残りの羊たちの面倒はブロス夫妻が見ることになっている。
「ミーナちゃんのことは、リーズが全力で守るから、絶対にリーズのそばから離れないでねっ!」
「うんっ、お願いリーズお姉ちゃん!」
「あらあら、私では力不足だというのかしら、ミーナ? それにリーズさんはまず村長を重点的に守ってほしいですわ」
「お、おねえちゃぁん……意地悪なこと言わないでよぉ! お姉ちゃんのことも頼りにしてるんだから!」
「はいはーいっ! じゃああたしがリーズ様の代わりに村長を守るーっ!」
「シェラを守るのはリーズの役目! こればかりは譲れないんだからっ!」
「あはは、このやりとりも久しぶりだね」
ミーナの不安を吹き飛ばすように、リーズを中心にワイワイとしゃべりながら歩く。
そういえば、冒険者時代も出発する時はいつもこんな感じだったなと、最後尾を歩くアーシェラは感慨深そうに頷いていた。
何度痛い目に遭っても、何度辛い目に遭っても、出発する時はそんな心配をケロっと忘れて前向きになれたのは、やはりリーズの明るい性格のおかげなのだと、アーシェラは改めて感じたようだった。
南西の湿地帯に向けて、村の近くを流れる川に沿って下流の方向へと進む彼らを、今度はどのような困難が待ち受けているのだろうか…………。
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