夜明

 冬の太陽は、沈むのは早く出は遅い。

 時刻は朝の5時を過ぎた頃だというのに、旧街道のある東の山の稜線がわずかに白くなり始めただけで、開拓村はまだ真夜中の暗さの中にあった。


「センパイたち、なかなか帰ってきませんねぇ。もうすぐ朝になっちゃいますよ」

「リーズさんがいるから、全滅したという事はないと思うが…………」


 村の入り口で、焚火に当たりながら捜索隊の帰りを待つフィリルとレスカは、彼らの帰りがあまりにも遅いことに不安の色を隠しきれないでいた。

 いつも夜の見張り役をしているアイリーンがいない以上、残りのメンバーが代役を務めるほかなく、昼に引き続きレスカが門番をしている。

 しかし、過酷な状況に耐える訓練を積んでいるとはいえ、昼に続いて夜通しの見張りは負担が大きい。なので、リーズたちが帰ってくるまでは、フィリルと交代で見張りに当たることになった。

 それに加え、脱走した羊のテルルが心配になったミーナと、姉の体調が心配なフリッツも、彼らと一緒に寝ずの番をすることを申し出たのだが……………


「フィリル、お前も辛かったら少し寝てもいいんだぞ」

「あたしは大丈夫ですレスカセンパイっ! 小さいころから夜の見張りも、夜通しの行軍もたくさん経験してきましたしっ! これしきことは何ともないですよっ!」


 そう言ってフィリルは焚火の前で体をきびきび動かして見せて、まだまだ余裕があることをアピールした。


「ふっ、頼もしいことだ。だが、休める時に休んでおくのも仕事の内だ。いざという時に全力が出せなければ危険だからな」

「えっへっへ~、それにはもう埋まってるじゃないですか~」

「………………」


 フィリルが指さす先には、レスカの膝を枕にしてすやすや眠るミーナと、レスカの肩を枕にしてうとうとしているフリッツの姿があった。

 二人は徹夜に慣れていなかったため、午前3時ごろには限界を迎えて眠ってしまい、今はこうしてレスカが二人の枕代わりになっているのだった。さぞかし迷惑そうかと思いきや、レスカもまんざらではなさそうだ。


 と、そんなやり取りをしていたところで、フィリルが遠くからちらちらと近づいてくる灯のようなものを発見した。


「あ、レスカセンパイっ! 見て見てあれっ!」

「村長の杖の灯か! 無事に帰ってきたんだな!」


「え…………? 村長、さん……?」

「あ、ぁれれ……僕、寝ちゃってた!? 姉さんごめんっ」


 村長アーシェラが帰ってきたと聞いて、眠っていたミーナとフリッツも目を覚ました。

 いつの間にか眠ってしまったことをレスカに謝りつつ、二人はフィリルとともに帰還した5人を手を振って出迎えたのだった。


 戻ってきたリーズたちは、泥の中を歩いたせいでズボンがだいぶ汚れていたが、それ以外は完全に無傷であり、疲れの色はほとんど見られなかった。

 ただし、彼らは結局羊を連れて帰ってきていなかった。それどころか、臭い消しをしたとはいえリーズが背負う袋からは死骸の匂いが漂っていた。

 一目見て、彼女たちがテルルを生きて連れ戻せなかったことが分かり、ミーナは少し落ち込んでしまった。


「みんなー、ただいまっ!」

「今帰ったよ。村は無事かい? 変わったことはなかった?」

「おかえりなさいリーズお姉ちゃん、村長っ! 無事でよかったっ! その……テルルのことは残念だけど…………探してくれてありがとうございますっ!」

「ヤァ、ミーナちゃん、そのことなんだけどね、リーズさんから話があるんだ。悪いけどミルカさんを起こしてきてくれないかな」

「え? わ……わかった、お姉ちゃんを起こしてくるっ!」


 ミルカを呼んでくるように言われたミーナは、大急ぎで家で寝ているミルカを起こしに向かった。

 妹は起きているのに、ミルカだけはぐっすり寝ているのは薄情な気もしないでもないが、彼女まで起きていたら夜明け以降に村の見張りを出来る人間がいなくなってしまうので、正しい選択と言えよう。


「村長、おかえりなさい! その……テルルはやっぱり駄目でした?」

「いや、そうとも言い切れないんだよね…………リーズが持ってるのは、探索の最中に討伐した魔獣の素材だ」

「すごい臭いだな、一体全体どこまで行ってきたんだ?」

「南西の湿地帯まで行ってきたのっ、詳しいことは後でリーズが話すね」

「あはは~、今はちょっと早く体を洗いたいかなって~」

「ああ、すまない。疲れただろうからしばらく休んでいてくれ」


 レスカたちは色々と聞きたいことがあったものの、夜通し探索してきたリーズたちはそれなりに疲労がたまっているはずだ。

 ただ、リーズが持ってきたのはテルルの遺骸ではなく魔獣の素材だったことから、どうやら事態はかなり複雑な方向に向かっていることが予想された。


 リーズたちが帰ってきたことで、夜明け前の村は俄かにあわただしくなった。

 いつもは後方支援を担当しているアーシェラが探索に出てしまったため食事の用意が出来ておらず、代わりにパン屋のディーター一家が簡素な朝ご飯を提供することとなった。

 村の見張りは、とりあえずレスカとアイリーンが朝まで一緒にすることとなり、夜に起きていた子供たちは朝食を食べたのち全員家に帰らせて布団で寝かせた。


 そして朝食が済んだ後は、汚れを落としたリーズとアーシェラが、ミルカを家に呼んで探索の結果と今後についての話し合いを始めたのだった。


「おはようございます村長、リーズさん。昨晩はミーナの為に全力を尽くしていただき、感謝いたしますわ」

「ううん、リーズたちもテルルちゃんを見つけられなくて、ごめんなさい」

「まぁ、こんなこと言っては何ですが、羊は貴重な財産ではありますが、すぐに代わりは用意できますもの。そのためにリーズさんたちが命を落としては、割に合いませんわ」

「ミルカさん……ミーナの前では絶対にそんなこと言っちゃだめですからね……」


 ミルカのいう事はもっともであったが、心優しいミーナにはそのようなドライな言葉をかけてほしくないなと、アーシェラもリーズは思った。

 とはいえ、羊一匹回収するのに村総出で捜索に当たったのには、それなりの意味がある。


「うちの羊たちを襲ったサルトカニスの群れは、やはり南西の湿地帯を拠点としていましたの?」

「おそらくは…………」


 アーシェラの考えでは、村のすぐ近くに魔獣たちの縄張りが出来つつあるのではないかという疑いが持ち上がったのだ。そうなれば、今後も羊の放牧に影響が出るし、村に魔獣が襲撃してくる危険性も大きくなる。

 ゆえに、今回の探索では羊を回収すると同時に、魔獣たちの縄張りの範囲を調べるという目的もあったのだった。


「それでね、リーズは思ったの。多分あのあたり一帯に何か強力な魔獣がうろついてるんじゃないかって。そのせいで魔獣たちは餌がなくなって、ここまで追われてきたんじゃないかな」


 かつて冒険者であり、そして勇者だったリーズは――――戦いの経験から、魔獣の生態に何か大きな変化が起きているのではないかと思い至ったようだ。

 そしてそれが事実であれば、村にとっても大きな脅威になりうるものだろう。

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