―古狼の月1日― 村を飛び出して

 古狼の月1日――――

 暦の上でもいよいよ冬となり、外の気温は昼間でも体の芯から凍りそうだと思うほど寒くなってきた。

 村を訪ねてきたフリント、アンチェル、プロドロモウの三人は昨日の昼には村を出立し、馬にまたがってそれぞれの居場所に帰っていった。

 村には、またいつも通りの静寂が訪れたのだった。


 この日アーシェラは、今にある石組みの暖炉の前で揺り椅子ロックングチェアに座りながら編み物をしていた。

 そして、黙々と編み物をするアーシェラの隣では、リーズが彼の肩に頭を預けてすやすやと眠っている。

 リーズはつい先ほどまで、編み物をするアーシェラの横で本を読んでいたのだが……暖炉の炎の温かさと、隣に座るアーシェラの体温が心地よかったのか、実に心地よさそうな顔で寝息を立てていた。


「ふふっ、自分の作った椅子だから座り心地がよかったのかな? それとも、僕が隣にいると安心する? なんてね。少し前までは、一緒に寝ると蹴られるかも、なんて思ってたのが嘘みたい」


 そう言ってアーシェラは、編み物をする手を少し止めて、自分の肩に寄り掛かるリーズの頭を撫でてあげた。


 二人が座っている木製の揺り椅子は、リーズがブロス夫妻に教わって一から自分で組み立てた物だ。

 この村に来てから、家の建築を手伝うなどしてそれなりに大工経験を積んでいたリーズだったが、わずか1ヶ月と少しでここまでのものを作れるようになったことに、アーシェラもとても驚いていた。やはりリーズは、自分が好きなことだと覚えるのがとても速いようだ。

 表面には鹿の骨を砕いて作ったにかわを塗ってあり、きれいな光沢が出て、見た目も美しい。その上、素材もしっかり頑丈な木材を使ったため、多少力を入れても少しもゆがむことなく、曲線になっている脚の部分も全く歪みがない。

 おかげで座り心地は抜群であり、今日のような寒い日に暖炉の前で揺らしていると、思わず眠くなるくらい癒される。

 アーシェラに心地よく座ってほしいと心を込めて作った、リーズ渾身の一作だ。


「さて、僕もきちんとお返しを作ってあげなきゃね。王国よりも温かいとはいえ、外は昼間でも息が白くなるくらい寒くなる…………よく外に出るリーズが風邪をひかないようにしてあげないと」


 自分と一緒に座るために立派な椅子を作ってくれたリーズの為に…………

 リーズの体重が寄りかかって、利き腕が動かしにくい状態であるにもかかわらず、それを苦とも思わず――――むしろそうしてくれた方がやる気が出るのか、毛糸を編む編針の動きはとても軽快だった。

 赤、白、青に染まった毛糸玉が複雑に絡まり合い、きれいな模様を描いていく。

 その動きに迷いは全く見られない。


 その後1時間ほどが経過し、アーシェラの腕の動きがぴたりと止まった。


「ん……?」


 ずっと彼の身体に身を預けていたリーズは、小刻みに動く腕が止まったことでようやく自分が眠ってしまっていることに気が付いたのか、うっすらと目を開ける。

 すると、彼女の首にふわっとしたものが巻き付いた。


「えっ? あ……シェラ」

「起きたかい、リーズ。リーズが寝てる間にマフラーが出来上がったんだ。どう、チクチクするところとかない?」

「リーズが寝てる間に出来ちゃったの!? しかも、柄もとってもきれいで……首に巻いてると暖かい。えっへへ~、シェラありがとっ! この前は手袋も作ってくれたし、外に出ても寒くないねっ!」


 リーズは、自分の首に巻き付いたアーシェラ手作りのマフラーにとても感動したようだ。

 リーズのイメージカラーである赤を基調として、ところどころに白や青で立体的な模様が施されたマフラーは、見た目がきれいなだけでなく、しっかりと編み込まれていてとても暖かい。

 それに、まるでアーシェラ自身に包み込まれているような抱擁感もあり、外に行かずとも、家の中でもつけていたくなってしまう。

 愛する夫が自分のために作ってくれたマフラーがとても愛おしくて、リーズは思わずマフラーにほおずりしたが、ふと彼女はあることを思いついた。


「そうだ、これだけの長さがあれば…………よいしょっ」

「え、僕の首にも巻くの?」

「リーズね、一度やってみたかったのっ! シェラと一緒に一本のマフラーを巻いて……相合マフラーっ♪」

「なるほど………リーズと一緒のマフラーか。な、なんだか誰にも見られていないのに、ちょっと照れるね」

「えへへ、これで一緒にお散歩したら、みんななんて思うかな?」


 おそらくは「また村長とリーズさんがいちゃついてる」程度にしか思われないだろうが、ブロス夫妻辺りは確実に対抗してくることが容易に予想できる。


「んふっ……今年の冬は、シェラのおかげであったかく過ごせそうだねっ♪ えっへへ~、すりすり~っ♪」

「ははは……むしろ少し熱いくらいかもね」


 愛おしさ極まったリーズは、勢いに任せてアーシェラの頬にキスをして、それをさらに刷り込むかのように猛烈な頬ずりをした。

 マフラー一本でここまで喜ばれると思わなかったアーシェラは若干困惑していたが、それでもさりげなくリーズの腰を手でぎゅっと抱きしめて、リーズからの愛を余さずに受け止めようとしていた。


 そんな彼らのいちゃつきぶりは、暖炉の炎すら空気になるほどだったという。

 リーズとアーシェラが「今年の冬は暖かく過ごせそう」と今まで何回も言ってきたが、この調子では、とても「暖かそう」では済まないかもしれない。

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