今昔

「リーズさん、村長。もう日が暮れてまいりましたわ」

「私ももう少し聞いていたかったけど、そろそろ帰る時間だよリーズお姉ちゃん」

「あ…………ほんとだ、もうこんな時間。夕飯の支度をしないと」


 リーズとアーシェラの出会いについて、二人が途切れることなく語っていると、イングリッド姉妹がそろそろ帰る時間になったことを告げてきた。

 村に帰るころには陽が完全に沈んで暗くなってしまうだろう。

 リーズとしてはアーシェラとの出会いの話や、仲間と分かち合った苦労と楽しさをもっと語りたかったのだが、当時も迫りつつあるこの時期の明るさは短くなる一方だ。


「むぅ、リーズはもっと話したかったのに、冬は明るい時間が短いなぁ」

「ごめんねアンチェル。かなり端折って話したつもりだったけど、まだまだ語り切れないことも多くて」

「いえいえ……リーズ様って本当に波乱万丈な人生を歩んできたんですね。アーシェラさんがいなかったら、今頃どうなってたことやら…………」

「えっへへ~、そうだねっ。あの時シェラに会わなかったら、リーズは絶対勇者になれなかったと思うの」

「それはさすがに…………いや、まあ、僕もリーズが居なかったら、あの後どう生きるかの想像なんて全くできないな」


 羊の群れを率いて村に帰る道中――――リーズは昔の話をしているうちに、その頃感じたあれこれが戻ってきたせいか、ずっとアーシェラの腕に自分の腕を絡め、密着しながら歩いた。

 何度も見せつけられているにもかかわらず、アンチェルは二人のラブラブぶりに赤面するほど当てられてしまっているが…………過去話をじっくり聞いた今では、リーズとアーシェラがここまでべたべたな夫婦になった理由の一端が心の底からわかるような気がした。


(リーズ様もアーシェラさんも…………お互いがいたからこそ、人生の危機を幾度も乗り越えてくることができたのね。演劇でもよく「あなたなしでは生きられない」ってセリフがあるけど、それらの場面がすべて綿のように軽いものに思えるくらい…………)


 家族から愛されず、何も知らないまま命の危険がある世界に飛び出したリーズと、親しき人のほとんどを失い、失意の底にあったアーシェラ。

 二人の出会いは偶然だったが、出会ってしまえば結ばれるのは必然だったのだろう。

 お互いが欲するものをお互いが満たし合える理想的な関係は、いつしか固い絆となり――――大きな国が持てる力を使って断ち切ろうとしても、断ち切ることのできないほどのものとなったのだ。

 今リーズとアーシェラががこうしていちゃつきながら歩いていられるのも、二人が出会った頃からの積み重ねがあったからだという事を、アンチェルは改めて認識したのだった。


 だが、それとは別にもう一つ…………昔話を聞いたアンチェルが感じたことがあった。


「しかしなんですね…………リーズ様とアーシェラさんにも下積み時代……というか、一般の冒険者だった頃があるなんて、今まではあまり想像できませんでした。けれど、実際に聞いてみると私たちが初心の頃と同じ苦労をしてるんですね……」

「まあねっ! むしろリーズは自分が勇者に選ばれるなんて、これっぽっちも思ってなかった。そういうのは、どこか大きな国の偉い人がやるのかと思ってたわ」

「正直僕も昔は、勇者っていうのは生まれてからずっと勇者になるために育てられたエリートがなるものだと思ってた。逆に言えば、どんな境遇に生まれようとも、人はどこまでも強くなれるんだってこともわかったよ」


 聖女ロザリンデから見出され、まるで輝く彗星のように、颯爽と世界に名が知れ渡った勇者リーズが、かつてはそこらにいる一介の冒険者に過ぎなかったと知っている人はどれだけいるのだろうか。

 王国民の中には、今でもリーズが勇者となるべくして生まれ、勇者となるべくして育てられたと思っている人も多い。

 だからこそ――――――リーズの本当の姿と、アーシェラの世に表れない献身について、後世に残す必要がある。アンチェルは改めて心の中でそういった確信を持った。


「リーズ様、アーシェラさん……お話してくれてありがとうございます! おかげで、いいお話が書けそうですっ!」

「うんうん、リーズもたくさんお話してたら、なんだか懐かしい気分になっちゃった! 劇が出来たらリーズ達にも見せてねっ」

「私も、楽しみですっ! リーズお姉ちゃんの劇、すっごく見て見たーい!」

「うふふ、もしかしたら私やミーナも劇の役になるのかもしれませんわね♪ 少なくとも、私よりきれいな人に演じてほしいところですわね。…………あ、そういえば一つ聞き忘れていたのですが」


 遠くに村の入り口が見える距離まで帰ってきたところで、ふとミルカが聞きたいことがあったことを思い出した。


「リーズさんのパーティーが所属していたギルドのマスターさんや、たくさんの依頼を押し付けたその有力者さんって、そのあと結局どうなったんですか?」

「マスターはロジオンのお店にある冒険者ギルドで働いてるよ。そろそろ歳だから引退したいって言ってるけど」

「あら、意外。かつて面倒を見た初心者が立ち上げたお店に移籍するなんて、ある意味凄い決断ですね」


 リーズの話によれば、ギルドのマスターだった女性は、リーズが勇者となった後は自分のギルドをほかの人に譲って、今はロジオンのギルドで後進の面倒を見ているらしい。本当は隠居する予定だったらしいが、ロジオンに請われて雇われたとのこと。

 義理堅いロジオンらしいエピソードに、アンチェルは心がほっこりした。しかし――――――


「でも、あの依頼主のおじさんがあの後どうしてるかは、リーズは知らないなぁ。シェラは知ってる?」

「知ってるとも。あの有力者は僕たちのギルドに見切りをつけて、ほかのギルドに依頼を持ち込もうとしたけど、すべてのギルドで依頼を断られたんだって。その上、弱小ギルドに無理難題を吹っ掛けたっていう噂が立って、町にいられなくなって逃げるように引っ越していったらしい」

「へぇー、そうだったんだ。通りであの後見かけないなって思ったら、引っ越してたんだねっ。リーズが勇者になったらさぞかしびっくりするだろうなって思ったのに」

「あらあら、まるで小悪党のような末路ですわね」

「………………」


 リーズに無理難題を押し付けて身柄を狙おうと画策した依頼人は、リーズたちがいたギルドだけでなく、町にあるほかのギルドからも依頼の受諾を断られていた。

 実はこれこそがアーシェラの策の最終段階だったのだが、リーズはいまだに依頼人が自然逃亡した程度にしか思っていないようだ。


(ほかのギルドのパーティーに頭を下げてまで依頼を頼み込んだのはそのためだったのね…………)


 どうやらアーシェラは、初めから依頼主の考えが依頼の成否よりもリーズの身体目当てになっていることを見抜いていたらしく、たとえ依頼を真面目にこなしても、後からさらなる無理難題を押し付けてくると考えていたようだ。

 そして、ほかのギルドのパーティーにあえて条件のいい依頼を渡す代わりに、リーズの境遇への同情と依頼人の卑劣な思惑を共有させることで、これ以上初心者パーティーを食い物にする依頼主が出てはならないという雰囲気を作り上げたのだった。

 こうして依頼主はいつの間にか「幼気な美少女の身体目当てで冒険者に無理難題を課す要注意人物」のレッテルを張られることとなり、各ギルドから依頼を拒否されるだけでなく、町にいる大勢の冒険者によって悪い噂を広められ、社会的信用を一気に失ったのである。

 それを成功させるための根回し術と弁舌技能もさることながら、出会ってまだ間もない少女の為にそこまで大掛かりな策を練ったアーシェラに、アンチェルはただただ絶句するほかなかった。

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