戦友

 リーズたち5人は、パーティーを結成した次の日から精力的に活動を行った。

 エノーとロジオンが達成できなかった魔獣討伐依頼から始まり、達成した後もすぐに街には戻らずに、別の素材回収や届け物などの依頼を並行してこなす強行軍だった。


「家に帰りたい……もう携行食料は食べたくない……」

「俺が読んだ冒険者物語は、こんなに泥臭くなかったぞ」

「いやー、覚悟はしてたけど、なかなか体に堪えるねぇ…………」


 拠点に戻らず何日も山野を進みゆくのは、冒険初心者にとってあまりにも辛く苦しくて――――――エノーは何度も「家に帰りたい」と泣き言を漏らし、ロジオンは本で読んだ華々しい物語と違う現実に打ちのめされた。

 野外活動には慣れっこのはずのツィーテンすらも、斥候という役割の責任の大きさに精神を摩耗するありさまだった。

 だが、そんな彼らが途中で脱落しなかったのは、パーティーリーダーとしてメンバーたちを引っ張っていくリーズの存在が大きかった。


「大丈夫だよっ! リーズたちはまだ生きてるし元気だもんっ! 戦えなくなっても、リーズがみんなの分まで頑張るから!」

「みんなが苦労しているのは…………やっぱり僕の見通しが甘いせいだ。次はもっと念入りに準備をしなきゃ」


 そしてアーシェラは、冒険中に何が足りなくて何がメンバーの士気を下げる原因になっているのかを、ことあるごとにメモしていき、次の探索への戦訓にしようと試みた。


 彼らの初陣は苦い思い出でいっぱいになったが、それでも誰一人として命を落とすことなく、生活に支障をきたす大けがもすることなく、無事にすべての依頼を達成した。

 これにはギルドマスターもかなり驚いて、リーズたちのことをべた褒めした。


「なんとまぁ、初めての冒険で5つの依頼を並行してやるとか無茶じゃないかと思ったけど、本当にやってのけるなんて、やるじゃないかあんたたち」

「えっへへ~! 褒められちゃった! これもみんなのおかげだねっ! それに、冒険ってやっぱり楽しいっ! 1日休んだら、また冒険に行こうねっ!」

「はっはは~、やっぱ5人いると楽勝だなっ! これで俺も一流の冒険者に一歩近づいたぜ! 次は10個くらい一気にやってみるか?」

「何度も何度も家に帰りたいって泣きそうになってたやつがよく言うぜ……ま、俺の理想とはかなり違ったけど、こんな泥臭い冒険も悪くないな」


 喉元過ぎればなんとやら……嫌になるほど苦労したというのに、町に戻ってきた彼らは、泣き言を言っていたのがウソのように笑顔だった。

 いや、苦労したからこそ、達成感が大きいのだろう。頑張れば苦労は報われることが分かれば、彼らももう泣き言をいうことはないだろう。


「はー、やれやれ、初陣で死ぬようなかっこ悪いことにならなくてよかったよ。アーシェラもご苦労さん。なんだかんだであんたが一番疲れたでしょ」

「あはは……そんなこと言ったら、僕の前で命がけで戦ってくれてるみんなに悪いよ。それより、無事に帰ってこれたことだし、また美味しいものを作るよ。みんな何か食べたいものはある?」

「また作ってくれるのシェラっ! じゃあね、リーズはハンバーグが食べたいっ! 10個や20個じゃなくて、100個くらい食べたいっ!」

「さ、さすがにそんなに作れるほどのお金はないかな……? 全部の依頼が一段落したら、まとまったお金が入ってるかもしれないから、その時にね」

「ホントに! じゃあ、どんどん依頼こなさなきゃっ!」


 初陣の冒険の間に、いつの間にかリーズがアーシェラを「シェラ」と愛称で呼んでいた。二人の絆は、このころからすでにしっかりとしたものが形成されていたのだった。



 こうして彼らは、一度の冒険で複数の依頼をこなす強行軍と、帰ってきたら「老騎士の鉤槍」が使っていた良い宿舎で休み、毎日格段においしくなっていくアーシェラの手料理を楽しむのを繰り返した。

 すべてを消化するのは不可能とも思えた数の依頼は、予想を上回るほどの順調さで消化されていき、またリーズたちの活躍はルサディアの町や冒険者たちの中でかなりの速さで知れ渡ることになる。


「あの新進気鋭のパーティー、また大戦果を挙げたんだってな!」

「リーズちゃんがすっげぇ可愛いのなんの! 今度うちのパーティーと合流しないか打診してみないか?」

「なんでも、『老騎士の鉤槍』がいなくなって無理難題を押し付けられた南区ギルドを救うために、すさまじい数の依頼をこなしているらしいね。全部片付いたら、うちも依頼出してみようかな」


 パーティーが結成されて三か月する頃には、ルサディアの町でリーズの存在を知らぬ者はいなくなり、新しい依頼が全く入ってこなくなっていたギルドにも、リーズたちの活躍を期待して新しい依頼がいくつか来るようになっていた。


 が、そんなリーズたちの活躍を苦々しく思う者もいた。


「あの小娘たち…………どんだけ無理をしてもすべての依頼を片付けるのは不可能だと思っていたが、このままでは目論見が狂ってしまうな」


 そう、リーズ達に膨大な数の依頼を課した依頼主その人である。

 本来なら、達成が不能と見込んだ依頼が、予想に反して順調に終わっていくのは喜ばしいことのはずなのだが――――――彼はいつの間にか、リーズにペナルティーを科すことに固執するという、本末転倒な考えを持っていた。


「ふっ…………ならば、追加でもっと難しい依頼を出してやろう。明日も知れぬ零細ギルドに、私の依頼を断ることができるほどの力はあるまい」


 こうして依頼主は、わざと難易度が高い依頼を数多く作り上げ、リーズたちの所属するギルドに持ち込んだ。

 これでリーズたちは確実に依頼に失敗し、リーズは自分のものになる。そうほくそ笑んだ依頼主だったが―――――彼の予想は完全に覆された。


「なに? 新しい依頼? 見せてみな」

「これらはどうしても必要なものでね。あの子はかなり頑張ってくれているようだから、追加依頼もこなしてくれるはずだ。まあ、もちろん達成できなかったら…………」

「ふーん…………生憎だけど、お断りだね」

「なっ!? なぜかね!?」


 まさかマスターが依頼を断ると思っていなかった依頼主は大いに慌てた。


「こ、これを受けねば、もう二度とこのギルドには持ち込まんぞ!」

「あーそれはありがたいねぇ。リーズたちのパーティーの活躍で、あんた以外にも依頼してくる人が増えたんだが、あんたの依頼が多すぎるせいでなかなか着手できなくてねぇ。もう持ってきてくれない方が、こっちとしては嬉しいってもんさ」

「ぐっ…………もういいっ! 上客を失ったことを後悔しても知らんからなっ」

「それはいいけど、完了した依頼の報酬はきちんと払ってくれるんだろうね?」

「わかってるっ!」


 リーズたちの活躍で評判を回復したギルドは、もう彼のような悪辣な依頼主に頼ることなく運営することが可能となっていた。

 憤慨した依頼主が帰った後、マスターはリーズ達にもう安心していいと語った。


「あの依頼主、また無理難題を追加してこようとしてきたから、追い払ってやったよ」

「マジか! よっしゃ、リーズの身体目当ての変態おやじめザマミロ!」

「これでリーズたちの勝ちだねっ! これでもう無理しないで、好きなように冒険できるよっ!」

「実際危なかったこと何回もあったしねぇ……」


 依頼の大半はすでに終わっていたが、依頼主はすべてキャンセルして持って帰ってしまったようだ。

 リーズたちはもう依頼の期日を気にしなくて済むし、無茶な強行軍を行う必要もなくなったのだ。リーズやエノー、それにツィーテンは、命がけの冒険の連続がようやく功を為したことにほっと胸をなでおろした。


「しかし……本当にアーシェラの言った通りになったな。途中で無理難題追加してくるって…………お前、預言者か何かか?」

「僕としては、リーズに無茶を言って命の危険に晒してると気が付いて、改心してほしかったんだけどなぁ。結局、最悪な想定通りになっちゃったか……」


 そう言ってアーシェラは――――どこか影が差すような鋭い笑みを浮かべる。それを目の当たりにしたロジオンは、体の中が凍り付くような感覚を覚え、急に目の前にいるアーシェラが恐ろしいものに感じた。


「あ、アーシェラ……お前、怒っているのか…………?」

「別に♪ ただ僕は……新しい家族を守りたかっただけだから。それじゃあ、依頼も全部終えたってことで、記念に今日は豪華な食事を作るかなっ」

「豪華な食事っ!! シェラっ、ハンバーグ100個作ってー!」

「リーズ……あんたどんだけハンバーグが好きなのさ。でもまあ、アーシェラのハンバーグは滅茶苦茶美味しいから、仕方ないよね」

「俺も、なんだかんだでステーキよりもハンバーグがいい!」

「じゃあ俺は市場に行って肉を大量に仕入れてくるぜ! そしていつもより頑張って値切ってくるぜ!」


 別々の家に生まれ、別々の人生を歩んできた5人は、あの日偶然集まった。

 それ以来彼らは……お互いの長所を生かし、短所を補いながら、何度も何度も命の危険を顧みずに冒険に繰り出した。

 そんな彼らの絆は、すでに家族以上に深まっていた。


「ねぇ、シェラ」

「どうしたのリーズ? まだリクエストが何かある?」


 夕食の準備をしようとしたアーシェラに、リーズが何気なく話しかけてきた。


「その……初めの目標は達成できたけど、これからもリーズ達と一緒にいてくれるよね?」

「ふふっ、当たり前だよリーズ。僕の居場所はもうここにあるんだ。リーズも……エノーもロジオンもツィーテンも、僕の家族で、友達で、そして戦友だから。僕はずっと、みんなの為に…………一緒にいるから」

「えっへへ~、ありがと、シェラっ♪」

「おっととと、火を使ってるときにはあまり抱き着かないで。危ないから……」


 アーシェラの腰に無邪気にぎゅっと抱き着くリーズに、アーシェラは困惑しながらも邪険にすることなく頭を撫でてあげた。

 リーズのアーシェラ限定の甘え癖は、このころから始まっていた様だった



 冒険者パーティーは……言うなれば運命共同体。

 互いに頼り、互いに庇い合い、互いに助け合う。

 一人がみんなの為に、みんなが一人の為に……


 彼らは兄弟であり、家族であり、絆で結ばれた戦友である。

 誰一人として欠けることは許されない。


 日ごとに深まる彼らの絆は、連帯感をより一層高めた。

 もう、バラバラになる日は来ないだろうと思えるほどに――――

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