「はーい、それじゃあ新しいメンバーが入ったお祝いと、物資を運んできた隊商のみんなに、お疲れ様の気持ちを込めて…………カンパーイっっ!!」

『乾杯!!』


 空には満月、地上では篝火が照らす中、リーズの掛け声を合図に、飲み物が入ったコップやジョッキがガツンと音を立ててぶつかり合う。

 物資の搬入搬出に新しいメンバーの入村式など、人々は一日中めいっぱい働いた。そんな夜は当然ガッツリお腹が空く。やるべきことはただ一つ――――うたげだ。


「リーズ、今日も一日お疲れ様。今夜は20種類の味が違うハンバーグを用意したから、どんどん食べてね」

「えっへへ~♪ どれから食べようかなっ、どれもおいしそうで迷っちゃうっ!」

「ロジオン、君が手紙でリクエストしてくれたから、僕も気合入れて作ってみたよ!」

「これ全部お前が作ったのか!? なんかもう、そろそろ世界一の料理人を自称してもいいんじゃないか?」


 まず人々の目につくのが、用意された木の机の上にずらりと並ぶ大量のハンバーグの皿。その数なんと20種類! これらはすべて味が違い、リーズが一番大好きなオードソックスな味のものもあれば、魚肉で作られたという挑戦的なものもある。

 アーシェラのハンバーグが大好きなリーズは、乾杯の合図をしてすぐにコップの中のリンゴジュースを飲み干し、手に持っていたコップをすかさず皿に持ち替えて、どれを最初に食べようか迷いながらハンバーグを取り始めた。

 そして、手紙でハンバーグをリクエストして、ずっと楽しみにしていたロジオンも、想像をはるかに上回るハンバーグの楽園が出現したことで、思わず絶句してしまった。


「ロジオン! リーズのおすすめはこれっ! マリヤンも食べてみて!」

「これか? 何か粒々と入っているように見えるんだが…………」

「なんでしょうね? レンコン入りハンバーグでしょうか?」


 二人がリーズに勧められたのは、少し粒のようなものが入っているように見えるハンバーグだった。ほかのに比べると比較的地味で、匂いがあまりしない。

 とはいえ、アーシェラが作り、リーズがおすすめするものだからハズレはないだろうと考え、二人は軽い気分で一切れ食べてみた。すると――――


「リンゴ……だと!?」

「ほわあぁ!? ハンバーグがフルーティーなんですけどぉぉっ! それでこの美味しさって!? アーシェラさん、何をどうすればこんな発想ができるんですかっ!?」

「ね、おいしいでしょっ!! リーズも初めて食べた時びっくりしたんだもん!」

「ははは、たまにはこんな遊び心もいいかなって」


 驚くことに、ハンバーグの中にみじん切りにされたリンゴが入っていて、その上にこれまた果物をいくつか混ぜたスースがかかっている。これにより、肉塊なのにかなり爽やかな味がするという驚くべき謎の食べ物に仕上がっている。


「ヤァヤァ、フルーティーなハンバーグだって? 私と子供にもすこしくれないかい?」

「私もリンゴ大好きだから、食べてみたいな~」

「村長、いつの間にそんなものを発明したんだ! 私とフリ坊にも一個くれ!」


 村人たちも、彼らの反応を見て味が気になったのか、皿を片手に集まってきたようだ。

 こうして、リンゴ入りハンバーグはあっという間に完売した。


 20種類あるハンバーグはどれも人々の舌を大いに楽しませたが、食卓に並んでいるのはハンバーグだけではない。

 先日リーズたちが釣ってきた川魚が、姿焼き、ムニエル、洗いとして出されていたり、ボウルにたくさん盛られたサラダ類も、色鮮やかで食欲をそそる。


「くうぅっ! おいしぃっ!! お姉ちゃんって毎日こんなにおいしいのを食べてたんだ!!」

「…………おいしい。これ、二つのお肉が混ざっているのかな……それにこのソースも………」


 新人二人も、村長が作った料理がとても気に入ったようだ。

 ずっと沈んだ雰囲気だったティムも、ハンバーグを一口食べた瞬間驚きに目をむき、口の中で必死に味を覚えようとしていた。


「ヤァ隊商の皆さん! ヤアァ護衛の皆さん! 遠い道のりお疲れ様です! これ、うちの自慢のお酒だから、よかったらどうかな?」

「ワオ! 芋酒! そうそう、こういうのでいいんだ! あたしたちはこんなの持ってきたんだけど、どうかな?」

「あらあら、アンバーグリス(香辛料入りのお酒)ではありませんか♪ これ、お魚によく合うんですよね~」


 宴と言えば、料理だけでなく酒も忘れてはいけない。村からはブロス一家で作っている芋の酒や果実酒がふるまわれ、隊商のメンバーたちも、この日のためにとっておいた秘蔵の酒や、山向こうの酒を樽で持ち運んだ。

 アーシェラの料理はお酒にもばっちり合うらしく、大人たちのジョッキやグラスは、酒を注いでもすぐになくなってしまう。


「おぅい、リーズさんにそんちょーっ!! お前さんたちは飲まねぇのか!?」

「リーズはまだ20歳になってないから、お酒はまだちょっと……」

「僕は一応飲んでいるんだけど、あまり好きでもないから…………」


 周囲が盛り上がる中で、相変わらずいつものように二人でイチャイチャしながら食べるリーズとアーシェラを見て、パン屋のディーターが酔っぱらいながら絡んできた。

 普段はやや頑固なところがある職人肌のディーターも、お酒が入ると途端に陽気になるようだ。


「おいおいリーズさんよぅ、少しくらいは問題ねぇって!」

「ちょっとちょっと、あまりリーズに変なこと拭きこまないでくださいよ……」

「そうは言うけどよ、ほれ、新入りのお嬢ちゃんを見ろ! いい飲みっぷりだぜ!」

「え、ちょっと、フィリル!?」


 リーズはまだ18歳なのでお酒は飲めない。

 だが、リーズよりも年下のはずのフィリルが、ジョッキを片手に果実酒をぐびぐびと飲んでいるではないか!


「ひゃっはー! おーいしーっ!!」

「いよっ! 期待の新人! いい飲みっぷりデスナ! ヤッハッハッハッハ!!」

「まだまだいけるわね、もっとのみなさい」


「だ、大丈夫かなあれ……?」


 どうもフィリルに酒を飲ませている元凶はブロス夫妻のようだ。

 ブロスは酔っぱらってもある意味いつも通りだが、ユリシーヌは顔が赤くなっていないのに、淡々と酒を注ぎながら若干ろれつが回っていないなど、どこか様子がおかしい。

 そして、すっかり出来上がったフィリルは、何を思ったかその場にすくっと立ち上がった。


「よしっ! 歌おうっ!!」

「歌うの? いいねっ、リーズもフィリルちゃんの歌を聞きたい!」


 こうして、酔いどれになったフィリルが高らかに故郷の歌を歌い始めたことで、宴はさらに盛り上がっていく。

 フィリルの故郷……ツィーテンの出身地である北方山岳部に伝わる歌は、速いテンポ、弾んだステップを持つリズムが特徴的で、口ずさむと自然に踊りたくなるのか、歌っているフィリルはもちろん、聞いていたリーズやミーナ、マリヤンまでつられて踊りだしてしまうほどだった。


「えっへへ~、シェラ、一緒に踊ろっ!」

「あ、あまり振り回さないでね?」

「いよっ村長っ! 待ってましたっ!」


 これに酒を飲んで気分が高揚している人々の手拍子も加わり、宴はさながら歌と舞踊自慢会場と化していった。

 そんな光景を見ながら、ロジオンがややしんみりした表情で、胸の中で一つの決意を確固たるものにした。

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