② 5/14 一颯からのお誘い

 ユウユが人事部長に話をする。面倒ごとは他人に押し付けてでも避ける人なのに。

 菜花は焦った。ユウユにはできるだけ迷惑をかけないように、考えて行動してきた。でも、うっかり試飲会でのトラブルを話している。菜花の証言を覆すようなことを言い出したらまずい。急ぎ足でオフィスに戻ったけど、オフィスにユウユはいない。


「主任、幸野さんは?」

「株主総会の準備で外に出てる。今日はそのまま直帰だから、帰ってこないぞ」

「そうですか」


 デスクの下にスマホを忍ばせて、そっとメッセージを送ってみた。

 グランドマスターキーは、菜花が勝手に使ったことになっている。それ以外のことを話さないでほしい。千乃や企画課に迷惑がかかることを絶対にしないで、と。


「あっ」


 すぐに既読がついた。でも返事がない。ユウユにメッセージを送っても、既読無視が当たり前。勤務時間が終わってから、もう一度スマホを覗き込んでも返事は来ていない。もどかしさを感じながら画面を見つめていると、薫からのメッセージが届いた。


「えっと、今夜、神社に遊びにきて~。なんだろう。薫さんからのお誘いなんて、珍しいなぁ。池田さんも来るのかな」


 ふしぎに思って司にもメッセージを送った。

 その頃、司は会議中だった。ポケットに入れたスマホが微かに震えたが、見るわけにはいかない。一時間後にようやく菜花からのメッセージを読んだが、首を傾げる。


「おかしいな。薫さん、昨日から風邪で寝込んでたのに。元気になったのか? それでも遊びには……ないなぁ」


 不審に思って家に電話すると、一颯が出た。


「あれ? 薫さんは」

『昨日より元気になったけど、まだ寝てる。熊一が看病してるから大丈夫。司は仕事、がんばってね』

「菜花が薫さんに誘われたって言ってるけど」

『あー、それ。オレが呼んだ。母さんのフリして』

「どうして?」


 それは秘密と切られた。状況がわからず「はあ?」とますます首を傾げたが、ふと我に返る。


「なんで一颯が菜花を呼ぶんだ?」


 一颯がバイト中に、偶然、菜花と出会った話は聞いている。でも、神社の話をしただけだと言っていた。その時にまた会う約束をしていたのなら、わざわざ薫のフリをしなくてもいい。

 司は腕を組んで考えた。薫は常識のある大人でも、一颯は我慢を知らない子ども。わがままで、ほしいものをすぐに手に入れたがる。だから周囲が驚くようなことを、平気でやらかす。

 いつも眠そうな顔でぼーっとしてるのに、油断ならないところがあった。


 眉をひそめてもう一度考えた。薫のフリをしないと、菜花は一颯に会わない。ということは、菜花は一颯に会いたくない理由がある。そこに気が付いた司は顔色を変えた。

 一颯は女に手が早い。警戒させるようなことをした。


「いや、いや、いや」


 司は首をふって、いかがわしい妄想を追い払った。いくら一颯が女好きでも、菜花とは歳がかなり離れている。あり得ないと言い聞かせたが、胸に不安がずんとのしかかる。ぼーっとしてても、一颯はがっつり肉食系。押しに弱い女や、攻めに対して防戦一方になりやすい女が大好き。


「千乃。今日、俺、何時ぐらいに帰れそう?」

「がんばって、終電。あたしはその前に帰るけどねー」

「そうか……」


 がっくり肩を落としてしばらく難しい顔をしていたが、ふと黒い瞳に光が宿る。司がやるべき仕事は山積みでも、いくつかは減らせそうだった。


「寺坂ァー」


 司の呼び声に明るい栗色の髪がビクッとゆれて、寺坂が泣き出しそうな目をした。


「勘弁してください。過労死しますよ」

「平気、平気。この前みたいに全部、押し付けないから」


 悪魔のような笑顔で仕事を割り振っていく。


「えー、今夜、彼女と飲みに行く約束があるのにー」

「それなら、明日にしろ。そのほうが時間を気にしなくていいだろ」

「そりゃ、そうですけど……」


 寺坂はブツブツ文句を言いながら頬を脹らませたが、司は早く帰ることだけに集中した。

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