② 5/7 千乃さんとの関係は?
「いい食いっぷりだな」
「はいはい、がさつですみません」
「化粧もナチュラルだし、装飾品もシンプルだ」
「貧乏人をバカにしてます? 飾りたくても、お金がないんです」
手を止めて、司をにらみつけた。だが、形のいい黒の瞳は怯んでいない。
「バカにしてないって。清潔感のあるメイクだし、持ち物で見栄を張らない。珍しい人だと思っただけ」
「人のことを珍獣みたいに扱うのはやめてください。わたしたちの出会いを覚えてますか? この上もなく迷惑をかけたのに。いまさら飾ってもしょうがないでしょう」
「俺はその前から、ずっと菜花のことを知ってたぞ」
「五円玉女の話ですか? こっちはご縁がありますようにって必死だったのに。それが奇怪な行動に見えたのなら……。はあ、もういいです。貧乏人の珍獣にしといてください」
そっぽを向いてチーズトーストにかぶりついた。苛立ちが勝っていてもトーストはカリッと。その歯ごたえのあとにやってくる、とろとろのチーズが美味しい。
ふたつの食感を楽しむ贅沢な朝食に、菜花は幸せを噛みしめた。でも、司の話はまだ続いている。
「小さな背中を丸めて、必死に祈る姿が印象的だった。そのあと、資料室で見た。あのぐちゃぐちゃ、ごちゃごちゃをデータベース化しただろ。すごい奴が現れたと思ったのに、派遣が余計なことするなって、ものすごく叱られてた。かわいそうな奴だなと思った」
「そんな前から、わたしのこと知ってたんですか」
その言葉に司は、ほほ笑みを深くした。
「そりゃ、気になってたから」
「珍獣、発見! って感じですか」
「あれ? そう受け取るの? この流れで」
「池田さんのモーニングセット、来ましたよ」
「これからが本題なのに」
「悪口はもう結構です。早く食べて、打ち合わせを終わらせましょう」
「……はい、はい。そうします」
司はナイフとフォークを器用に使って、上品に食べる。育ちの違いを見せつけられている気がして、菜花は大きな息を吐いた。
「カワセミって知ってますか?」
「ブッポウソウ目カワセミ科、カワセミ属に分類される鳥のことか?」
「ブ、ブッポ……ソウ? あーもう、池田さんに知識があるのはよく知ってます。マーケティング部の課長代理ですもんね」
「なぜそこで怒る?」
「学術的な話じゃなくて、とある動物園で傷ついたカワセミを保護したんです。でもカワセミは神経質な鳥で、用意した餌を食べない。傷は癒えても、衰弱していったんです」
「そんなの、無理やり食わせたらいいだろ」
「うわっ、かわいそうなこと言いますね。ストレスマックスで死んじゃいますよ」
「じゃあ、どうすんの」
司にも知らないことがある。ふふんとしたり顔で菜花は胸を張った。
「怒らせるんです。わざと怒らせて「なによー」と口を開いた瞬間に、小魚を放り込む。そしたら、パクパク食べたそうです」
「それもひどくないか?」
「でもそれから、自分で餌をとって食べるようになったんですよ。怒ることも大切なんです」
唇を真一文字に引き結んで菜花はうつむいたが、すぐに顔を上げた。
「決めました。わたし、やっぱり千乃さんと中山さんに怒ってます。復讐するので、協力してください」
「は? カワセミの話からなんで復讐に?」
「池田さんと一緒にいると、本当にムカつくんです。怒りのパワーがぐんぐん上がって、なんでもできそうな気になるんです」
「ええぇぇ……。俺、そんなに嫌われてるのか」
「違います。やる気が出てくるんです。明日、千乃さんを貸してください。お願いします」
明日は試飲会の前日。司は腕を組んで押し黙った。
「一時間、いえ、三十分だけ。お願いします」
「十五分。長くても二十分だ。それ以上は貸せない。千乃は試飲会の中心人物だからな。明日も忙しい」
「ありがとうございます! では、あとひとつだけ。聞いてもいいですか?」
「なに?」
司はコーヒーを飲みながら、菜花をじっと見つめる。
爽やかな朝日を浴びるその瞳が綺麗で、一瞬、言葉を失った。でも菜花は眉間に力を入れて、一気に話す。
「池田さんと千乃さんは、結婚を前提にお付き合いしていたのでしょうか?」
司は「ぶふぉっ」と前屈みになって、コーヒーを吹きこぼした。
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