③ 4/26 結婚を考えた女性はもしかして

 良雄と楽しめる会話が思い付かない。なにが好きで、なにが嫌いなのか。まったく知らない。お互いの共通点は千乃だけ。だから千乃の話ばかりになる。それは当たり前のことなのに、菜花は嫉妬していた。

 いま、こうして良雄と一緒にランチを楽しんでいるのは、彼女のおかげ。千乃がいなければ、この出会いもない。でも、良雄の中にいる千乃があまりにも鮮やかで、いい人だからうらやましくて、妬んでる。


 ひどく醜い自分と向きあった菜花はへこんだ。でも、ここで暗い顔になってはいけない。応援してくれる千乃のためにも、いつも笑顔で楽しく。年上女の余裕を見せるために、魅力的な笑みをつくり出そうとしたが。


「大石さんは年下の男のこと、どう思いますか」

「えっ、どうって聞かれましても……」

「ありですか? なしですか? 好きですか? 嫌いですか?」


 急に良雄が積極的になったので余裕などぶっ飛び、菜花は酸素をほしがる魚みたいに口をパクパクした。


 ――これは、告白なの?


 心臓が激しく脈打っている。もちろん年下の男はありで、嫌いではない。「好き」と言えば、ちょっと強張った真剣なまなざしから、良雄は柔和な笑みをこぼすだろう。だけど、「好き」という言葉は男の人からがいい。脳内少女マンガで満たされているとあきれる司の顔がよぎったが、それだけは譲れない。


「嫌いじゃ……ないです」


 小声で答えてから、恥ずかしくて肩をすくめた。これはもう菜花から告白しているようなもの。だが「好き」という言葉はやはり良雄から聞きたい。

「よかった。僕も大石さんが好きです」そんな言葉を期待して待っていたのに、さらに質問が飛んできた。


「でも年下の男は、年上の男より頼りないのは事実だし、どうすれば頼れる存在になれるのやら。頼りになる男って、どんな感じでしょうか?」

「頼りになる……ですか? 中山さんはオシャレなお店をたくさん知っていて、今日も全部お任せしてますし、頼もしいですよ」

「ありがとう。そう言ってくれるのは大石さんだけだ。いったい、どうしたらいいんだろ」


 童顔だから部下にもなめられるし、と愚痴をこぼしながらクロワッサンを頬張っている。その姿が子リスのようでかわいい。でも、菜花な頭には「?」が浮かぶ。どうもさっきから、微妙に話が噛み合っていない。


「あ、そういえば、どうして池田さんのことを知りたいんですか?」


 気まずい雰囲気と話題を変えたくて、さっき思い出した司のことを口にした。すると良雄は手を止める。


「どんな人ですか? 池田司は」


 少し怒ったような口調は好意的ではない。司は口が悪いし、いつも上から目線。司が覚えていないだけで、どこかで良雄を傷つけたのかもしれない。

 菜花は「んー」と眉根を寄せた。


「勝手に人の部屋に入ってくるし、エプロン姿をバカにするし、そしてなにより」


 ドSだ。さすがにそれは口にできなくて、はははと笑って誤魔化した。


「えっ、ちょっと待ってください。大石さんの部屋に、池田司は……勝手に……」

「ち、違います! 友達から聞いた話です。わたしじゃないです。わたしは、関係ありません!!」

「そうですか。お友達の方が、そのような被害に。やはり、いい加減な男なんですね」

「そうでもないかなぁ。仕事はできるし、新しい製品の開発に一生懸命だし」

「仕事はできるけど、女にだらしないとか?」

「そんなことは、ないと思うけど……。わたしもよく知らないし。あっ、でも、結婚を考えた女性がいたとか」

「結婚ッ!?」


 急に良雄が大きな声をあげた。


「まさか、その相手は千乃さんでは?」

「うそッ。あのふたり、やっぱりそういう関係だったんですか?」

「やっぱりって。大石さんには、思い当たる節があるんですか?」

「ごめんなさい、全然ないです。でも千乃さんだけが池田さんのことボスって呼んで、仲がいいですよ。お互いのことを理解し合っているというか」


 しなびた野菜みたいに元気を失っていく良雄。顔色も急激に悪くなる。「大丈夫ですか」とたずねると、やわらかい笑みを返してくれたが、それは痛々しい作り笑い。

 ふたりは無言になって、残りの料理を食べ続けた。



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