⑥ 4/17 昼の顔と夜の顔

 地下街も、地上に負けないぐらい活気づいていた。油断すると目的を忘れそうになるから、ここも早足で通り過ぎる。それから人混みを避けるように左に曲がって、履き慣れたパンプスをカツカツ鳴らしながら階段をあがった。

 再び地上に出ると、そこには菜花しかいない。


 駅を挟んで南側は、ギラギラと眩しいネオンが立ち並ぶ繁華街。でも北側は、古い商店が並んでいる。スマホの時計は午後九時を過ぎていた。だからほとんどの店がシャッターを下ろして、とても静かだった。


 ほっと一息ついて星など見えない夜空を仰ぐと、丸い月がピカピカの金貨みたいに輝いていた。菜花は鼻歌を交えながら、丸い月を追いかけていく。しばらくすると、常緑の木々に囲まれた石鳥居が姿を現した。


「よし、到着っと」


 顔をほころばせたが、石鳥居は青白い月明かりを浴びて、神秘的な輝きを放っている。この先は神域という厳かさに、一歩足が引いた。

 ここは菜花がいつも願かけをしている、縁結びの神社。会社から近いので、たびたび訪れている。でも、夜の神社はどこか怖い。


「変質者とか、出てこないよね……」


 長く急な石段の先は真っ暗で、進めば闇に吸い込まれそうな気が。菜花は気合いを入れるために、コンビニのレジ袋に手を突っ込んだ。そこから缶酎ハイを一本取り出して、一気に飲む。


「怖じ気づくな! 今日という今日は、縁結びの神様に文句を言ってやるんだから」


 ぐいっと口もとをぬぐって、石段をあがる。

 派遣先がアカツキビールに決まってからしばらくして、縁結びの神様の話を耳にした。気休めでふらりと寄ってみると、ここが都会だと忘れてしまいそうな緑の多さに、感動すら覚えた。


 参道の左右に並ぶ杉の巨木も見事で、無機質なビルばかりを眺めていた心が癒やされていく。とてもふしぎな場所だった。だからご利益があると信じて、綺麗な五円玉が集まるたびにお参りしていたのに。


「はあー、ひどいよね。ずっと信じてたのに、裏切られちゃった。なにが、縁結びの神様よ」


 それはただの八つ当たりだと、充分、理解している。それでも、誰かに胸の内をぶつけたかった。ところが、夜の神社は昼の顔とは違う。

 薄暗い月明かりの中、見事な杉の木は菜花をあざ笑うオバケに見えてくる。身を清める手水舎てみずやからは水の音が聞こえても、暗すぎて近づきたくない。唯一ほっとしたのは、神職や巫女みこが待機する社務所しゃむしょに、明かりがついていること。

 誰かいるなら、変質者は来ない。菜花はそのまま拝殿はいでんへ足を運ぶ。


 拝殿には木目が美しい賽銭箱と、縄の上に大型の鈴を取り付けた鈴緒すずおがある。

 鈴緒の下の方を手に取り、ガラン、ガランと鈴をふり動かして、菜花は大声で縁結びの神様へ呼びかけた。


「ちょっとぉー、どうなってるんですか。さっき、お願いしたよね。素敵な出会いがありますようにって。今回は、百十五円。真新しい五円玉、二十三枚。集めるの、大変だったのに。これは、いいご縁がありますようにって、意味だよ。語呂もバッチリ決めたはずなんですけど、どうなってるんですかー?」


 ガラン、ガランと何度も鈴を鳴らす。

 しかし鈴の音が消えていくと、この世には菜花しかいないのかと思うほどの静けさに襲われた。その静けさが怖くて、賽銭箱を背にして座り込むと、また一本。景気づけに飲み干した。


「ぷはー、神社で飲むビールは最高だね。でも、いったい、いつになったら……」


 虚しさが冷たい風と共に訪れる。

 大人になれば就職して、結婚して、子どもがいるのが当たり前だと思っていた。それなのに現実は違う。違いすぎる。


「あー、もう。やってらんなぁーい」

 

 縁結びの神様に八つ当たりをしても、意味がない。それどころが、罰当たりすぎて一生独身でいる気がしてくる。

 菜花はぶんぶんと大きく首を横にふった。

 鮮明に浮かぶ嫌なことを、すべて忘れたい。アルコールで感覚を麻痺させるために、ごくごくのどを鳴らして飲む。


「べーつーに、独身でも今の時代は生きていけるよ。でもね、三十歳の記念に、素敵な彼氏とデートしたいじゃん。オシャレして、手をつないで」


 あきらかに飲み過ぎていた。

 イタリアンレストランでもワインを飲んだ。ここへ来てからも、缶ビールに缶チューハイ。大好きなクラフトビールも腹に収めた。

 いつの間にか、コンビニのレジ袋に入ったすべての酒類が、空っぽに。ウトウトと眠たくなったが、菜花は目をこする。


「やぁーい、縁結びの神様。いるなら、出てくぉーい! ここの縁結びが本物だって、証明してよ!! 五円玉なら、たくさんあるよー」


 ケタケタ笑いながら、鈴緒をぶんぶん振りまわした。

 すると――。

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